第7話加齢臭が気になるお年頃とレオニー

「何故、フロレンツ様は妖精たちに好かれるのでしょう。その度に痛みに耐えて……」


 世の中では出世のために妖精と称される者を探す者もいるが、実際は過酷な事だ。

 その度に妖精に与えられたモノが、体に馴染むまでは激痛に見舞われる。

 以前に右腕を取られた時もそうだった。痛みのあまり、戦場で気を失うかと思ったのだ。

 だが、あの痛みのおかげで劣勢だった戦況が一片し、今ここに生きている。


「まあ、悪いことばかりではないから」


 ルルは匂いをスンスンと嗅ぐと、嫌そうな顔をした。

 その様子を見たフロレンツは、当然苦い過去を思い出し、自分の臭いを嗅ぐ。


「なあ、レオニー。俺水浴びしたばっかりだけど、臭いするか?」


「え、いきなりなんですか?」


 レオニーはフロレンツの頬から手を離すと、匂いを嗅ぐ。


「その……いつもかぎなれた匂いがします」


「そうか、もう一回水浴びしてこようかな……」


 フロレンツはふらふらと泉に迎えば、ルルが少女とは思えぬ力でフロレンツが行くのを防いで野営地へと引っ張っていく。

 それについていくように、フロレンツの上着の匂いを感じながら、レオニーは歩き始めるのであった。



「あら、紅竜が付いているのね。通りで竜臭いと思ったわ」


 しゅるりと女は舌舐めずりをして、去る姿を見つめる。


「ウーヴェが認めたとなると、それこそ楽しい人生を歩んでいたに違いないわ。これからもっと辛くて悲しい結末を迎えるのでしょうね……」


 女はそろりと動き始め、気配を完全に断ち切った。


 妖精とは人が勝手に付けた名だ。それが本来どのような姿をしているかは、人の知るところではない。

 波長のあった人間の前にしか現れず、気まぐれに力を貸す。その力が有益な物になるかは、受け取った者次第である。



 野営地に戻ると皆パニック状態だ。フロレンツが竜に引きずられて戻ってきたのだ。


「おい、隊長がとうとうやられたぞ!」


「迎撃の準備だー!」


 武力を集中させようとしたところで、慌ててレオニーがルルの前に立つ。


「違うわ! 隊長はこの子にやられたわけではないのです!」


 その言葉に騎士たちの手が止まり、皆ルルを見つめた。

 フロレンツはルルに無理やり立たされて、手をあげる。


「やあ、皆驚かせたね……。ちょっと水浴びしてたら、いろいろあって撃沈しただけだから……」


 駆け寄って来る騎士たちに、フロレンツは手を前に出す。


「いや、近づかないでくれ、さすがに男にまで言われたら、俺は立ち直れなくなる」


「隊長がなにかと葛藤してるぞ!」


「また、幻でも見たのか?」


「っておい、隊長の目いつから青くなった!」


 フロレンツの静止も構わずに、皆ルルの事を忘れ近づいてきた。


「この人また契約しちゃったよ」


「右腕に左目っ! ——それに竜だろ? 次の戦いどうなるんだよ?」


「頼む。臭いのことは触れないでくれ!」


 フロレンツの悲痛な叫びも虚しく、逆にフロレンツは騎士達からいじられる。


「まだ、ナナちゃんの言葉気にしてたんですか?」


「大丈夫ですよ。隊長は鍛錬の後、いい感じに汗の匂いがして、男の中の男って感じですよ」


「なあ、それが今一番打撃ある言葉なんじゃないか?」


「まさか、レオニー副隊長に臭いって言われたとか?」


 騎士たちの目は、一気にレオニーに向かう。


「いいんだ。もう……。ルルちゃん、ちょっとあそこの天幕に寝かせて、いろいろなところが痛むんだ……」


 ルルは意識を失いかけているフロレンツを、テントの中まで引きずっていった。


「それで、レオニー副隊長はなんと言ったんですか?」


「えっ、私?」


 レオニーは自分に話が振られると顔を赤らめ、フロレンツの上着で顔を隠しながら言う。


「臭いがするかと聞かれたので、いつものかぎなれた匂いがしますと答えたのですが……」


 フロレンツたちは頭を抱えて「それダメなパターンだ」と口々に言った。レオニーは小首を傾げて騎士の話を聞く。


「ナナちゃんに振られた原因分かりますか?」


「いえ……」


「一夜を過ごして、部屋に臭いの篭る歳のフロレンツには、興味がないって言われたんですよ……」


「ま、まさか……」


「そうっす。レオニー副隊長の言葉で完璧に撃沈でしょうね……恐らく妖精どうこう抜きで、撃沈してます」


