第4話ブラント城塞における双炎の竜と騎士

 

「ダメだよ。一緒に行けない。君はこの森の中で待機してて! 食糧の保管係の騎士もいるから戦場に行くより安全なんだ!」


 フロレンツの裾を引っ張る幼女に言って聞かせようとするが、言うことを聞こうとはしなかった。

 フロレンツも引こうとしない中、食糧係の騎士が話しかける。


「隊長、食糧から狙われる可能性もありますし……。その自分たちにはその幼体を守りきる自信がありません」


「全く……だがな」


 幼女の視線にとうとうフロレンツが折れ、戦地に連れて行くこととなった。

 フロレンツは皆がこの幼女の事を幼体と呼ぶ意味が分からなかった。確かにこの幼女の名前は分からないが、気に食わない。


「名前をつけた方がいいか……」


 その声に反応した年配の騎士がフロレンツに確認する。

 竜に名前をつけるという事は竜のパートナーになるという事だ。一生そばに置くことになる。


「お前、名前をつける意味がわかっているのか? 一生パートナーとしてその幼体と共にある事になるのだぞ?」


「一生? ああ、育ての親になるということか……」


 フロレンツは幼女の姿を見る。偶然の出会いだったが、親から離され、身寄りもいない。

 この戦乱の中、面倒を見てくれる者もそうそういない事も分かってはいる。


「お前が嫁に行くまでは面倒を見てやろう——ルル」


 フロレンツがルルの頭を撫でてやり、名前を呼ぶと周囲の騎士達から悲鳴が上がる。


「あの人、本格的にテイムしてしまったよ!」


「孤高の騎士が竜を従えるって恐ろしすぎじゃね?」


「呼び名が変わってくるな……竜騎士じゃつまんないし……」


 騎士達からザワザワと声が上がるが、そもそも孤高の騎士という呼び名など認めていない。

 戦場で一人前線に立ち、敵をなぎ倒して行く姿からその名がついたが、決して孤高などではない。

 仲間の助けがあって今も戦場で動けている。


「孤高の騎士など勝手につけられて……迷惑しているのはこちらだ!」


「そうですよね……女に受けいいけど、マジな話になると逃げられてばっか」


「ある意味孤高な戦い繰り広げてますもんね……」


 ルルはまだ人間の言葉を理解していないが、フロレンツの悪口を言っているのは分かったため、フロレンツの前に出ると周囲を低い唸り声を上げて威嚇する。

 騎士たちは皆後ろに下がり、構える。


 そんな様子を見てかフロレンツがルルを撫で落ち着かせる。


「大丈夫だよ。ルルちゃん。これはいつもの事だし事実だからね……この年にもなって嫁さんがいないっていうのはね……」


 遠い目をしたフロレンツにルルが励ますように擦り寄り、騎士達には睨みを聞かしている。


「人間の嫁さんは難しそうだけど、竜の嫁さんはすぐ見つかりそうだな……」


「ああ、完璧に好かれてるよな」


 ルルは顔を赤らめてフロレンツから離れて二人の騎士を追いかける。フロレンツは竜の嫁さんという言葉に引っかかりは覚えたが、仲の良さそうな姿に安堵していた。


「あんまり走り回って怪我するなよ。ルル」


「心配するなら俺たちです。隊長ー!」


 フロレンツは砦攻めの最終確認をすると、いざ、かわいいルルを肩に乗せて出陣するのであった。



 騎士たちは暗闇に紛れ、砦のそばまで近寄って行く。


 森側、砦でいう左側からから大砲が打ち込まれる。

 ドゴーンという音と壁がガラガラと崩れる音、砦に詰める兵士達が敵襲ありと砦の左側に戦力を固める様子が見て取れる。


 陽動部隊として少数の陣営でフロレンツは砦の左側から攻め入った。

 崩れた壁をフロレンツが蹴り上がると、あっという間に砦の上である。


 後ろについてくる騎士たちは必死に壁を登り、梯子を下ろす。

 騎士たちが登ってくる間も、フロレンツは近寄ってくる者たちに刃を突きつけて行く。


「ちゃんと捕まってなきゃダメだよ。ルルちゃん」


 ルルは頷き、しっかりとフロレンツの頭にしがみつく。


「あのフロレンツの頭を見てみろ! 小竜を乗せているぞ! いつ襲ってくるかわからない。あの小竜から狙え!」


 兵士の一声で皆集中して矢を射ってくる。

 フロレンツは子供目掛けて攻撃してくる輩に憤慨し、剣で人をなぎながら間を縫うようにして突破すると、弓矢を射ってくる高台へと駆け上がる。


「子供を狙い撃ちするなど言語道断だ!」


 フロレンツは剣を向け高台から射手を蹴落とし、隣の高台から攻撃してくる者には火の矢で返す。


「あの動き——火魔法を使うとはゲゼルマイアーの孤高の騎士だ! 魔法兵を至急呼べ!」


 この世界では魔法を使える者は貴重である。その為、魔法兵はここぞという戦局でしか出さない。


 このフロレンツのように前線を行き、無様に命を落とすような状態に自らを置く者は稀だ。


「あのさあ、僕は孤高の騎士なんかじゃないって! 僕の隊は皆優秀だよ?」


 後ろから来ていた騎士と右側から音もなく攻めてくる仲間に視線を向け、その場の指揮を取る年配兵にウインクをする。


「若造めが……調子に乗りおって——行けっー! 孤高の騎士の首を取ればこの戦況は勝ったも同然だ!」


 年配兵士の掛け声で高台へと登ってくる兵士たちをいなし、階段から落としていき、人数を減らす。


 高台から降りても兵はフロレンツに飛びかかってくる。

 そんな中背後から魔法の気配がして振り向けば、特大の氷魔法がフロレンツ目掛けて発動され目前に迫っていた。


「ルルちゃん!」


 フロレンツが兵士と剣を交えながらルルに声をかければ、ルルはその魔法を超える極大の火魔法を放った。

 辺りは焼けた石が重々といっており、なんとか塞いだ魔法兵一人だけが残り、腰を抜かして恐怖の目でこちらを見てくる。

 今の攻撃だけで何十人命を散らしたことか……。


「ルルちゃん凄いね! 魔法が使えるからあんなところにいたんだね?」


 ルルは無表情のまま今度は兵士たちと相対し始めた。

 掴んでは投げる、掴んでは投げるの連続だ。


「ルルちゃんこんなに小さいのに腕がいいんだね! 僕も負けてられないよ!」


「竜がー! 逃げろー!」


 怖気付き、逃げ始めた若い兵達が出始めたところで、指揮を取る兵士が魔法兵に駆け寄り叱責すると、氷の礫をルルに向かって発動させてくる。


 フロレンツはルルの前に立つと魔法を唱える。


炎の壁ファイアウォール


 全ての氷が一瞬で相殺され、水へと形態を変えた。フロレンツの怒りはピークを迎えている。

 手を前に出すと魔法をルルに魔法を向けた魔法兵と指揮をする年配兵に火を浴びせる。


焼却インシネレーター


 フロレンツの攻撃に合わせるようにルルも火魔法を合わせ大きな火の球を兵達に向かって放った。


 すると、防御魔法で耐えきれなかったのか。

 焼けた石畳しか残らなかった。


 周りの兵達はすぐに後退し、もう一方の高台では白旗が降られている。


「なんだ、全く拍子抜けだ……」


「いや、隊長、竜クラスの人間と竜がいたら誰だって降伏しますよ……戦況が目に見えてわかるし……」


 こうしてエグナーベル国西側のブラント城塞の陥落である。

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