第31話凱旋

 それから2週間後、キエザルーロの砦近くで野営をしていたフロレンツ達の元に、国からの伝令がきた。


 エグナーベルが降伏し、帰還命令が出たのだ。


 傷の癒え始めた騎士達は皆歓喜に湧き、帰りの旅路へと着いた。


「隊長これからどうするんですかー?」


 無邪気な笑顔で聞いてくるのは、ケヴィンである。若い彼には第二の人生があるのであろうが、30代後半である自分には騎士団に残るしか、道はない。

 しかし気がかりなのはルルの存在だった。

 自分が騎士団に残れば、ルルを危険な目に合わせる。

 また戦があれば、彼女は着いてくるだろう。


「国が安定した今僕は不要な存在だからね。まあ、休暇中に考えるよ」


「そうなんですねー。俺は何しようかな……戦のない世界なんて知りませんから」


 ケヴィンは19の若い兵だ。この戦は12年に渡り繰り広げられて来ていた。物心ついた時には戦乱が始まり貧しい国の姿しか見ていないのであろう。

 若いから自由にと思っていたが、実際はそう言い難い状況なのかもしれない。


「不要な存在だなんて……。フロレンツ隊長は必要な存在です。国にその名があるだけでも、その功績であれば周囲の国から恐れられるでしょう」


 レオニーが馬を並べてフロレンツの事を見上げてくるが、自分にそんな名声があるとは思えない。

 国へ戻ればしがないただの一兵となるだろう。


「そんな事はないさ……僕はルルと静かに暮らせれば、それでいいのさ」


 肩に乗っているルルの頭を撫でてやり、満足げに微笑めば、周囲の騎士たちからは異論が上がる。


「ほとんど、隊長が敵兵のこと蹴散らしていたじゃないですか!」


「双炎の竜騎士って名前は世界中に広まってますよ」


「そもそも、我が国にも竜をテイムしている騎士なんて数が限られているじゃないですか……というか、エルヴィン大佐が竜をテイムしていたなんて今回の戦いで初めて知りましたよ」


「妖精の加護を受けているとは聞いていましたがね……あの竜は怖かったな」


 騎士達がルイーゼの眼光を思い出したのか、身震いをする。

 地龍の姿をしたルイーゼが、意識を失ったエルヴィンに寄り添っていたとは聞いているが、よほど怖かったのだろう。


「世界に広まっているか……。その名でエグナーベルに侵攻してくる国がなくなる事を祈ろうね。ルルちゃん」


『…………』


 ルルには言葉の意味が分からず首を貸しがている。愛娘の頭を撫でてやり、フロレンツは晴れ渡った空を見上げた。

 つられるようにしてルルも見上げた。


「この世の中っというのは、どうも天気と一緒なんだよ。快晴かと思えば、急に嵐になる」


『雨がザーザーふるの? でも今日は雨は降らないよ』


「ルルちゃん天気予報は当たるからね。さあ、もうすぐ、王都だ。皆気を引き締めるように」


「「はっ!!」」


 騎士達の威勢のいい声が聞こえる中、レオニーの表情だけは曇ったままだった。



 *

 王都に戻れば国民が花道を作り、騎士達の帰りを待ち望んでいたかのような歓声が湧き上がった。

 若い騎士たちは歓声に応えるかのように沿道にいる人たちに手を振っている。


 フロレンツが通ると小竜のルルを肩に乗せているせいか、嬉々とした表情が恐怖の色へと変わる者もいた。


「未知のモノに怯えるか……」


 フロレンツの表情が険しいものとなる。

 その様子を隣で見ていたレオニーも憤る。


「ルルちゃんはこの戦の立役者の1匹だというのに」


「仕方がないさ。未知なる力は忌避される。今は変わってしまったが、うちの隊の皆だって初めは怯えていただろう?」


 レオニーも黙り、武器を向けたことのある騎士たちも俯いた。


「まあ、今は気にせず行こう! 久々の城でゆっくりとしようじゃないか!」


 フロレンツは笑顔をみせると、ルルに王都内の建物の説明をしている。

 肉のうまい店やデザートの美味しい店など、色々と紹介していけば、今まで見たことのない表情でルルの目が輝いている。


『ふふー。楽しみ! フロレンツとデート行きたい!』


「そうだな。しばらく休みをもらうから、ゆっくり二人でデートしようね」


「隊長の毒気が抜けた……」


「いや竜が寝たら、即、花街に行くだろ」


「隊長って戦いの後、抱かない事ないですもんね」


「そうだ。俺らだって紹介してもらわなきゃ!」


 まるで、子犬のような眼差しでフロレンツの事を見つめてくる若い騎士たちがいる


「レオニー、一晩だけでいいんだけど、ルルのことお願いできないかな?」


「却下です」


「そう言わずに……」


「なんで、私が花街に隊長たちが行くために、ルルちゃんを預からなくてはいけないんですか」


 レオニーはそっぽを向き、取りつく島もない。


『フロレンツー。ハナマチって何? ルルはいけないの?』


 フロレンツは思わず表情が固まり、レオニーに助けを求めるが、当然ながらレオニーにはルルの声は聞こえておらず、こちらを向うとはしない。


「ルルちゃん。今の話は聞かなかった事にして……」


『ルルもハナマチ行きたい! この前誰かが言ってたよ。美しくてハカなくて楽しいところだって』


「誰だか覚えてる? その話してたの」


『んーとねー』



 ルルがフロレンツの肩から飛び上がり、後方の一人の騎士の上で飛び始めた。



『たぶんこの人だよ』


「そうかそうか、エンゾか……」



 竜の下を馬で進んでいるエンゾは、急なルルの飛来に驚いている。

 フロレンツはルルの教育上よろしくない言葉を、昼間っから口にしていたであろうエンゾに冷ややかな視線を送る。



「エンゾがどうかしたんですか?」


「どうやら、ルルちゃんが花街に興味を持つ要因があったようでね……」


「エンゾ大好きだからなー」


 フロレンツのすぐ後ろにいる騎士たちからは、同情の視線を、レオニーからはフロレンツ同様冷気のこもる視線をエンゾは送られて、身を竦めていた。


「えっ、えっ、えー!!」


『ハナマチって楽しいんだよねー?』


 ルルがエンゾの肩に降りて、話しかけているが、伝わるわけもなく。ただ怯えていた。


「あー」


「今度はなんて?」


「花街って楽しいんだよねー?って聞いてるよ」


 レオニーの血管が切れる音が聞こえた気がした。レオニーはフロレンツの横の位置から離れると、エンゾの元に行き、肩に乗るルルを自分の膝の上へと移動させた。


『レオニー。ハナマチ行きたい』


「ダメですよ。絶対にダメです。エンゾあなたの趣味は知っていますし、とやかく言うつもりはありませんが、ルルちゃんの前で今後一切口を開かないで下さい!」


「はっはい」


 エンゾは何故怒られているか分からないまま、唖然としているうちに、レオニーはフロレンツの隣まで戻ってくる。


「ルルちゃんはしばらく私の元にいてくださいね」


 キリッとレオニーに睨まれた男性陣は、身を竦めての凱旋となった。

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