第33話スカウト

 そして、その愛らしい顔を見せる。姿を一人の金髪の美しい女性へと変えると、フロレンツの顎に手を添えて、顎を持ち上げる。


「殺す?」


『ええ、嫉妬に嘆き悲しみ、荒れ狂う哀れな竜を殺すのよ。そうすれば貴方はその右腕の呪いから解放される』


 顎のラインをそうかのように指を滑らせると、そっとフロレンツの左手の上に、その白く透き通るような肌の手を添える。


「私に例え彼女を殺すだけの力が出来ようと、ウーヴェを殺す事はできません」


『あら、何故かしら?』


「私は間違いなく契約をした時は、彼女の感情に同調できていた。彼女の顔を見た時に感じたのです。僕は彼女と同じだと」


 真っ直ぐに見据える目に、エーリカは微笑むと、その手を離した。

 フロレンツは間違いなくウーヴェと初めて出会った時に感じた。彼女は自分と同じ感情を抱き、その表情を荒ませているのだと。

 今となっては、それがどんな感情だったかは思い出せないが、あの狂気な笑顔の中に感じた孤独の影を忘れる事はない。


『そう、契約した時は……。感情が吸い出されようと、変わらぬ本質があるのね。それが分かれば問題ないわ』


「どういう意味ですか?」


 エーリカはもう話がないと、姿を子龍に戻し、オディロイの肩へと戻っていく。

 尻尾を振り、顔を背けるともう話はないとばかりに目を瞑る。

 フロレンツは思わず首を傾げたまま、エーリカを見ていた。

 確か以前エルヴィンにも同じような質問をされた事がある。


「エーリカは試したかったんだ。君が大量に魔法を使ったのは知っている。それで君は人間でいられるのかと」


「人間で……」


 オディロイの言葉を思わず繰り返し、口を手で覆う。自分でも最近は違和感を感じる。今まで戦場へと駆り立てる衝動があった。それを全く感じなくなっているのも事実だ。


 だが、戦場に赴くのは自分をここまで育て上げた国へ恩を報いるためだ。


「本人の自覚ありか。後ろの女性騎士も何か思い当たるようだな。まあ、いい。実を言うと君を今日はスカウトしに来た」


「スカウト?」


「私の部隊の隊長をやらないか?」


 フロレンツ達は目を丸くする。オディロイの部隊の騎士は精鋭揃いで、見目も良いものばかりだ。

 尚且つ若い者が多い。

 フロレンツは冷静になり、焦点を床に置く。


「それは、勿体ないお言葉ですが、ルルも含めてという事ですね」


「当然テイムしている竜も含めてになるな」


「分かりました。不敬であるのは分かっておりますが、考える時間を下さい」


 オディロイの後ろに控える騎士は、剣の柄に手をかけ、わずかに表情を硬らせるが、オディロイが手で制し、動きを止める。


「其方にはその竜が幼子に見えるのであったな」


「はい」


「戦場に思うところもあるだろう。良き返答を待っている」


「はっ!」


 無駄な足掻きではあったが、フロレンツは騎士団に残るかどうか迷っていたのだ。

 王族からの申し出は王命に等しい。フロレンツの進む道は決められたも同然だった。


 その苦渋な表情を視界に入れながら、オディロイはその場を去った。

 オディロイが去るまでは皆顔を上げず、床に膝をつけたままだった。


「隊長、オディロイ殿下の騎士団なんて花形じゃないですか!」


「あの憎たらしいほど、キラキラした集団に入っても確かに違和感はないですが」


「隊長の個性が薄くなりますね。皆あそこはプライボーイですから」


 純粋に、喜んでくれる部下の騎士達にフロレンツは笑顔を返すと立ち上がる。


「こんなおっさんじゃあ、目立つじゃない? あそこは若い子が多いからね」


「まあ、言われてみればそうですね」


「ああ、隊長が羨ましい」


 宿舎に着くまでの間も騎士達はオディロイの花形騎士達に、恨み辛みを毒づきながら、興奮した面持ちで歩みを進める。その後ろ姿を最後尾で微笑ましくフロレンツは見つめた。


「隊長……」


「なんだい?」


 レオニーがそっと隣を歩いて話しかけてくる。上目遣いの目に思わず、見惚れてしまうが、そこは堪えて紳士を装う。


「前、隊長が言っていた休みというのは、本当に休暇なんですよね?」


「ああ、少し花を手向に行きたいところがあってね。戦争が終わったら、元から行くつもりだったんだよ」


「本当ですね? 急にいなくなったりしないですよね?」


 少し間を置いたフロレンツが、頷く。レオニーはため息を吐くと、フロレンツの肩を軽く殴りつける。痛みを感じ、少し左腕をさするフロレンツを睨みあげると、レオニーは声を荒げる。


「もう、答えが出てるんじゃないですか。だから、さっきも即答は避けた」


 当然前方を歩いている者たちが振り向き、ただレオニーの眼差しで威嚇された面々は、身を竦めると前を向いてそのまま、歩く。


「どうかなー。じゃあレオニーは僕が騎士団を辞めたらついてきてくれるのかな?」


 おちゃらけた表情でレオニーの耳の近くで問えば、また、肩にパンチをくらう。


「レオニー痛いって」


「そうやってはぐらかす……」


「はぐらかしたつもりはないんだけどな……」


 フロレンツが眉を下げ、悲しい顔をすれば、レオニーは頬を膨らませ、そっぽを向く。


「私は副隊長です。フロレンツ隊長のおそばにいます」


「そっか。じゃあ君は騎士団に残るって事だね」


 この時レオニーは失言した事に気付いていなかった。照れ隠しで言った言葉がフロレンツにどう捉えられているかなど知る由もない。

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