第10話魅惑の匂い

「——また変な夢を見たね」


 二度寝をしたフロレンツが目を覚ますと、そこにはルルがいる。

 布団をかけ直してやり、少し自分の体を伸ばす。

 トントンと扉を叩く音がすれば顔を出したのはレオニーだ。


「隊長、昨日は大丈夫でしたか? あの女はまさか?」


 フロレンツはレオニーが深く首を突っ込まないように、その名を出さないよう指で唇を押さえた。


「それ以上は言わないよ。ふふ」


「は、はい」


 突然の事に目を瞬いていたレオニーが、ふと背伸びをしてフロレンツの肩に手を置き、匂いを嗅ぐ。


「あれ、隊長香水が何かしてます? すごくいい匂いがします」


 フロレンツは自分の匂いを嗅ぐが分からない。

 フロレンツは昨日の女の匂いがうつったのかと、シャワーを浴びる事にした。

 レオニーとは野営地の天幕で待ち合わせをして、身支度を整え、ルルを起こす。

 先日かわいそうだからと残していけば、周囲の人を混乱させたのだ。


「ルルちゃん起きて?」


『ん。もう朝?』


「おはよう。もう朝だよ」


『そっか、フロレンツ元気でた?』


「ああ、ルルちゃんが来てくれたおかげで元気でたって……」


 フロレンツは不自然さに気付いた。ルルがいつの間にかに、言葉を発するようになっていたのだ。


「ルルちゃんお話できるようになったの?」


『……私は前からお話してたけど、フロレンツが気づかなかっただけだよ』


「そっか……」


 フロレンツは考える。竜と呼ばれるルルと言葉が交わせる要因がわからない。

 ルルのレベルが上がったか、何か昨日の女とのやり取りでフロレンツに変化が生じたのか分からない。


『ルル、お話できるようになって嬉しい!』


「そうだね。僕も嬉しいよ」


 はしゃいで抱きついてくるルルの頭を撫でて、考える事をとりあえずやめた。何を考えついたとしても、言葉を交わせるという事は嬉しい事だからだ。



 フロレンツはルルを連れて宿を出る。

 通りを歩いていれば視線を感じる。皆竜が恐ろしいのであろう。

 すると、通りですれ違った冒険者風の女に声をかけられる。


「なんだかいい匂いがするね……私ら今この土地に着いたばかりなんだけど、いい宿屋知らないかい?」


 フロレンツは先ほどまでいた宿屋を思い浮かべる。女はフロレンツの肩に触れると、艶っぽい微笑みでフロレンツの耳に囁いた。


「良かったら、このまま宿屋まで案内してもらえないかい? ゆっくり話でもしようじゃないか」


「すみません。今日は時間がなくて……。ここの通り真っ直ぐ行けば宿屋の看板が見えますよ」


「なんだい。つれないねぇ」


「アナタのようなお美しい方に声をかけられたのは、とても嬉しいのですよ。しかし時間がどうしても許さない。また出会えるのを楽しみにしています」


「あら、その時は時間を作っておくれよ……」


「ええ、素晴らしい時間となるよう尽力させていただきます」


 女がフロレンツのそばから離れ、自分のパーティーに戻るとそのまま道を進んでいった。

 フロレンツが少し立ち止まり首を傾げる。


『ん?』


「なんでもないんだ。さあ、皆の所に行くよ」


 フロレンツはルルがいるため、魅力的な女と過ごせない悔しさを忘れていた。

 フロレンツには母性が芽生えたのかもしれない。



「すまない。遅くなったな……」


 フロレンツが野営地につけば、レオニーを始めとして隊の小隊長達が集まっていた。


「なんか、隊長お肌プルンプルンじゃないですか?」


「おい、そりゃ昨日の女と……」


「そこ余計な話をしない!」


 レオニーに一喝されて、皆黙る。フロレンツは自分の頬を撫でていれば、レオニーに睨まれたので、小隊長に向けて今回の作戦を告げる。


「次に攻めるディーメルについてだ。軍法会議でロルフ少尉の隊と合同で真正面から陽動として攻める事となった。相手の隊をある程度引きつけたところで、残りの隊が参戦となる。前と違って隠れる茂みもないため明け方攻め入る」


「——はっ!」


 フロレンツはロルフ少尉の隊の位置と、自分の隊の8の小隊の位置を地図上に示していき、動きを説明する。

 ある程度の動きを確認すると、小隊長たちは去り、戦さの準備を始めた。

 残されたフロレンツも準備に取り掛かろうとすれば、レオニーに声をかけられた。


「隊長きちんとシャワー浴びてきたんですか?」


「何まだ臭うの?」


「分かりませんが、やはり何か匂いが……」


 レオニーがくんくんと嗅ぐと、目がトロリとしてきて、フロレンツに手を伸ばしてくる。

 フロレンツはレオニーの肩を掴む。


「レオニー! どうしたの?」


「……いい匂い……」


 何故かフロレンツの匂いに惑わされているようだ。フロレンツはレオニーの肩を揺さぶり、正気に戻させた。


「大丈夫?」


「は、はい。私は……」


「あまり僕の匂いを、かがない方がいいようだ……。昨日会っていた人の影響かもしれない」


「昨日?」


 フロレンツは頷くと指で自分の左目を指差す。


「この目、どうやら幻惑の目らしい。その影響で君がおかしくなったんだと思う。五感全てを操れるらしい」


「それって戦では無敵なんじゃ…」


「いや、それが…」



 フロレンツは昨日の説明された事を話した。


「それじゃあ、下手に戦場で使えまへんね。生気を取られたのではいちゅ意識を失ってもおかひくありまへん」


「そういう事だ……その……」


「なんでふか?」


 フロレンツは先ほどから鼻を摘むレオニーが、気になって仕方がない。先日の騒動もそうだが、臭いに関する事には敏感なのだ。


「ふみまへん。隊長、こうひていないとその…匂いがしておかひくなりほうでふ」


 レオニーは、この何故か人を魅了してしまう匂いを、嗅がないようにしているのはよく分かる。

 分かるが……。フロレンツにはトラウマがあるため過敏に反応してしまう。


「分かったよ。とりあえず、今日は私から離れていなさい」


「はい」


 そういうと、それぞれ離れて戦いの準備を始めた。



「おう、フロレンツ準備は順調かー?」


 エルヴィン大佐が野営地にやってきた。大佐もフロレンツに会うと鼻を摘む。


「エルヴィン大佐?」


「お前何をした? 竜臭いぞ……お前女によく絡まれるようになっただろ?」


 フロレンツは目を丸くして驚いた。


「最初の頃はよくあるもんだ……おい、ちと顔を貸してくれないか?」


 フロレンツはエルヴィン大佐に肩を組まれると野営地を抜けて森にきた。

 周囲には人の気配はしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る