第30話ドラゴンキラー

 

「フロレンツ隊長ー!」


「ご無事でー!」


 ルルの上から手を振れば、戦場に残っていたフロレンツ隊の面々が怪我人を連れて、後方へと移動しているところだった。

 エルヴィンの率いていた主力部隊の残りの騎士が、キエザルーロの砦の残存兵の拘束に向かったとの事だった。

 フロレンツは地面へと降り立ち、皆と並んで歩く。


「隊長の右腕初めて見た」


「いつも布巻いてたからな……」


「黒い腕って……」


「隊長カッコイイ!!」


 恐れさせてはいけないと隠していた腕だったが、若手の騎士たちは、益々フロレンツを崇拝するようになった。


「全く、君たちは……」


「その腕からあの黒い炎が放たれるんですよね!」


「隊長、野営地に戻ったら触らせて下さい!」


「ほらほら、いいからさっさと貴方たちは戻りなさい!」


 沸いてきた騎士たちを分散させるように、レオニーが声をかければ、クモの子のように散っていく。


「隊長。お怪我は?」


「大丈夫だよ」


「そうですか。なら良かったです」


 レオニーは心配そうな表情から笑顔になると、フロレンツの前に出て隊の皆の後を追ってかけて行った。


「ねえ、ルル?」


『なーに?』


「帰ったら何が食べたい?」


 ルルはうーと唸り、食べたいものを考えているようだ。その可愛さにフロレンツは癒されながら、足を進める。

 首を捻り考えていたルルの目が輝き、笑顔になる。


『フロレンツの作ったシチューが食べたい!』


「そっか、じゃあお肉たっぷりなシチューを作るね」


 そういうと、フロレンツはルルの頬っぺたにキスをした。

 ルルは急に顔を赤くすると、頬に手を当てフロレンツを見上げた。


『フロレンツ今のは……?』


「ルルちゃんが可愛いなって思って」


『可愛い? ルルが可愛い?』


「うん。可愛いよ」


『きゃー!』


 ルルが飛び上がり、空を火魔法を使いながら飛行し始めた。


「隊長、竜まで落としたよ」


「副隊長だけでなく、性別が女ならなんでも落ちるな……」


「モテる男は違うな……」


「あ、そうだ。隊長に女の子紹介してもらわなきゃ」


「たーいちょう!」


 怪我をした男達がフロレンツと肩を組み、仲良く野営地までの道を歩いて行った。



 *

 ある山の洞穴の中には、逃げ出してきていた。二つの影が、揺らめいていた。


『危なかったわ』


「キエザルーロが陥落したとなれば、我が国が陥落したも同然……」


『そんなに落ち込まないで、ハンス。私がいるでしょう?』


 ヘンネがハンスに触れれば、ハンスの瞳にはなんの感情も浮かばなくなった。


『あなたは私さえいれば、また上り詰められるわ。誰にも罵られない。だから私を求めなさい』


「ヘンネ」


 ハンスの目からは涙が溢れて、その頬を伝っていく。氷竜の冷たい体にその心諸共包まれていった。



 *


 野営地へと戻り、沢山の食事を平らげた後は、久々の水浴びにルルをフロレンツは連れて行く。

 森の中を抜ければ、小川が流れており、そこで戦いで薄汚れた体を拭ってやる。


「ルルちゃん。戦いもこれで終わりだ。これから何しようか?」


『ルルはフロレンツといれればそれだけでいいよ』


「そっか、じゃあ国に戻って一息着いたら、僕の家族の所に行こうか」


『家族?』


「ああ、戦時中には行けなかったからね。のんびり馬車の旅でもしよう」


『うん』


 その後、体臭ともおさらばしたフロレンツだったが、戻って顔を合わせた騎士たちは驚きの表情だ。




 *


「隊長髪の毛が!」


 フロレンツは慌てて自分の髪を撫でる。そういえば、ルイーゼに髪の毛を贄に加護を受けていた事を忘れていた。


「ま、まさか!」


「本当ですね……隊長まさかまた竜の加護を受けましたか?」


 さっとレオニーが手鏡を女子の嗜みですと渡してくれる。

 円形に脱毛にでもなっているかと思えば、明るい茶色であったはずの前髪が一房緑色になっていた。


「はあ、生えてた。よかった……」


「安堵するところはそこですか?」


『フロレンツ。本当にもう他の竜の加護を受けたら知らないんだからね』


 フロレンツは二人に詰め寄られ、変色した髪をいじる。


「いや、これは不可抗力というかなんというか……」


「髪の毛で良かったですけど、これ以上色々な色を纏うと、隊長カッコ悪くなりますよ!」


『本当、いろんな竜の匂いがしてルルイヤー!』


「ルルもレオニーもまあそう言わないで……」


 ——そんな勝手にいろんな竜に言い寄られちゃダメ——


 女二人の気持ちは一つになり、プンと頬を膨らませた。


「竜と副隊長に嫉妬されるって……」


「隊長やばいっス」


 尊敬というよりも同情という雰囲気が騎士の間からは流れ始めた。


『あら、何? 私はただ彼を守れるように力を貸しただけよ』


 火種の元凶ともいえるルイーゼがやってきた。姿は大きな地龍の姿である。


 その背に威厳のある風貌で騎士たちを見下ろすのは、エルヴィンだ。

 騎士たちも含めフロレンツは片膝をついた。


「フロレンツ大尉。此度の戦では我が軍の勝利に尽力してくれて助かった」


 さっと地龍から降りれば、フロレンツの前に降り立つ。


「だが、ルイーゼに気に入られたのは気にくわん」


『子供みたいな事言わないの。全くあなたはすぐに拗ねるんですから』


 ルイーゼがエルヴィンの体に顔を寄せて、すり寄っている。


『全てはあなたを思う気持ちだと言ったじゃないの。フロレンツにあなたを思う気持ちがなければ、私と彼の波長は合わなかったわ』


「分かってはいるが……」


『ありがとう。フロレンツ。あなたの介入のお陰でエルヴィンは動きやすくなったわ。大事にならなくてよかった』


 ルイーゼはエルヴィンの元から離れ、フロレンツの元へとやってきた。顔を地面に向けているフロレンツの頬に何かが触れ顔を上げれば、地龍ではなく、人の姿をしたルイーゼの唇がそこにはあった。


『ありがとう』


 そう微笑めば、地龍の姿に戻ったルイーゼの後ろで口を開けて驚くエルヴィンの顔があった。


「エルヴィン大佐これは決して……」


「分かっている。分かっているさ……。ルイーゼ! 行くぞ!」


 再びの背に乗ったエルヴィンが自分の天幕のある方へと移動していく。

 エルヴィンは振り返らずに手をひらひらとさせると一言「ありがとう」と言って、去って行った。


『また蜥蜴女ー!』


 ルルがフロレンツの足に抱きついてくる。ルルの頭を撫でてやり、突然の出来事に触れられた頬に手を当てた。


「エルヴィン大佐の竜を初めて見たが、それにも好かれてるんだなフロレンツ隊長」


「竜キラーだな。ある意味」


 若手の騎士たちが納得をし始める中、レオニーも竜に対抗心を燃やすのであった。



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