第15話ディーメルの戦地

「お、隊長だー!」


「竜に乗って来たぜー!」


 フロレンツは後方で戦っていた自分の部隊と合流する。

 ある程度敵兵を蹴散らしてから、レオニーをそこへ下ろす。

 蹴散らすというよりも、竜の力を知る者たちが自ら後退していった。


「隊長、前線へ行ってください! ここは我々が!」


「エルヴィン大佐が粘っていますが、魔法兵の数が多く、苦戦しております。」



 部下たちが駆け寄り、戦線の状況を説明する。

 都市の門付近で、まだエルヴィン大佐は突破口を開けずに苦戦しているらしい。

 基本的にエルヴィン大佐は守りがメインであり、攻めへ転じることはないため、少しずつ魔法兵以外を削っているというのが現状だ。


 フロレンツはルルと共に前線へと飛び立つ、途中矢が放たれるが、ルルのブレスですぐに消炭となった。

 前線へ向かえば、大きな氷の塊がこちらに向かってくる。火魔法で相殺しようと思えば、目の前に土の壁ができ、氷と相殺した。


「フロレンツ大尉、待ってたぞ!」


 笑顔でやってきたのはエルヴィン大佐だ。


「魔法兵の数が多くて、戦況はまずい。あの氷竜どれだけ男を侍られせたのか……」


 魔法兵の数はここにいるだけでも、ざっと50はこしている。

 普通は、戦場に2、3名ほど魔法兵士がいればいいところだが、氷竜は愛を捧げさせるために、沢山の若いフロレンツと契約したらしい。


「ヘンネという竜が、逆ハーレムを作り出すために、人が力を持ち、こちらの兵の命を削るか……。忌々しい。エルヴィン大佐、私は行きます!」


「お、おう。」


 フロレンツは左の目に命ずる。


幻想イリュージョン


 フロレンツは姿を変え、ルルも姿を変えた。


「まさか、その姿で戦場へ向かうのか!」


「ええ、皆驚くでしょ?」


 範囲指定が広かったのか、ごっそりと精力を持ってかれたフロレンツだったが、その怒りと悲しみの力で意識は保っている。


「ルルちゃん。ごめんね。巻き込むよ!」


『大丈夫、そのつもりで来たんだから!』


 フロレンツとルルは戦場へと駆け出し、敵を薙ぎ払っていく。



「なんだあの子供は?」


 エグナーベル本陣では、目を丸くしていた。

 突如鉄壁の守りの前に、二人のルルが現れたのだ。

 膠着状態になりつつあった、ゲゼルマイアーの騎士の群れの中に、8歳くらいの女の子が立っていたのだ。


「ゲゼルマイアーがとうとう壊れたか、あんな少女の力に頼るとは……情けない。」


 しかし、ニヤリと笑った次の瞬間、二つの炎が兵達を襲った。

 その業火はとどまることなく、前衛の兵士達を焼き尽くしていく。

 前衛を黒く焦がしたところで、魔法兵のいる後方部隊にその姿が見えた。

 そこには、一人の男と1匹の大きな竜がいた。


「前衛部隊は何をやっているのだ。魔法兵! あれは双炎の竜騎士だ!」


 急いで体制を整えるべく、魔法兵が力を合わせて、フロレンツたちに向けて極大魔法を放つ。

 すると、一つの大きな氷の塊が、地面を大きくえぐった。


「なんだ、反撃する余力もないのか? 魔法兵、今だ。あの防御魔法の土塊を一気に蹴散らしてしまえ! 竜騎士は倒れた!」


 氷が戦場へと降り始める。

 それを一瞬にして火の雨が相殺する。

 その火魔法が発動された場所はエグナーベルの陣地内だった。


「何……!」


「魔法だけが全てじゃないと言いたいところだけれども、これも魔法のおかげかな」


 フロレンツは敵将兵の首を刈り取った。


「今日はなんでだろう? 全くと言っていいほど、だるさを感じない」


 フロレンツは幻術を使い、精力が左目から吸われているはずだが、全くそれを感じなかった。


『きっと、カサンドラ、後から回収に来るか気よ! そうはさせないんだから!』


「ルルちゃん今は戦場だから、そのくらいにしとこうね。では魔法兵の諸君。魔法の打ち合いといこうか?」


 フロレンツは自分の周りにいくつもの火の玉を出して見せ、魔法兵は相殺するべく氷魔法を発現させる。


「やっぱり数が多いとやりにくいね……」



