第8話軍の作戦会議と女との出会い

 フロレンツが目の痛みから解放されたのは、3日後の夕方の事だ。


「あー、なんて日だったんだ……」


 フロレンツはただ汗をかいたので、泉に行っただけだったのに、散々な目に遭ってしまった。


「軍の作戦会議の時間だ。今日は街で酒を飲みながらだったな」


 会議という名の上層部での飲み会である。後続で来ていた部隊の隊長達が集まる。

 フロレンツはレオニーを連れて、街へと向かった。

 まだ、誰も酒場に来ていなかったようで一番乗りだ。


「あのその、この前のことは……」


 レオニーが顔を真っ赤にしてフロレンツに謝ってくる。

 酒場だというのにルルもついて来ており、フロレンツはレオニーに触れはせず、なだめた。


「その事は今度セザール中尉を叱っておくから気にしないで……君もアホな男達の言動に振り回されないようにしなきゃ。悪い狼達がいっぱいいるんだからね……」


「隊長はお……いえ、何でもありません」


 途中で言葉を切られた為、聞き直そうとするが、後続の隊長達がやってくる。


「おー、フロレンツ大尉。いや今度のブラント城塞崩しで少佐になるかー? まあ、久しぶりだ」


「エルヴィン大佐、お久しぶりです。私なんてまだまだです。大尉の位をいただいているだけでも、恐れ多いです」


 エルヴィン大佐は、5つの隊を束ねる。ゲゼルマイアーの英雄とも呼ばれるフロレンツだ。

 体格がよく豪快によく笑い、人望の厚い人間だ。


「そうか? まあどっちにしても今回の戦いで、孤高の騎士から双炎の竜騎士と呼び名が変わったそうじゃないか。その嬢ちゃんの肩に乗っているのが、今回活躍した竜かい?」


 レオニーは頷くが、フロレンツは首を傾げる。呼び名がいつの間にかに更新されているらしい。


「ほう、こりゃ炎竜か……なかなかいい奴テイムしているじゃないか」


「フロレンツ大尉はその竜が少女に見えているらしいですよ。全く戦場で気が狂うとは柔な精神力だ……」


 嫌味を言ってくるのは、ロルフ少尉だ。今回隊長に抜擢された同年代の男だ。


「お前にはこれが少女に見えているのか……へえ、そんなこともあるんだな……」


「それにまた妖精と契約したようで、左目の色が碧眼になったそうです」


「戦の度に妖精に気に入られていくとは、さすがフロレンツ大尉だ!」


 エルヴィン大佐は高笑いをして、左目を覗き込んでくる。


「ほう、今度はどんな魔法を覚えたのだ?」


 エルヴィン大佐に聞かれるが、正直まだフロレンツも分かっていない。


「先ほど、痛みから解放された所で、まだ何も試していないのです」


「じゃあ、俺で試してみろ!」


 エルヴィン大佐がノリノリで席を立ち仁王立ちになる。


「本気ですか? 店内で実験するのは店にも迷惑をかけます……」


 すると、エルヴィンを止める女の声が聞こえてくる。


「そうですよ。お客さん店内で魔法を使うのはやめて下さいな」


 艶っぽい女性が飲み物を運びながらこちらのテーブルに向かってくる。

 フロレンツには見覚えがある女だ。


「お、お前は先日の沐浴していた……」


 女はフロレンツの唇に指を当てるとそれ以上言葉を発することのないよう目で伝えてくる。

 フロレンツが惚けた顔のままでいれば、女が話始めた。


「先日はどうも、フロレンツ様っておっしゃるのね……あなたの鍛えた身体なかなかだったわ。あなたの味を忘れられないの……今晩、予定はあるのかしら?」


 フロレンツは身構え、レオニーは顔を真っ赤にさせている。

 ルルは睨みつけると火魔法を発動させる。


「おっと、竜の嬢ちゃんここは店の中だぜ? ブレスはよくねえ」


 エルヴィン大佐は竜の開いた口を火魔法ごと抑えて、魔法を不発に終わらせた。

 鉄壁の騎士とはこの男のことである。

 フロレンツはさっと女の手を握った。


「エルヴィン大佐ありがとうございます。危うく被害を出すところでした」


「いや、別にいいんだが、その別嬪さんの手を取ったらまた、この竜暴れるんじゃないか……」


 エルヴィン大佐の手から逃れようとルルは必死になって動くが、上腕二頭筋が許さなかった。


「あっと失礼。美しい女性からお誘いいただいたもので、ついつい手を握りしめてしまいました。そうですね。この会議が終われば、僕に予定はありませんよ」


「あらそうなの。良かったわ。この間の続きの話をしたかったの。邪魔者が入ってしまったから……」


「そうですね。あなたとはぜひ深くお話ししたい。それではまた後で……」


 フロレンツは手を振ると女はウィンクを返してきた。

 フロレンツの胡散臭そうな笑顔に気づいたレオニーは、黙って様子を見守るようになっていた。

 しかし、付き合いの浅いルルにはその微妙な表情が分からない。


『こいつ絶対許さない。あの蛇女も、フロレンツの唇に触れて手も繋いでー。ムカつく』


 ルルが低く唸り始めれば、エルヴィン大佐は手を離した。


「フロレンツ大尉そろそろ、この竜をなだめろ……流石に喰われる」


「すみませんでした。ルルちゃんごめんね。一番大事なのはルルちゃんなんだけど、彼女とはどうしても今晩大切な用事があるんだ。だから、今日はレオニーとお寝んねしてね!」


 フロレンツはルルを抱きしめると背中をポンポンとさすってやる。

 威嚇していたルルは、徐々にその怒りを鎮めて、瞼が落ちて来た。

 フロレンツはそのままポンポンをして抱っこしていると、ルルは眠りについた。


「夜遅いから寝ちゃったね……レオニー悪いけど頼まれてくれる?」


「ええ。会議が終わり次第、私が泊まる部屋で寝かせておきます」


 軍の作戦会議では、次に攻めるべく街が決められた。

 今度はエグナーベル西側の兵達の拠点となっていると思われるディーメルという都市を攻める事になった。

 どうやら人を集めて何やら武器作りを行っているらしい。


「それじゃー。先行部隊はフロレンツ大尉の隊とロルフ少尉の隊でいいな。よし、解散! フロレンツ大尉はこれから逢瀬が決まっているから、長引かせては悪いからな。ワッハッハー!」


 エルヴィン大佐の高笑いで、作戦会議は幕引きとなった。

 ロルフ少尉から妬まれている気がするが、こちらにも事情がある。

 単なる逢瀬ではないのだ。

 フロレンツはルルをレオニーに預けると、女に指定された宿屋へと向かう。


「おう、嬢ちゃんその竜一晩貸してくれ!」


「え、大佐?」


「いいじゃねえか。竜と寝れるなんてそうそうできねえ。俺の妖精の加護じゃあ。どうせこんな幼体じゃあ歯が立たねえさ」


「いえ、大佐この子はもう……」


「大丈夫だって……どれ明日にそっちの野営地に、返しに行くからよー!」


「あ、大佐〜」


 フロレンツはレオニーとエルヴィン大佐のやり取りがあるのを知らずに宿屋に着いたのであった。

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