最終話 旅立ち

 叙勲式は最上階の玉座の間で行われる。

 白い石造りの広い部屋には国賓を招く事もあるからか、天井には豪華なシャンデリアや壁にはタペストリーが飾られている。


 玉座後ろの壁の中央には深緑の国の旗が掲げられている。


 玉座までの道には赤い絨毯が引かれており、その上をエルヴィンとフロレンツの二人で歩く。

 そして、玉座の前で跪く。


 二人は騎士の正装の純白に煌びやかな刺繍の付いた服を纏っている。


「こっちの服はどうも好かん」


 エルヴィンは小声で呟くが、フロレンツもそれに同意だ。式典の際に着るよう隊長クラスになると与えられる物だ。

 煌びやかすぎてあまり袖を通したいとは思わない。


 進行役の大臣から順に名前を呼ばれ、顔を上げ王の前へと歩く。


「此度の戦はお主ら無しに勝利はなかったと聞く」


 王は二人の胸に勲章をつけていく。


「鉄壁の騎士並びに双炎の竜騎士に名誉騎士の勲章と騎士爵の位を与える。エルヴィンよ。シャミナードの姓を与えよう」


 玉座の間に集まる貴族や大臣からおおという歓声と拍手が巻き起こる。


「なお、エルヴィン大佐は騎士団の大将となり、我が国の軍を総括してもらう」


「はっ!」


 エルヴィンは胸に手を置き、頭を伏せ、王に対して敬意を示す。


「フロレンツよ。ランベールの姓を与え、其方の所望していた自由を与えよう。騎士団から退いても我国を守るその言葉信じるぞ」


「はっ! ありがたき幸せ」


 今度は広間から騒めきが生まれた。


「騎士団を辞するだと!」


 憤慨の声が聞こえて来る。一部の何も知らされていなかった貴族だろう。

 フロレンツは周りからどう思われようと構わない。王の前で誓ったこの国を守るという言葉に偽りはない。この国に反旗を翻すような真似は絶対にしない。

 共に生死を分かち合った仲間と思い出がある限り、この国が汚されて行く姿は見たくないからだ。


「さあ、国民にその姿を見せよ」


 普段は閉ざされている玉座の向かい側にある大きな扉が、ギギーという音を立てて開く。


 外からは眩しい光が差し込んでおり、歓声も聞こえる。


 エルヴィンと顔を合わせ、王の後ろを歩いて行くと、隣から麗しい美男子であるオディロイが声をかけて来る。


「フロレンツは我が国を立つのだな……私の元で共に戦ってくれる事を望んでいたが……」


「申し訳ありません。やりたい事が見つかったのです」


「くっ。お前も竜に魅せられた一人か……」


 オディロイはそっと、フロレンツの肩を押した。


「最後の騎士の務めだ。国民の期待に応えて見せよ」


「はっ!」


 フロレンツは眩い日の光に瞬きをしながら、バルコニーへと出た。眼前に広がる光景に驚いた。

 王城前の広場には、その場を埋め尽くすほどの観衆が集まり、こちらに向けて手を振っている。


 王都全体が戦争に勝利したことに歓喜しているのが分かる。


「さあ、それぞれの竜を化現させよ。国民にも見えるようにな」


 王の言葉にフロレンツは頷くと、頭の上にいるルルを見つめる。


『私の出番ー!』


 ルルはフロレンツにも分かるように大きな竜の姿となり、フロレンツの隣へと立った。横を見てみれば、エルヴィンもルイーゼに包まれるように笑顔を見せて、観衆へと手を振っていた。


