第6話朝の鍛錬と妖艶な妖精との出会い
フロレンツは宿屋から移動して、野営地で汗をかきながら剣の素振りをしている。上半身半裸状態で右腕だけは布に覆われている。
フロレンツに心酔する者たちも一緒に汗を流していた。
「あれ、ルルちゃんレオニーと来たの?」
「隊長、ルルちゃん残して行動するのやめて下さい。宿屋の人々が怯えていましたよ……」
「ああ、ごめんね。気持ちよく寝ていたようだったから、そのままにしちゃった。後から行こうと思ってたんだけど、起きちゃったか……」
レオニーの肩に乗るルルはまだ眠かったのかあくびをしている。
フロレンツの目以外にはあくびというよりかは、口を開いて小さな火を吐くようにしか見えていない。
「レオニー副団長に懐いているよ」
「団長が副団長に心許しているから、大丈夫なんだろう」
「いや、心許してるんじゃなくて狙ってるんだろ……」
そんな言葉にレオニーは顔を赤くする。そして、騎士たちはフロレンツの制裁を受けることとなる。
「君たち元気があるようだね。じゃあ、ルルちゃん今日もおいかけっこしようか? あのお兄ちゃんたちが遊んでくれるって!」
小竜は体を本来の大きさに戻して、準備万端だ。
「隊長あんまりです——っ俺たち食われる!」
「何を言ってるのかな。こんなに幼い子に追いつかれるようじゃまだまだだし、いくら食欲があるからって人間を食べるわけないじゃないから」
笑顔のフロレンツに部下たちは何も言えず、竜に追われていく。
秋空の朝、上半身裸の男たちが悲鳴を上げて走り回っていた。
部下たちがいなくなり、レオニーと二人きりになるとフロレンツはレオニーに告げた。
「レオニー、君はとても魅力的な女性だ。しかし僕は同僚に不埒な真似はしないよ。アイツらの言ったことは間に受けないでくれ」
「分かっていますよ。ていうか、もー、魅力的とか余計なんです……。私は隊長のことは理解しているつもりです。だからこそ隊長の右腕として隣に立てるよう、尽力しているのです」
——だってずっと誰よりもそばに入れるじゃないですか——という呟きはフロレンツの耳に入らなかった。
「余計かな。君が魅力的なのは事実だから余計ではないと思うのだけれども……」
「隊長は一言余計なのです」
ルルは騎士達を追いかけるのが飽きたのか、レオニーの赤い顔を覗き込むと、フロレンツの肩に抱きつく。
レオニーは心の中で——前言撤回、強力なライバル出現!——と思っていると、ルルはレオニーを睨む。そして、頬をすり寄せるとしたり顔でレオニーを見るのであった。
——フロレンツのそばにいるのは私!!——
二人は視線で気持ちをぶつけ合っている。
そんな二人の様子を見てフロレンツはよしよしとルルとレオニーの頭を撫でる。
「レオニーは本当にいつの間にかにルルちゃんと仲良しなんだね。二人とも仲良くしてね! 僕も嬉しいよ」
このフロレンツは分かっているのか分かっていないのか……。二人がため息を吐くと顔を見合わせて笑い、ルルはレオニーの肩に移動し、握手をする。
「お、レオニー副隊長が竜に認められたぞ! 竜公認の嫁候補か?」
「まじか、フロレンツ部隊唯一の花だったのに……」
「フロレンツ隊長の毒牙に当てられたか……」
二人はフロレンツの評価を下げるような発言を許さなかったのか、レオニーは剣をルルは口から炎を吐き、再び部下たちとの追いかけっこが始まった。
「朝から若いのはいいことだ。皆鍛錬に励め!」
フロレンツはそういうと、汗を流すため野営地近くの泉へと向かった。
*
泉に入れば、ベタついた汗がスッキリとする。
「あら、この泉に入れたのね?」
泉から顔を出したのは妖艶な姿をした女性だった。
