第23話キエザルーロへの出陣

 開戦になると、前線では魔法が飛び交っている。ディーメル戦と同じく氷魔法が多く飛び交っているが、規模が違っている。

 一つ一つ氷魔法の塊が大きい。

 術者がより多くの贄を竜に渡すようになったのか、術者の数が恐らく多いのだろうとフロレンツは解釈した。

 氷魔法が飛び交う度に土魔法での相殺がされている。


 エルヴィンも全てを相殺しきれずに溢れる魔法が出始めた。

 こちらの軍が押され始め、多くの命が失われ始めていた。

 フロレンツ隊は進軍の準備を整える。


「ルルちゃんいい? 今回は名前を呼ぶまではここで待機だよ。戦場に出てきて集中砲火されても守り切れるか分からない。いいね」


 フロレンツはルルの肩を掴み、真剣に説得している。いつになく真剣な表情で説得されルルは首を縦に振った。


「いい子だね。じゃあ行ってくる」


 フロレンツはルルの頭を撫でると、ルルを後方部隊へと預ける。


「すまないね。アルバン。ルルの事よろしく頼むよ」


 アルバンは後方部隊の食糧保管係の一人である。

 度々ルルの食材をもらいに行く度に話すようになった。


「分かりました。腕をふるって隊長の竜のメシ作りますね」


「ルルちゃんきちんとアルバンの言うこと聞いてね。


 ルルもアルバンに対しては食糧を分けてくれる人と認識しており、暴れることはないだろう。


 ルルはアルバンの肩に乗ると、フロレンツに向けて手を振る。


『死んじゃ嫌だよ?』


「大丈夫! 僕には妖精達の加護があるからね!」


 フロレンツはルルに手を振ると、表情を引き締め馬に乗り、自分の隊の先頭へと移動する。


「隊長良かったんですか?」


 レオニーがフロレンツの馬に歩みを合わせると、心配そうな表情で話しかけてくる。


「いいんだ。今回の戦況は今までとは違い、危険が多すぎる。やはり子供であるルルを連れて行くことはできない」


「子供ですか……隊長の目にはそう見えているんですもんね」


 レオニーの言葉にフロレンツは頷き、隊の前に出ると、後ろを振り返り騎士達一人一人の顔を見て行く。


「今回のキエザルーロ戦で、エグナーベルの主要な拠点は全て抑えた事になる。その分敵も戦力を集中させている」


 騎士達の表情をよく見れば、兜の下に緊張の色が見える。

 フロレンツは笑顔を見せると、隊員達に優しく言葉をかけた。


「私について来てくれてありがとう。そして、生きて帰ろう。これが終わったら俺のおごりで宴会だ」


「「おーー!!」」


「隊長こんな時に……」


「レオニーいいんだよ。戦いに挑むのに必要なのは生きて帰ることだ。生きていれば、女だって抱けるし、酒だって飲める」


 若い騎士達は一旦顔を俯けるが、拳を強く握るとフロレンツに対して叫ぶ。


「そんなに簡単に抱けるのはモテる男だけだー! モテ男の隊長だから言えることだろー!」


「そうだ。俺たちにできることは男同士で隊長みたいな人の事を、罵りながら酒を飲むことだ!」


 騎士達の勢いにフロレンツは頭を掻きながら、空を見上げる。


「僕だってこんな男じゃなかったさ……若い時はね」


 フロレンツは改めて真剣な表情で騎士達を見つめる。


「いいか! この戦乱の世の中戦いに巻き込まれて行く中、大事なモノがあるだろう。それを守り抜け、そして自分の命も守り抜け! 私から言うことは以上だ。左翼から合流する。行くぞー!!」


「「おー!!」」


 フロレンツの掛け声により隊は前線へとかけ始めた。

 フロレンツは自軍の兵の数が減らされていく事に、心の奥底から湧き出してくる感情に、歯を食いしばり、馬で戦場をかけて行った。



 エルヴィンの鉄壁の防御は崩され、敵軍が進軍しており、乱戦状態だ。

 フロレンツは剣を振るい、敵兵を次から次はと薙ぎ払っていく。

 フロレンツ隊とロルフ隊が右翼と左翼から攻め入っても戦況は好転しない。

 背後から敵兵が斬りかかってくるのをいなせば、右、左と敵が次から次へと斬りかかってくる。


「埒が明かないな。——炎帯剣フレイムソード!」


 フロレンツは剣に炎を纏わせると、敵兵のいる所を演舞するかのように凪いでいく。


「魔法兵がここにもいたぞ! 火だ! 火を纏っている!」


 敵が後方へと伝達を出す姿を見たフロレンツは、舌打ちをすると、動き続ける。


「敵の魔法兵が来るまで数を減らしますか」


「隊長ーー! 勝手に動かないでください!」


 レオニーの声が少し離れた場所から聞こえたが、フロレンツは足を止めなかった。


「全くいつも隊の連携を崩すんですからー!」


 レオニーの叫び声が、金属音や怒声の響く中でもやけにはっきりと届いた。

 フロレンツは微笑む。


「悪いねレオニー。性分みたいだ。敵の隊列は僕が崩すから、混乱している間に戦況を変えてくれ」


 呟くようなフロレンツの声は誰にも聞き取られることなく、敵の陣に近いところまで攻め入って行く。

 矢の応酬が来るが、それを次々と塵へと変えていく。

 突然影を落とせば、上空から敵魔法兵による極大の氷の塊が降って来た。


「アイツらは敵味方関係なしか……非道な」


 敵歩兵達が逃げ始める中、フロレンツは剣を下段に構え、上段へと振り上げた。

 火力の上がっている剣で氷の塊を薙げば、氷は真っ二つに切られ、フロレンツの背後の地面へと落下した。

 敵魔法兵の攻撃の後、レオニー達の率いる隊が敵兵を切り捨てフロレンツに追いつけば、フロレンツの剣の纏う炎の大きさが増したように見えた。

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