「敵将の首とってるじゃないか? 苦戦してるようだ。俺らもいくぞ!」


「「おー!」」


 前衛部隊がいなくなった事で、前進してきた味方部隊が敵歩兵隊とぶつかり合う。


「魔法兵ども、お前らは俺らが相手だ」


 フロレンツはエルヴィン大佐と共に、魔法兵たちの前に立つ。

 魔法兵50に対してこちらは2人だ。


「フロレンツ大尉。後ろへの魔法攻撃は気にするな。俺が守る。だがな……防戦も飽きたな。ルイーゼ久々に暴れるぞ!」


 エルヴィン大佐がドンと地面を踏めば、地鳴りと共に、いくつもの土のトゲが地面から出てくる。

 エルヴィン大佐が地鳴りの嵐ランブルテンペストと呼ばれる由来だ。


 フロレンツはその魔法を間近で見るのは二回目だ。

 一度目はフロレンツが若かりし頃、苦戦した戦場へと駆けつけた、少佐時代のエルヴィンの姿である。

 辺り一面が鉄の匂いと赤の一色に染まり、戦場に出るまでは陽気に酒を飲んでいた知人が、見るも無残に、切り刻まれていた。

 絶望の中、地鳴りと共にやってきた男がエルヴィンである。

 その時の情景を思い出すだけで、フロレンツは吐き気に見舞われ、黒い感情が煮えくり回る。


「おおー!!」


 フロレンツの雄叫びに呼応するかのように、フロレンツの右腕から漆黒の炎が溢れ出した。


『フロレンツ?』


「あちゃー。すまん。嬢ちゃん……今のやつに触れるな」


 目の血走っているフロレンツに触れようとしたルルは、エルヴィンによって止められる。


「昔のこと思い出すな……。今は敵味方分かんねえぞ。ありゃ。退避だ退避。引ける者は引け! 孤高の騎士が出てきたぞ!」


 エルヴィンの退避命令に、味方は逃げ出し、エルヴィンの背後へと回る。

 竜もエルヴィンより後衛に下がるよう言われたので、後衛に下がれば、漆黒の腕を敵兵に向けて振り上げたフロレンツの姿だった。


「全て塵になれ! 業火ヘルファイア


 感情を無くしたフロレンツから振り落とされた巨大な黒炎が辺りを埋め尽くす。

 焼け焦げる兵たちの悲痛な叫びも、フロレンツの耳には入らなかった。

 フロレンツは敵魔法兵を駆逐すると、今度は戦場上空全体に、黒の火の塊を展開させる。


『このままじゃ、フロレンツ危ないよ! フロレンツの部下たちまで死んじゃう!』


 エルヴィンの魔法でも防げそうにない量の火の塊が上空に浮かぶ。

 兵士たちも空を見上げて唖然とする。


「今回は俺も防ぎきれるかな……。自信がないぜ、ルイーゼ」


『あなたの事だけは守りきるわ。それにしても、ウーヴェの力はいつ見ても、痛々しいわ」


 ルルもルイーゼの言葉に同意だ。見ていて切ない気持ちになるのだ。

 戦場を嫌う者が、戦場の前線へと立ち、昔の古傷を爆発させている。


『このままじゃダメだよ。フロレンツ……。元に戻って……』


 ルルが女の姿に形態を変え、フロレンツに抱きついた。


「嬢ちゃん!」


『……エルヴィン。私たちには何もできない』


「しかし……」


 ルイーゼとエルヴィンが互いに手を取り合い、二人のいく末を見守る。


『ねえ、フロレンツ。戦いはもう終わったわ。敵はあなたがすべて焼き払った。もう怒りを収めて?』


 一人の女性となったルルは、フロレンツの頬に手を触れれば、フロレンツの心に触れた気がした。


『あなたは戦場に恨みだけでなく、悲しみも強く抱いているのね……。吸い出してあげる』


 ルルはフロレンツに口づけをして、フロレンツの強い悲しみの心を吸い出せば、感情の高ぶりは収まっていく。

 フロレンツもそれに答えるように、目から一筋の涙を流した。


『もう、悲しみに悩むことはない。ねえ、そんなに一人で考え込まないで? わたしがそばにいるから……』


 ルルがフロレンツと心を通わせた時には、一瞬だが、遠くから駆けつけたレオニーたち隊員にも、ルルが一人の女性と口づけしている姿に見えていた。

 フロレンツは涙に濡れたまま、その場で意識を失った。

 それをルルが抱き抱えると、黙ってフロレンツを戦場から連れ出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る