「そ、そんな。私は決して加齢臭とかそういうわけではなくて、隣にいて安心する匂いがすると伝えたつもりだったのですが……」


「あの傷心中の隊長には副音声は聞こえてないですよ。聞こえているとすれば、加齢臭が臭いますって聞こえてると思います」


 レオニーは上着を握りしめると、天幕に向かおうとする。それを騎士達は止める。


「副隊長、今は傷に塩を塗るようなもんです。もう少し落ち着いてから行った方がいいですよ。そうですね……」


 騎士たちはニヤニヤしながら耳打ちする。


「え、え、そんな格好で……」


「どうせ上着を返すんですから、ちょうどいいじゃないですか? フロレンツ心くすぐります! 一線超えれますよ!」


「私は隊長のそばにいるだけでいいんです」


「傷心中の隊長は自暴自棄に入って戦場でどんな動きをするか分かりませんから……癒していや、仲直りして下さると助かります」


「そ、その格好をすれば隊長と仲直りができるんですね……やってみます」


 騎士たちの耳打ちに、レオニーは素直に応じ、騎士から例のものを借りると、それを大事そうに抱えて自分の天幕の中に入っていく。


「先輩あんなこと言っていいんですか?」


「大丈夫だろう。どうせレオニーは隊長のお気に入りだし、少しくっつくのが早くなるだけだ」


「そうですけど、隊長は否定しているじゃないですか?」



 そんな話が繰り広げる中、天幕の連なる場所にはにはモジモジとするレオニーがいた。


「この格好で行けばフロレンツ様と……いや。けど心の準備が……でも……」


 一人で悩んでいる間に、レオニーはフロレンツの寝ている天幕がある場所へと来てしまう。


「隊長、レオニーです。お加減はいかがですか? あの、その入ってもいいですか?」


「ああ、レオニーか大丈夫だよ」


 天幕の布を上げれば、そこには痛みに耐える表情で寝転がるフロレンツと、その髪の毛で遊んでいる小竜がいた。


 レオニーが天幕に入ってくると、フロレンツの方は体を起こし目が丸になっている。


「その、先ほど私が失言したって分かったので謝りたいと思ったのです……」


「その格好は……」


「あ、これはお返ししなくては……」


 レオニーは来ていたフロレンツの上着を脱ぐと、それを差し出した。


「その、先程のいつもの匂いっていうのはそばにいると安心する匂いって事で、決して……」


「おいで——」


 フロレンツは上着を手に取り、そのままもう片方の手でレオニーの腕を引っ張った。


 レオニーは引っ張られて体制崩してフロレンツのそばへと膝をつく。


「全く他の男のシャツなんて着て……誰の差し金?」


「差し金というか助言というか……」


 フロレンツはレオニーの髪をさらっと撫でて見つめる。


「そのセザール中尉に、この格好で行けば間違いなく許してくれるって言われて」


 フロレンツはため息をつき、抱きしめる腕の力を緩めると、レオニーにデコピンを喰らわす。


「レオニー、他の男のシャツを着るのは減点。後は弱ってる男のところにこんな姿で入ってきたのも減点。ほら、怒ってないから、自分の天幕で服を着てきなさい」


 フロレンツは自分の着ていたシャツを脱ぐとレオニーの腰へと巻きつけた。


「男所帯の隊でこんな格好にもうなっちゃいけません。分かった?」


「はい。そのいろいろとすみませんでした」


 レオニーは顔を真っ赤にさせて天幕を出て行く。


「全くセザール中尉もしてくれる。この罰はどうするものか……」


 ルルはくいっと腕を引っ張ると、フロレンツの目を見た。


「何、ルルちゃんが仕返ししてくれるの?」


 ルルは深く頷くとさっさと天幕から出て行ってしまった。


「全く、目の痛みがあって良かったよ。俺の理性の低さ分かって欲しいものだ……。戦う女に惚れることはしない」


 自分に言い聞かせると静かになった天幕の中で一人眠るのであった。

 フロレンツが寝入ってから天幕の外ではルルによる反逆が行われていた。


『レオニーとくっつけようとするなんて絶対許さない! フロレンツは私のものだ!』


 竜の低く唸る声に騎士たちが怯え、レオニーが着替えて戻るまで、追いかけ回されていた。

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