第39話ウゼビオ村と野営

 フロレンツの故郷の手前にあるウゼビオ村の手前の森に降り立ち、徒歩で村の入り口まで向かう。


 村は祭りの最中なのか、騒がしく活気があるようだ。簡易的木で組み立てられた門には門番がいる。

 険しい顔で肩にいるルルとフロレンツを順に見る。


「やあ、祭りかい?」


「ああ、小規模だが、国の勝利を祝う祭りの最中だ。何のようだ?」


「ああ、故郷に帰る途中に立ち寄った。花を手向に来たんだ」


 そう言ってフロレンツは自分の故郷の村を指す。

 門番は眉根を寄せ、肩に乗るルルを見る。


「お前の肩に乗っているのは竜か……」


「この子は何もしないよ……僕の娘のようなものさ」


 門番は首を横に振る。


「オレは門番として、少しでも危険だと感じた者をここに通すわけには行かない。すまないがお引き取り願おうか」


 門番は剣の柄に手をかけ、警戒状態だ。この付近で竜が嫌われているのは分かっていた。

 フロレンツはあっさりと参考方向を帰ると、森へと戻る。


 ルルはフロレンツの肩から門番を睨みつけると、飛び立ち門番の顔の前を飛び、舌を出す。


『あっかんべ〜』


 門番が剣の柄から剣を抜こうとすれば、その手が止まる。


「うちの娘に手荒な事は困るよ」


 フロレンツが男の右腕を抑えていたのだ。

 びくともしない事にフロレンツの顔を凝視した。


「ルルちゃんもめだよ! そういう事はしちゃいけません。自分がされて嫌な事は人にしちゃダメだよ!」


 フロレンツはルルを小脇に抱えると、門番に頭を下げながらその場を去った。


 フロレンツが去った後しばらくして緊張が解けた門番は膝をつけた。


「今の奴は何者だっだたんだ……」


 その後このことを村の長に報告したところ、国の英雄だったことが、判明した。


「追い返すなんて、なんて事をしたんだ……」


「竜は破壊を生む。それしか頭になかった。セザルトンの村がそうであったように……」


 道化師が破壊の限りを尽くす猛獣を招き入れた近隣の村の果てを知っているからこその対応である事は皆にも分かり、門番が責められる事はなかった。




 *


 ルルとフロレンツは空を巡回し、休めそうな場所を探した。

 川沿いの崖に洞穴を見つけ、そこでフロレンツは暖を取るための薪を拾う。


 一応、食料確保のためにも周囲の魔物を狩って洞穴に入る。


 パキパキと薪が音を立てて燃え上がり、ルルとフロレンツはその火を見つめていた。


 その火の上には鍋が置かれており、ぐつぐつと腹の虫が騒ぐような匂いを立てながら、煮えていく。


「さあ、ルルちゃん温かいうちに食べようか」


 フロレンツは鍋を外し、魔物の肉を焼き始めると皿にスープを盛りルルにスプーンと共に渡す。


 ルルの腹の虫は先ほどから暴れ回っているというのに、フロレンツから皿を受け取ろうとしない。

 ただ串についた肉からジュウジュウと火に滴る脂を見つめているように見えた。


「ルルちゃん。先にお肉が食べなかったよね。ごめんね。気づかなくて……お肉はすぐに焼けるからもうすぐ食べれるよ」


 ルルは火を見たまま首を横に振る。

 フロレンツは首を傾げて、向かい側からルルの隣へと座り直す。

 ルルの横顔を見ると、どこか元気がないようだ。


「ルルちゃん?」


『ルルは危険な存在なんだよね。ずっとみんなに優しくしてもらってたから忘れてた』


「そんな事ないよ。ルルは優しい子だよ?」


『違う。竜は怖い存在だよ』


 ルルはキリッと涙を目に溜めながら、フロレンツを睨む。

 睨む瞳の中に不安な心が見えるルルの頭を撫でて、自分の胸へと引き寄せた。

 王都、それから先ほどの村では平然とした態度を取っていたのに、本当は心を気づけていたのだ。


「僕は怖くないよ……そりゃ他の人は竜を知らないだろう? 知らないものは怖いものさ」


『違う。フロレンツも私の姿を見れば変わる』


 ルルはフロレンツの手の中から離れると、洞穴を抜け、月明かりが差す崖の上へと立つ。

 そして、フロレンツを見たまま、寂しそうに笑い、崖下の川へと身を投げた。


「ルルー!!」


 フロレンツは走り、崖の下を覗き込めば、下から燃えるような紅い色をした強靭な体をした竜が姿を現した。

 羽根をバサバサと羽ばたかせ、フロレンツと目を合わせる。


 フロレンツは自然と後ずさった。

 それを見ると、ルルはフロレンツとの距離を詰めて、1人の女性の姿を象った。

 それは何度か夢で見ていた女性の姿だ。

 いや、夢ではなかったのだろうと今初めて理解した。同じベッドで眠っていたのはルルだったのだ。

 フロレンツの驚く表情を見て、ルルは微笑むと、フロレンツの両頬を手で多い、その燃えるように輝く瞳を近づけてきた。


『ほら、フロレンツも怖い……前から知ってたよ。フロレンツが竜を見ると体を固くするの』


「ルル、違う。竜は怖いが、ルルは怖くない」


 ルルの瞳からは大きな滴がポタリと落ちた。

 その滴が頬を伝う。

 フロレンツはその涙を指で拭えば、ルルの手がフロレンツの手に重ねられる。

 ぎゅっと掴まれた手を見れば、ルルは不意にフロレンツの頬に唇を落とした。


『ルルは竜だよ……』


 それから、ルルはフロレンツから手を離し、徐々に距離を離していった。


 空中にいるルルを引き寄せる事はできない。


「ルル。こっちにおいで……」


 ルルは首を横に振る。そして、涙を流しながら空高く浮上していく。


『ルルはお邪魔虫』


「ルル!」


 ルルは月が陰り闇が増した空へと消えた。


ポツリ、ポツリと雨が降り出し、フロレンツは空を見上げる。


「お邪魔虫なんかじゃないさ……大事な存在だ」


 その声はルルに聞こえる事はなく、雨音にかき消された。

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