第18話エルヴィンの苦悩
エルヴィンはフロレンツと飲んだ後、一人宿屋の一室で酒を飲みながらため息を吐いた。
杯に愛しいルイーゼが手を添えてくる。エルヴィンはその手を握り返し、絡ませる。
指一本一本を絡ませあえば、感じていた不安や後悔も安らいでいく。
正式に言えば、ルイーゼがエルヴィンから感情を吸収している。エルヴィンがルイーゼに捧げたのは不安と後悔の心なのだ。
だが、ルイーゼと信頼し合っているおかげで、全てを吸い上げるのではなく、人間として通常感じる程度の感情は残してもらえている。
『フロレンツの件かしら……仕方がないわ。彼を動かす二つの原動力である。憎しみと悲しみが吸い出されたのですもの……』
「前回は憎しみの心が吸い出されただけだった。わんわん泣いていたが、死んでいった仲間を思い、一人一人の遺品を回収して回っていた。だが、どうだ今回は……。戦地に出たなら死ぬことは当然だと言ったのだ……。あの若造が……」
『でも、涙は流せていたわ』
「ああ、涙の理由も分からずに、泣いていたな」
エルヴィンは目を閉じると、変わっていく部下の姿を思い浮かべた。
いつも剽軽としていて、戦地に入るとキリッと敵兵をないでいく姿、戦の後に味方の遺体の前で、酒を一杯ついで、別れの酌をしている姿。
昨晩の理由も分からずに涙した姿は心が痛んだ。
その絶対的な力で戦地を圧倒し、味方の被害を最低限にして戦った姿もまた心が痛んだ。
憎しみを糧として戦場をかけてきたフロレンツから、どんどん憎しみが薄れていき、今度は仲間の死を悲しむ事すら出来なくなった。
人間じみた男だったが、今ではその影はない。
エルヴィンはそれが残念で仕方なかった。
「あの嬢ちゃんさえ、もっとパートナーの事分かってくれればな……」
『あら、私が加減を教えましょうか?』
「どうやって?」
『私が契約をして、実演してみせればいいのではないですか?』
「契約はしないんじゃなかったのか?」
『エルヴィンのそんな顔を見るくらいであれば、私は誰とでも契約しますわ』
「俺にお前が他の男と口づけする姿を見ていろとでも?」
二人はそれから何度も口づけを交わした。
*
フロレンツが献花台に花を手向けた夜、エルヴィン大佐がルイーゼを連れて、フロレンツが宿泊している宿屋に来ていた。
「おー、フロレンツ。今日はここで一杯やるぞ!」
エルヴィンの手には酒瓶が2つ握られており、がっつりと晩酌するつもりらしい。
フロレンツはエルヴィンを部屋に招き入れると、その酒瓶を受け取り、軽く酒瓶を合わせて一口酒を飲んだ。
「エルヴィン大佐、今日は何の用ですか?」
「竜の嬢ちゃんに精気の分け方についてルイーゼに教えてもらおうと思ってな……」
フロレンツとルルは首を傾げ、ルイーゼを見つめれば、エルヴィンは苦い顔をする。
ルイーゼは人には聞こえないよう、竜だけの念話で話しかける。
*
『いい。ルル。竜の精気を人に分け与えるためには口づけが必要なの。けど、あなたの場合はその精気を分け与える行為を契約としてしまったの。それは分かる?』
ルルは顎に手を当てて、その時の事を思い返した。
『私が初めてフロレンツにキスした時のこと?』
『ええ、普通の竜はいろいろな代償を元に、人に魔法の力を与えるわ。その契約を結ぶ時に初めて人と契りを交わすの』
『うん』
『つまりは、あなたの場合は精気を分け与える代償にフロレンツの心の一部を吸い取っているの』
『悲しみの心でしょ?』
『分かってはいたのね……。あなたは感情を吸い出し過ぎたの。そして、精気を与えすぎ……それは分かっていた?』
ルルは目を丸くする。フロレンツの悲しみの全てを吸い出そうと思っていた。
それによって精気も与えすぎていたようだ。
『今回は精気というよりも、悲しみをただ無くしてあげたかったの』
『そう、なら……』
ルイーゼはするっとルルに近づくと、ルルの鼻先に口づけした。
突然の事で、ルルもそうだがフロレンツも固まっている。
『口と口だと大量に感情も吸い出しやすくなる。だから、鼻先や頬で充分なのよ? 軽く触れるだけで、慣れればやり取りできるわ』
ニコリと笑って見せたルイーゼに、ルルも笑ってみせる。
『分かった今度からは、ほっぺたにキスする!』
『ええ、そうしなさい。でないとフロレンツがフロレンツでなくなる……』
『……?』
『人間の精神は複雑なのよ。吸い過ぎれば、あなたの好きなフロレンツがいなくなってしまう可能性があるのよ?』
ルルは首を左右に振ると、頷く。
『そんなの嫌! 気をつける』
『いい子……』
ルイーゼはルルから離れて、エルヴィンの元へと戻った。
「終わったか?」
『ええ』
「じゃあ、フロレンツ酒も終わったし、我々は帰るとするさ!」
「……は、はい! 分かりました……」
フロレンツは何が行われたか分からないまま、エルヴィンを部屋から送り出した。
*
エルヴィンは自分の部屋に戻ると、部屋に置いていた酒瓶を空けて、二つのグラスにそれぞれ酒を注ぐ。
「ルイーゼなんとかなりそうなのか?」
『あの子は精気を与えたいわけじゃなくて、今回は悲しみを吸い出したかったらしいの。だから、軽く触れるだけで充分だと伝えたんだけど……』
「何か問題があるのか?」
『いえ、大丈夫でしょう。』
触れるだけでは精気のやり取りはできないが、ルルの気持ちとエルヴィンの気持ちを考えれば、それだけで十分である。
エルヴィンは何か懸念しているルイーゼを見つめるが、何も教えてくれなそうだ。
ルイーゼに、酒を勧め二人で飲めば、いつの間にかにエルヴィンは眠りについていた。
『竜の精気をもらい続けると、癖になるのよね……』
ルイーゼはエルヴィンをベッドまで移動させて、布団をかけてから、眠りについた。
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