「すみません。先客がいたのですね……。麗しい女性の水浴び中に入るとはなんたる不覚。今すぐ出ますね」
フロレンツが泉から出ようとすれば、女は近づいて来る。
「なあんだ。先約済みかー。しかも深淵の業火ウーヴェの加護か。せっかく気に入ったのに……。ねえ、私に乗り換えてみない? 嫉妬の妖精なんかより、私のように美しい妖精に切り替えた方がいいと思うの」
身から出るオーラで気づいてはいたが、この者はおそらく水の妖精の一人だ。
美しい女性からのアプローチを断るのは残念だが、フロレンツは決めている。
「俺が選ぶのはウーヴェだよ。素敵な女性に声をかけれたのは光栄でしたよ」
泉を出ようとしたフロレンツに女は抱きつき、フロレンツの顎に手を触れる。
「ねえ、じゃあ二人からの加護を受けてみない? 今までにも何人かいたわ? 加護が増えれば増えるほど、あなたは戦場で犠牲を減らせるわよ?」
フロレンツが加護を受けたのは戦地で何人もの人が死んでいく様を見た時だ。自分に力があればと嘆き悲しんだときに、ウーヴェが現れた。
フロレンツの悔やむ心と、純粋に力が欲しいという欲に反応して二人の波長があったのだ。
複数加護も魅力的だが、それ相応の負担が体にくるのを知っている。フロレンツは短命で名を上げるよりも、普通に生きたい。
ため息をつきつつ、泉の妖精の言葉を断り、泉を出た。
「逃さないわよ」
泉の精霊がキスをしてくれば強制的に契約されてしまった。泉の精霊はフロレンツの左目を奪い取る。
「ぐ、ぐわ」
「私の力は、いずれ役に立つわ」
そういうと泉の中へと溶けていった。
複数の契約をして、短命になるというのは体の一部を持っていかれるからだ。
今回はまだ右目だけだからいいが、心臓などを持っていかれた場合、それを取られた妖精に命を左右されることになる。
フロレンツの血の匂いを嗅ぎつけルルがレオニーと共にこちらに走ってきた。
「待って……。ルルちゃん早い」
ルルは一目散にフロレンツの元へと走るが、レオニーはルルのお目付役として後を追っていただけらしい。
フロレンツの姿を見ると顔を赤くする。
「キャっ。た、隊長失礼しました。水浴びしてるとは思わず……」
フロレンツは全裸である。当然若い娘の目の毒となり、顔を隠している。
フロレンツはズキズキする目の痛みに堪えながら、泉から出る。
フロレンツのそばではルルがウロウロとしている。
「すまんね……。レオニー、ルルの面倒を見てもらって。今帰るから、少しだけ目を瞑っててくれるとありがたいかな……」
フロレンツはなんとかズボンを履きシャツを羽織ると、目から出続けている血をタオルで隠し座り込む。
チラチラと指の隙間から様子を見ていたレオニーはフロレンツの異変に気づく。
「目、どうかしたんですが?」
「いや、なんでもないさ——。うっ……」
「隊長?」
あまりの痛みにフロレンツはうずくまる。
フロレンツの目には妖精によって授けられた新しい目が入り込んでいる。
まだ効能は分からないが、妖精の気まぐれによって契約された今返すこともできない。
義眼がなかなか馴染まないのか鋭い痛みが目や頭からする。
「隊長の左目が青くなってます! 一体何が」
小竜が右肩に座り、レオニーはフロレンツの左肩に触れて見つめる。
タオルについていた血を見て、レオニーは顔を青ざめさせた。
「隊長? こ、これはまさか……」
「ふふ、流石に目の色が違うとなると皆にもバレてしまうか……。妖精に目を取られた……」
レオニーは驚きしゃがむと、フロレンツの顔を覗き込み左肩にあった手を頬に移動した。
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