第19話戦いの意味

「はあ、なんだか最近やる気がしないなー。元から戦うとか命のやり取りとか苦手なんだよね……」


 上半身裸でいつもの修練中だ。

 フロレンツの部下たちも素振りをしている。


「隊長が一人でぶつぶつと言っているぞ」


「素振り中はいつもの事じゃないのか?」


「そういえば、最近女との噂聞かないなー」


「そりゃ、竜がべったりだ。寄ってくる女もいないだろう……」


「それがさ……実はさ、戦いの後の晩、酒場で女に囲まれてたらしいぜ!」


「何ー! 俺たちがむさ苦しい男どもと飯食って宴会している時に、何やってるんだあの人はー!! エルヴィン大佐と一緒だって聞いてたのに……」


 若手の騎士たちから視線に、フロレンツは気付くことはなかった。

 ただひたすら木刀を振るい続ける。


「たいひょーう!」


「どうしたんだ。レオニー……」


「キエジャルーリョ城塞じぇめにちゅいて、他の隊と打ち合わせが今晩入りまちた。」


「分かった……」


 鼻を押さえたレオニーは、夜の打ち合わせの件について報告すると、さっさと行ってしまった。


「ありゃ、レオニー副隊長と何かあったな……」


「そうだろうな……。あのあからさまに鼻をつまむ態度は……いつぞやのななちゃんと同じく朝まで過ごしたら……」


「明日の晩は俺たちで宴会誘おうぜ……隊長の不調は俺たちが治してやろう」


 フロレンツの知らないところで、部下たちはフロレンツを慰めるべく、宴会の準備を着々と勧めていくのであった。



「というわけで、キエザルーロの攻略は俺が先陣を切る。我々はエグナーベルの主要となる城塞や都市を攻略してきた。恐らくキエザルーロには向こうの精鋭が集められ、厳しい戦いとなるだろう。俺が的になっている間にお前らは奴らを攻め尽くせ!」


「「おおー!」」


 各隊の隊長たちが酒を酌み交わす中、一人フロレンツはレオニーからも距離を置かれて、飲んでいた。

 レオニーにロルフ少尉が言い寄っているが、フロレンツが近づくと怒られるので見守るしかない。

 黙々と飲み、そろそろ酒場を出ようとしたところで、初老の男から声をかけられた。


「おー、フロレンツ大尉! 飲んどるかー?」


「ゲルルフ中佐……」


「あの火魔法はなかなかであったな。こっちまで殺されると思ったわい!」


 笑顔で肩を叩かれるが、フロレンツにはその時の記憶がない。部下たちにも同じような事を言われたが、自分がそんな極大魔法を放ったとは信じられなかった。


「ゲルルフ中佐。記憶に無いのです。そんな極大魔法私が本当に放ったとは思えないのです」


「うーむ、だが事実じゃ……感情の振り幅が大きくて、頭が飲み込めておらんのじゃろうな……。まあ、そう浮かない顔をせず、生き残った事に感謝して、酒を飲もうではないか?」


 ゲルルフはフロレンツの杯に酒を注ぎ、自分の杯にも注ぐと、それを互いに飲み干した。


「はあ、そういうものですか……」


「なんじゃ、いつもの剽悍なフロレンツはどこに行った? 何を悩んでおる?」


 フロレンツは首を振ると、酒を自分で注いで飲んだ。

 ゲルルフは、空いた杯に酒をなみなみ注ぐ。

 それもまたフロレンツは飲み干し、酒の勢いは任せて、俯いて本音を吐いた。


「何のために戦っているか分からなくなりました……」


「ほう……」


 ゲルルフは顎をさすり、一度天井を見ると、またフロレンツの杯に酒を注ぐ。


「わしも分からん。戦を重ねる度に目的が分からなくなる。ただ死に物狂いで平和のために剣を振るうのみよ!」


「平和のために人を殺すですか……」


「ああそうなるな……。始めはワシは戦に巻き込まれ、辛い思いをしてきた家族のために剣を持った。ワシの若い頃は戦ばかりで仕事は傭兵しかなかったからな……。生きるために仕方なく必死に戦った。だが、地位をもらい国に残る家族に十分な仕送りができ始め、若い騎士たちを命のやり取りの現場に送り出すようになって変わった……」


「どう変わったのですか?」


「本来の目的は達成されたが、その分若い命の芽を摘んできたわけだ。上からの命で、死ぬと分かっている戦さ場に何人送り出した事か……中間管理職とはそういうわけだ」


 ゲルルフは苦笑しながら、話を進める。


「お主と一緒じゃ、何のために戦をしているのか分からなくなった」


 ゲルルフがフロレンツの肩をバシッと叩くと、フロレンツは驚く。

 その様子を見てゲルルフが笑う。


「だがな、よく考えてみろ……。我々が戦わねば、ゲゼルマイアーは落ち、民が露頭に迷う。それにな……。我々が捕虜にでもなれば打ち首じゃ。死んだら女も抱けなくなってしまう」


「ゲルルフ中佐……」


 途中まで良い事を言っていたのに、最後の言葉で台無しである。


「要は、戦いに目的は求めちゃいかん。お前には家族は残っていないからなんとも言えないが、負ければお前は間違いなく戦犯として打ち首だぞ! 死んだら何もできん。その程度に考えろ! 深く考えれば考えるほど、ど壺にはまるぞ。」


 フロレンツはニコッと笑うと胸に手を置いた。


「僕にも家族ができました……。彼女のためにも僕は勝たないといけないのですね……。次の戦いで僕の役目は終わりです。全力で勝ちます。そして、彼女の涙でなく笑顔を見る!」


 立ち上がるフロレンツをゲルルフは見送ると、酒を飲んだ。


「若造が一丁前に悩みやがって……それより家族ってなんだ? アイツの家族はエグナーベルの戦略兵器の犠牲になって皆死んだはずだ……婚約者だって戦乱の中で……」


 ゲルルフは首は傾げたものの、深く考えずそのまま一人酒を飲んだ。



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