第16話戦いの後
『フロレンツ! フロレンツ! しっかりして!』
ルルはフロレンツを激しく揺さぶっている。
「おいおい、そのくらいにしないと、フロレンツの脳味噌がかき混ざっちまう……」
エルヴィンは戦地を馬で駆けると、ルルが飛び去った戦地の後方部隊の通った平原へとついてきていた。
エルヴィンが苦言したのは、竜の力加減で揺さぶられては、逆に脳震盪で意識を失ってしまう。
ルルはその場にフロレンツを置くと、じっと意識が回復するのを待つ。
「竜の嬢ちゃんよ。またコイツに精気を分け与えたな……全く」
「エルヴィン大佐! 隊長は……?」
「ああ、レオニーか。この竜の嬢ちゃんが精力を与えたから、大丈夫さ。後は嬢ちゃんさえ暴走しなきゃ、大丈夫だろう」
駆けつけたのはレオニーだ。馬から降りると、レオニーはルルに駆け寄り、軽く背を撫でてあげる。
「大丈夫よ。ルルちゃん。あなたの力でフロレンツ隊長は、生きる力を取り戻しているわ。後は目を覚ますのを待ちましょう」
レオニーがルルを安堵させ、フロレンツのそばによると、自然とフロレンツを抱きしめてしまう。
「隊長、早く目覚めてください。でないと私……」
レオニーがフロレンツと不自然に顔を近づけたところでエルヴィンが、肩を掴んだ。
その目をみれば微睡んでおり、どうやら竜の精力を貰ったことで、また女としての本能が疼いているらしい。
「忘れてた。戦場にも女がいたんだったな。竜の嬢ちゃん一旦天幕に連れて行け! レオニー、少尉の隊と共にディーメルの都市内部に敵が潜んでいないかの確認をするように!」
肩を強く掴まれ、フロレンツから引き離された事で、レオニーは正気に戻り、鼻を抑えた。
ルルはレオニーから離れたフロレンツを掴むと、先ほどまでいた天幕へと戻る。
「は、はひ!」
エルヴィンは笑い出すが、レオニーは至って真面目である。
フロレンツの匂いで我を忘れている場合ではないのだ。
エルヴィンの指示で、フロレンツの隊の陣頭指揮をレオニーが行い、街の中へと速やかに消えて行った。
「どーれ、俺らは一旦フロレンツの様子を見に行くかー! 街の中にもう竜の匂いはしないのだろう?」
『ええ』
「魔法兵が潜んでいないなら、俺らの出番はない。フロレンツの状態の方が気になるからな」
『あれだけ、ウーヴェの力を使ったのだから、これ以上人格が破綻していないといいけど……』
二人は憎悪の力を吸い取るウーヴェと、嘆きの心を吸い取るルルの力を使った事で、ただの殺戮兵器とならないか懸念していた。
フロレンツの心情がどうなっているかは、目覚めてみないと分からなかった。
*
『フロレンツ……目を覚まさない。まだ精気が足りないのかな……。』
ルルが顔を近づけると、そのまま抱きしめられた。
「ルルちゃん」
そこには満面の笑顔のフロレンツがいる。先ほどまで戦場で何百人も殺した男の顔とは思えなかった。
実際、戦場で見せていた苦痛の顔は見えない。
フロレンツはルルから離れるとルルの頭を撫でる。
「僕はまた気を失っちゃったんだね……。幻覚使いすぎたかなー」
『フロレンツ、無理しすぎだよ』
ルルはフロレンツに抱きついた。
そして、背中に回す手にぐっと力を込めて、感情をぶつける。
「ルルちゃん。痛いよ……ぅごっ」
竜の力によって抱き締められたフロレンツは、内臓が口から出てきそうな痛みを味わった。
ルルが慌てて身を離せば、後頭部を地面に打ち付けた。
フロレンツは頭をさすりながら身を起こすと、ルルが少し距離を置いたまま見つめる。
『ごめんね。フロレンツ。痛い思いをさせるつもりはなかったの』
「分かっているよ。さあ今度は僕が抱きしめてあげよう。おいで!」
ルルの体重がのり、フロレンツは少し苦しさを感じたが、そのまま抱きしめた。
誰かを抱きしめる事で気持ちが落ち着く気がしたからだ。
ゆっくりと時間は流れた。
「フロレンツどうだー?」
エルヴィンが天幕を開ければ、苦しそうに竜の腕を腹に乗せられたまま眠るフロレンツの姿があった。
*
「それで、フロレンツ大尉。どこまで記憶している?」
フロレンツが起きるとまだ眠っているルルを天幕に残して、別の会議用の天幕でエルヴィンによる聴取が始まる。
「幻術を使って、ルルちゃんに化けて、相手の敵将の首を取って、地鳴りが始まったあたりですかね……」
エルヴィンは「そうか」というと腕を組み何かを考えているようだ。
「ディーメルは陥落したのですか?」
「ああ、お前が昔の使った魔法を発現させてな。あっという間に決着がついたぞ」
『でもその時フロレンツがぼ……』
「竜の嬢ちゃん! それはいい。それよりも今はどんな気分だ……戦いに思う事はあるか?」
フロレンツは何を言われているか、分からずに首を傾げ、腕を組む。
「戦場にルルちゃんを連れて行ったのは、やはり間違いでした。この子を危険な目に合わせた。あの時は何故だか、ルルちゃんに化けた方が、手っ取り早く膠着状態の戦況を打破できると思うのですが、今思うと悪手でした。」
「待て、フロレンツ。自軍や敵軍がの命が散っていったんだぞ? 何かそれについて思うところはないのか?」
「それは、戦ですから、命を落とすのは普通の事でしょう? みんなわかってて戦ってますから」
エルヴィンは首を横に振って、俯いた。
「そうか……。なあ、フロレンツ酒でも飲まないか? ディーメルの都市内部の残存勢力も捕らえたら?」
「分かりました」
フロレンツの心は炎の大魔術を使った事で、人を憎む心が吸い取られ、ルルによって竜の精気を分け与えられた事で悲しみの心が抜けてしまった。
いいのか悪いのか、フロレンツには本来戦いの中で残される憎しみも悲しみも感じる事ができない心になってしまったのだ。
変わってしまった部下に小さな声で、「馬鹿やろう」というと、エルヴィンはディーメルの都市まで戻っていった。
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