第41話昔話
それからルルに乗るところ数時間。あっという間にフロレンツの故郷へとたどり着いた。
「ルルちゃんここが僕の故郷。セザルトン村だ」
ルルは村の姿を見て目を丸くさせていた。
生者など一人も残っていない。蔦が絡み、苔が生えた建物の残骸や炭になった材木が広がり、地面はデコボコと凹凸ができている。
その村の跡地を歩いて進みながら、村から少し外れた2つの墓の前に王都から買ってきた花束を手向ける。
「こっちが、僕の家族や他の村人たちの墓で、こっちは僕の恋人だった女性の墓さ」
フロレンツは持ってきていた。酒瓶を開ける。一つは恋人の好んでいたきつい酒だ。
「ここに来たら僕はルルちゃんに少し昔話をしようと思ってたんだ。ルルちゃんが僕の元から飛び立った時に……」
『昔話?』
フロレンツは頷く。ルルを失うと思った時にそう決めたのだ。もう、フロレンツの中でルルは家族も一緒だ。それを失いたくはない。
「ルルちゃんは僕が竜を怖がっていると言っていただろう」
『うん。蜥蜴女とか氷女の姿を見た時にビクッとしてた』
「そっか」
『でも、ルルが竜の姿を見せたときの方がもっと怖い顔してたよ』
ルルと手を繋ぐ。それは、今は怖くないというのを伝えたい事と、もう逃がさないためだ。
「僕の村にある日、道化師が来た。手から火の玉をポンポン出してね。村では加護を受けたものの存在なんて知らないからね……受け入れられたさ」
『大丈夫? 思い出したくないならいいんだよ』
少し握る力が強くなってしまったのだろうか。ルルの手がフロレンツの握っている手に添えられる。
「いいや、僕が竜を怖がる理由を知ってほしい。そして、決してルルの事を恐れているわけではないと分かってほしいんだ」
『分かった』
***
その日は晴れだった。窓の外では道化師が技を披露して、村人がそれを囲んで宴会を開いていた。
引っ込み思案だった当時12歳の頃のフロレンツはいつものように、近所のお爺のところで字の勉強をしていた。
近所のお爺も外にあまり出ず、本をひたすら読んでいる人だった。
そこへ、幼なじみの黒髪を男のように短く切っている少女テラがやってきた。
「ねえ、フロレンツー! またカスじいのところで字なんて読んでー! キノコ生えるよ。キノコー!」
テラは勉強よりも外で遊んだ方がいい活発な少女だった。
テラはいつも勉強の邪魔をしに来ていた。
その日もフロレンツを連れ出して、村から少し離れた森へと遊びにいこうとしていたが、逆にお爺に捕まり椅子へと拘束された。
お爺は昔は名のあった騎士だったらしい。筋力が衰え、その面影はないが。
「ちっ、カスじいのバーカ。フロレンツもこんなとこにいるから悪いのよ」
「今日は外の気配が乱れている。森には出ない方がいい」
「テラもたまには勉強した方がいいと思うよ」
「うるさいわね」
いつもの1日が終わりを迎えるのだと思った。だが、突然村の空気が変わり、悲鳴が上がり始める。
テラが一番にお爺の家から出て、外の様子を見るために扉を開けて、外に出れば、その場に尻餅をついた。
「キャ、キャー!!」
「これ、無闇に外に出る出ない!」
お爺に肩を支えられて、お爺がテラから目を外に向ければ、お爺の表情も固まる。
フロレンツも何が起きているのか分からず、扉から外の様子を覗いた。
「こ、これは」
目の前に広がるのは火の海だ。そして、道化師の男の後ろにいるのは大きな竜の姿だ。
真紅の体に翼をつけ、その鉤爪で村人を潰していた。
「いかん。お前たちは森へ逃げろ消して振り返るな」
竦みあがるフロレンツだったが、震えて泣いている幼なじみを見て覚悟を決めた。
「テラ行こう!」
フロレンツは運動は嫌いだったが、テラに嫌と言うほど山をかけたり、断崖絶壁を登らされたりと、腕力と体力だけはあった。
テラを背負うと、森へと向かった。
そして、振り返るなと言う言葉を無視して、後ろを振り返れば、お爺が体を竜に変えていた。
それは綺麗なコバルトブルーの鱗をつけ、強靭な前足を竜へとふるっていた。
「お爺ー!!」
『振り返るなと言うに……』
それの声が好きとなったのか、炎竜の顎が、お爺の方々へと食らいつく。
お爺は真っ赤な鮮血を散らしながらも、尚、応戦している。
『魔法も使えない老害が……死ね』
頭の中に響くように炎龍から声が聞こえた気がした。
「なんだ……この声は。頭が痛い……」
「声?」
「テラは聞こえないの?」
『はよういけいっ!!』
悲痛な叫び声がお爺から聞こえる。
よく見れば、村は火に包まれ、ほかに生き残った者がいるかわからない。
「お爺……」
『いいから行け! 竜に愛される者よ』
「竜に愛される者?」
『そのうち分かるさ。泣き虫坊主よ。お前の友を守ってやれ』
「うん。分かった……」
『テラよ……もう聞こえぬか。まあいい、想う気持ちは伝えねば分からぬよ』
「思う気持ち?」
『お主には分からぬよ……。この二人はやらせん!!』
道化師を握り潰し、飛び立とうとする炎龍の脚に食らいつき、地面へと叩きつけたのを見た。
そして、怒りに己の身を燃やし始めた炎龍の体の色が黒く染まり、お爺の胸を貫く姿を見て、フロレンツはやっと逃げ出した。
友人であるテラを連れて。
「お爺、お爺、お爺…………」
「フロレンツお爺はどうしたの?」
「分からないよ。紅い竜が黒く染まって、お爺の胸からあいつの腕が……」
襲撃を受けた村から離れたからか、フロレンツは今になって恐怖が蘇り、膝をつけた。
テラはフロレンツの背から離れ、フロレンツの背を泣きながらさする。
「ああ゛ーーっ!!」
フロレンツはその場に泣き崩れた。恐怖に腕をさすり、その場に吐くかの勢いで大声を出した。
「フロレンツごめんね。私肝心な時に……」
必死にテラは泣きながらも何度も何度も謝った。
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