『フロレンツ』


「何? ルルちゃん」


 フロレンツがルルを見て首を傾げれば、ルルは翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。


 そして、フロレンツをヒョイと持ち上げて、自分の背へと乗せた。


『もう、我慢できない。お腹空いたー!』


「待って、もうちょっとで祝いの席でいっぱい食べれるから」


『だって、クンショウもらったから終わりでしょ? 早く旅に出よー!』


「それはそうだけど、戻って、この格好じゃどっちにしても旅立てないって」


 ルルは首をフロレンツの方に向けると、首を傾げる。


『フロレンツかっこよくてその格好いいと思うけど?』


「ありがとう。でも本当にこの格好では無理だから戻るよ。せっかくだから広場を一周しようか」


『うん!』


 フロレンツはルルの背に乗り王城前の広場の上を一周し、手を振った。

 観衆の歓喜の声はピークを迎える。


 ある一定の時間手を振れば、ルルは王城へと踵を返す。

 祝いの席でもたら腹肉を食べると鼻歌まじりに歌っている。

 来賓として貴族からも声をかけられて緊張しているというのに、全く集中できないが対した話もしていないので問題ないだろう。


 娘を連れてきた貴族も見えるが、安定した職を持つエルヴィンの方に多く挨拶している。





 *

『たーび、たーび、はーやく〜♪』


 ルルは旅立ちたくて急かす。フロレンツは急いで着替えると、愛馬の元へと向かう。


 国王から褒賞の一つとして連れ立ってもいいと言われたのだ。


 そこで待ち構えていたのは、一人の青年だった。


「早いっすね! もっとかかると思ってました」


「ケヴィン、本当について来るのか?」


 ケヴィンはどこから情報を仕入れたのか、いち早くフロレンツの部屋へと押しかけ、旅について行くと言い始めたのだ。


 フロレンツは押しに負けて、今日に至る。


「俺はフロレンツ隊長の事大好きです! だからついて行きます。そして、師匠モテ術の伝授よろしくお願いします」


 ケヴィンは胸に手を当てて一礼して見せた。

 フロレンツはため息をつくと、手綱に手をかけ馬を歩かせると、興奮の冷めない城下の人と人の間を縫って、城門を抜けた。


「皆さん、お元気で」


 フロレンツは城門を振り返ると、今まで自分に関わってきた人々を思い浮かべて一礼する。


「また来ましょう! とりあえずどこ行きますかねー?」


「そうだね。ルベーグの街で美味い酒でも飲むか」


「いいっすねー! 俺も大人の男になるっす」


『それルルつまんない』


 ルルが不機嫌そうに、馬の周りをぐるぐると回っている。

 すると、後ろから馬をかける音がしてきた。


「フロレンツ隊長!」


 髪を高い位置で一つにまとめたレオニーだ。

 馬を降りると、フロレンツの前へと立つ。


「私もお供します!」


「君はご令嬢なんだろ? 旅なんて……」


 レオニーは首を横に振る。そして、フロレンツの服の袖を掴む。


「私は騎士になったくらいです。親からは既に見放されています」


「だが、家から私への婚約の打診があったのは、そろそろ娘を……」


「——違います。家の名は使いましたが、私の意思です」


 真っ直ぐにフロレンツの目を見据える。


「隊長いえ、フロレンツ様。私はあなたの隣に立ちたい! あなたのそばでお仕えしていたいのです」


「そっか、君もケヴィンと共に僕に憧れを持っていたんだね……」


「はい。フロレンツ様のおそばに居させてください」


 ルルが不機嫌になり、ケヴィンは目を輝かせて話の続きを聞いている。


「よし、そこまで言われちゃ仕方ない。これからは冒険者の仲間としてよろしくね! レオニー!」


「それはないっすよ! フロレンツ隊長!」


「元はと言えば、ケヴィンあなたが抜け駆けしたせいよ!」


「何そのとばっちり。もっとちゃんとした言葉で伝えればいいんです! 天然なんすから」


『ふふふ。フロレンツの隣は譲らない』


「ルルちゃん」



 ——フロレンツ(様)の隣にいるのは私!——



 火花を散らし始めた二人に微笑みかけながら、フロレンツは馬に跨る。


「ほら、二人ともいがみ合っていないで行くよ。スプリの町まで行って食い道楽と行こうよ」






 監獄の中で出会った一人の幼女と男の出会いから始まった、不思議な竜と人間の関係はこれからも続いていく。


 この旅の結末に何が待っているかは誰にも分からないが、あの日二人の波長が合い出会えた事は、二人の運命を大きく変えたということは間違いない。


 人に枷と鞭で虐げられた人を怯えるルル。竜に家族を殺され、戦いで恋人を殺され悲しみと恨みで満たされたフロレンツ。


 お互いに希望の見えない中で生きていた二人が心から笑える日が来た。



 二人の門出は雲一つない空に、人々の歓喜に満ちた声の響く日であった。

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