第17話悲しみの果てに
フロレンツはルルをレオニーに預けて、エルヴィンの指定した酒場に来ていた。
「エルヴィン大佐……」
「ああ、復活早々悪かったな」
「いえ、自分も酒を何となく飲みたいと思っていたところなのです」
「……理由は分からないか」
「はい」
エルヴィンは深く息をつくと、グラスに入っている氷を転がし、一気に飲み干した。
フロレンツの背中を豪快に叩き、笑ってみせる。
「まあ、そう落ち込むな。自分でも分かっているのか?」
「まあ、少し違和感を感じます」
フロレンツは酒を注文して、早々に杯を開けていく。
「前にも、こうやってお付き合いいただいた事がありましたね」
「そうだな」
「あの時は私の恋人を亡くした時ですか…」
男は遠い目になり、知らぬ間に机を濡らす。
フロレンツは机を叩き、俯き涙を流し続ける。
「彼女とは楽しい思い出ばかりなのに、何故涙が出るのでしょう? エルヴィン大佐……。私はどうしてしまったのですか? 以前は戦が起きる度に、一人でこうして騎士達の墓を前に泣いていたのです。今では何故こんなに涙が溢れるのか分からない。」
「それは、吸収し尽くされていない感情が眠っているからだろう」
「吸収?」
「聞いただろう。竜と契約するときには体の一部を、魔法を行使する時にもテイムしていない竜の場合は無条件で、とられるものがある。幻術を使う時には精気を、炎を扱う時には憎しみの心をお前は取られている」
「はい。ウーヴェからも契約した時に聞かされています。お前の憎しみの心は果てないからと……。ですが、今まではこんな複雑な感情は抱かなかった。泣きたい時に泣けました」
「それは、嬢ちゃんが原因だ」
エルヴィンは男の肩をさすり、事実を告げる。
「ルルが?」
「ああ、お前に精気を与える変わりの代償として悲しみの心を吸い取っている。本人は無自覚だろう」
「私は気を失っている間に、またルルの世話になっていたのですね……。それで、悲しむ心を失った」
「だろうな。だが、嬢ちゃんにも吸い取れない部分が残っていたのだろう。だから、涙だけは出ているんだ」
「自分の無力さに心が嘆いているのか……」
「それは分からんがな」
男たちはその後も二人静かに杯を開けていった。
*
次の日、フロレンツはルルをレオニーのところへ迎えにいくと、ルルが可愛いリボンを頭につけていた。
「た、隊長! これはその……」
「ルルちゃん可愛いねー! このリボンはレオニーのなのかな?」
「その、幼い時につけていた思い出の品で持ち歩いていたのですが……ルルちゃんが可愛らしくスプーンで朝食をとっていたものですから、つい」
「いいねー。僕はこういうセンスはないから、ありがたいよ」
フロレンツはそういうとルルを抱き上げた。
「レオニー次はキエザルーロ攻めだって! 昨日エルヴィン大佐と飲んでいる時に聞いたんだ。そしてさ、それが終わったら、僕は少しお休みもらう事にしたから!」
レオニーは目を丸くして、驚いた。
「お休みとは?」
「そうだな。次のキエザルーロさえ落としてしまえば、エグナーベルは降伏するしかないだろ? 要塞が全て壊滅状態だからね……。少し休みを取って、一度僕の故郷に戻ろうかなって思ったんだ」
「きゅ、急なんですね!」
「まあ、エルヴィン大佐には話してあるから、何ら問題ないよ。戦乱さえ無くなれば、僕の力はもう必要ないでしょ? ルルちゃんとゆっくり旅でもしようかなって思ってるんだー!」
フロレンツはレオニーへお礼を言い、ルルを連れて宿屋から出た。
「そういえば、昨日エルヴィン大佐は何を取られているか聞くの忘れたな……。まあいっか。ルルちゃんとりあえず、僕が倒れても、もうキスはしちゃダメだよ?」
『ぶー。なんで? 心配なのに……』
「ルルちゃんから精気をもらうと大変な事になっちゃうんだよ」
『そういえば、フロレンツから女の匂いがする』
「ありゃま、朝シャワー浴びたんだけど……竜の鼻は誤魔化せないか……。昨日の夜大変だったんだよ。お話したいっていう女の人がいっぱいで……」
昨日の夜泣いていると、酒場にいた女性陣が慰めてあげると何人も言い寄ってきたのだ。
フロレンツはその気にならなかったため、適当にあしらっていたのだが、密着されていたせいか香水の匂いが酷かったのだ。
エルヴィンは笑って我関せずと、早々に酒場からいなくなり、一人で対処するのは大変であった。
『それで、朝までルルのことレオニーに押しつけて、遊んでたんだ!』
「待って。言葉の意味分かってる?」
ルルの言葉に顔がひきつり、ルルの肩を掴む。
フロレンツはそんな事、教えた事はないのだ。
『分かってるもん。フロレンツは追いかけっことか取っ組み合いとかしてたんでしょ! いろんなところから匂いがする』
可愛いルルが、男所帯にいるため、聞いてはいけない話を聞いたと言えば、若手騎士達をしごこうかと思っていたが、その必要はないらしい。
「そうなんだよ。少しは遊んで来たから、匂いが移っちゃったかな」
『ダメだよ。ルル以外の女と遊んじゃ!』
「はーい! じゃあ、ルルちゃんもキスしちゃダメね!」
『んー。分かった。もう、フロレンツに精気をあげない!』
フロレンツはルルと会話をしているうちに、目的地へと着いた。
『ここは?』
「昨日の戦地の戦没者に対する献花台だよ。なんでか自分でも分からないんだけど、毎回こういうところができると花を手向に来るんだ」
すると、男の目からは再び涙が流れる。
「またか……涙を流すなんて……隊長失格かな?」
『フロレンツは心が優しいんだね。泣きたい時は泣けばいいよ。敵も味方も命の重さに変わりはないもんね』
「ルルちゃんの言葉時々大人だよね。ありがとう」
すいーっとルルが飛んでいけば、丘にあった白い花を一輪摘んできて、献花台へと並べた。
——俺は何のために戦ってきたんだ?——
フロレンツは献花台に花を手向け、残る国への忠義心だけで次の戦場へと赴く事を決めた。
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