第42話紹介


「それから近くの村まで数日かけて、二人で助けを呼びに行って、村に戻ったらこの有様さ……生き残りが他にいるかも分からない。みんな黒こげさ。カスペルお爺が生きてるかも分からない」


 ルルはフロレンツの話を聞いてただ頷くしかできなかった。


『それで、恋人は?』


「ああ、テラはその後また10年以上経ってからだ。俺たちは孤児になり国に拾われた。そして騎士として育て上げられた」


 フロレンツは遠い目をする。


「テラはエグナーベルとの戦いの初陣で死んだんだ」


 ルルはフロレンツを抱きしめた。何の感情もないように笑顔でずっと語っている。

 殺戮や戦いに対して悲しみや恨みがあってもおかしくないのに、辛そうな表情を見せない。

 テラとは幼なじみの名前だ。一度生死を共にして、二人の絆は深かったはずなのだ。


 ルルはこの時ルイーゼに言われていた言葉の意味が分かった。

 感情を奪いすぎると、フロレンツの心が壊れていく。それを深く理解した。

 自然と涙が流れていく。


「ルルちゃんどうして泣いているんだい。僕はこの事実をもう受け止めたんだ。悲しくはない」


『フロレンツ笑ってないで、泣いていいんだよ?』


「何でだろうな……前はよく泣いていた気がするんだ。いや、泣いていた。人肌が恋しくなって夜な夜な街に繰り出していた。けど、今は違うんだ」


 フロレンツは尚も笑顔でルルの頭を撫でてくる。

 ルルはその言葉の先を聞きたくなかった。


「ルル、君のおかげだ。僕は変われた」


『ルルが感情を吸い出したせい?』


 ルルの涙は止まらない。ただ、フロレンツの悲しみの全てを無くそうと思った。

 あの時は、悲しむ姿が見たくなかった。

 だが、今のフロレンツの姿も見たくはなかった。家族や恋人を亡くした悲しみをもルルは吸い出してしまったのだ。


「ルル、そんなに気負いしないで、僕はねルルを責めているわけではないんだ。悲しみに囚われて僕は戦場に出ていたんだと思う。今になっては何故自ら先陣を切って戦場に立てていたのかよく分からないからね」




 *

 フロレンツはルルの体を抱きしめ返す。

 そして、目元に口づけをする。

 その愛おしい存在に。

 自分の事を思い、涙してくれている。彼女は間違いなく日に日に成長している。


「今となっては、楽しい思い出ばかりさ。あの頃の純粋な気持ちを思い出せた。僕はね、冒険者になりたかったんだ。本の中の世界の冒険は危険もあったけど、いろんな世界がある事を知ったんだ」


『いろんな世界?』


「ああ、僕はルルのおかげで自分の歩みたかった人生を歩み出す決心が着いた」


 フロレンツはルルがフロレンツの元から飛び立った時に誓ったのだ。もう、失いたくないと。出来る事なら自分のそばにずっといて欲しいと。

 戦場へとルルを伴うのはもう辞めにしようと思えた。

 だが、何をして生きていくのか、そう考えた時に思いついたのが、幼少の時分によく読んでいた書籍だった。


 その男はいろいろな大地に足を踏み入れ、数々の名高い魔物たちを狩っていく。仮想の話かと思いきや、手記のようにまとめた形式なので、本当にあった話かもしれない。


 今では冒険者のギルドなるものがあり、討伐依頼の魔物を狩っていけば、生計は保てる。


 戦場で人を殺して、魔法を受けるよりかは安全な道だろう。

 いつ起こるかもしれない戦争に失う恐ろしさに怯えなくても済む。


 フロレンツはルルを抱き上げ、墓に語りかける。


「テラ、みんな僕の新しい家族です」


『へ?』


 ルルの驚いた顔に思わず笑いたくなるが、そこは微笑むだけで止めた。表情が先ほどからくるくると変わっている。


「ふふ。村のみんなに紹介さ。カスペルお爺。竜に愛される者の意味が分かったよ。僕はルルを愛している。そして、ルルも僕のことが好きだろ?」


 ルルは笑顔を見せると、フロレンツの目を見て迷いなく答える。



『ルルもだーいすき!』


 ルルはフロレンツの頬にキスをする。


「これからも大事な一人娘として育て上げてみせるよ」


 ルルはちがーうと大声で叫ぶと、左右に首を激しく振る。


『ちがう、ちがーう!! そこは恋人だよ。フロレンツ!!』


「そうか、ルルちゃんはお父さんのような恋人が欲しいのか」


 フロレンツは笑い、ルルは怒りながらフロレンツの故郷を後にした。


 初めは警戒して牙を向けていた幼女が、次第に心開くようになり、よく笑い、よく食べ、共に戦い、築き上げてきた二人の信頼が益々高まったのを感じた。

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