第26話氷の雨

 フロレンツが黒い炎を右腕に纏い、無双していれば、エルヴィンも派手に攻撃に転じているようで、戦場の金属音の他に地響きがしている。

 戦況はゲゼルマイアーに傾いていた。

 いつ白旗が掲げられてもおかしくはない。

 しかし、エグナーベルは一向に攻める手をやめず、必死に防衛線を下げながら戦っていた。



 *

「無能が、無能が、無能がっーー!!」


 城塞の上から望遠鏡で戦況を臨む、一人の小太りの男がいた。


「——ええいっ! ハンス! やれ!」


「味方の兵もまだ多く残っていますが?」


「そんなのいい! あんな虫けらどもも降伏させる事のできない無能共も、そのまま一緒に駆除してやれ!」


 ハンスはため息をつき、氷竜であるヘンネの手を握る。


『あら、気が重いのかしら?』


「……」


『大丈夫よ。私があなたの罪悪感を全て無くしてあげるわ』


 ヘンネがハンスの頭を撫でれば、ハンスは無表情のまま頷く。


「ああ」


 ハンスは右手を上げ言霊を唱える。


氷嵐アイステンペスト


 眼前に広がる戦場は氷の礫が降り乱れ、戦場から悲鳴が聞こえる。


『いい子ね……ふふ。私に対する愛以外全て吸い取ってあげるわ……』


 ハンスはヘンネに抱かれたまま城塞から姿を消した。


「ハハ、ハハハ! これで我が軍はこの砦を守りきったぞ!」


 小太りの男は感極まって小躍りを始めるが、それは束の間の事だった。




 *

「今の魔法は……ルイーゼの魔法で守られたか」


 ポロポロと土壁が崩れ落ち、フロレンツは周囲の状況を見る。

 地面はえぐれ、人々は倒れ、呻き声を上げている。

 一画に大きな土のドームが出来上がっており、その内部にいるものは無事そうである。

 魔法が解除され、土壁がただの土へと戻っていく。


「敵兵に守られた……」


「我々は捨て駒だというのか?」


 土壁から解放された敵兵は周囲の状況を見て、顔をあおざめさせ、剣を下ろしその場に膝をつけた。


 フロレンツはドームのあったところに、自分の隊を探すが、見つけられない。


「レオニー……みんな……」


 少し周囲を歩いてみれば、ドームから少し外れたところから声がかかる。


「隊長……」


 そこにはあちこち鎧に傷つき、頭から血を流したケヴィンがいた。


「ケヴィン……みんなは?」


「レオニー副隊長のことかばってみんな撃沈中です。それよか、レオニー副隊長が剣を構えて城塞睨んでるんで止めてください」


 ケヴィンは最後の力を振り絞っていたのか。その場に崩れる。

 フロレンツはケヴィンを抱き抱えると、ケヴィンが指している方へと歩いていく。


「隊長。俺、男に抱かれる趣味はないんですけどね」


「仕方がないだろう?」


「隊長、この戦終わったら俺にとびきり可愛い女の子紹介して下さいよー」


「分かった。分かったから、今は何も話はないでおくれ」


 フロレンツが涙を流せば、ケヴィンは微笑む。


「約束ですからね……」


「ああ、約束だ」


 ゆっくりと目を閉じたケヴィンの目から一筋の涙が流れた。


 フロレンツはレオニーの元へ向かうと、レオニーは他の騎士達に腕を取られ、肩を抑えつけられていた。


「離して! 行かせてください!」


 その場には今まで共に訓練をしてきた仲間が、傷を負い呻いていた。


「隊長?」


「寝かせてやってくれ……」


「分かりました……」


 フロレンツは近くにいた自分の隊の騎士にケヴィンを渡すと、レオニーの元へと歩いていった。


「レオニー」


「隊長! 行かせて下さい! みんな怪我をしているのです。私だけ無傷なんて!」


「みんな僕の教えをここでも守ってくれたようだね。女性には優しくってね」


 レオニーは涙目でフロレンツを睨みつけると、拘束している騎士の足を蹴る。

 騎士は動じる事はなかったのだが、フロレンツが目で合図を送ると、レオニーの拘束を解いた。


「こんな時にまで、冗談言ってなんなんですか!」


「はいはい、怒らないの。ここは冷静にだよ」


 フロレンツが左手でレオニーの肩をポンポンと叩けば、その手を払われ背中を向けられてしまう。


「行かれてしまうんですね?」


「ああ、エルヴィン大佐には声をかけるさ。なんで分かったのかな?」


「その右手を見れば、分かります。お陰で冷静になれましたよ。一番怒っている人がここにいるから」


 フロレンツの右腕の金属製の防具からは黒い炎が漏れ出してきている。


「全くまだ言霊も発してないっていうのにおかしいよね……」


「生きて帰ってきてください……」


「大丈夫だから……いってきます」


 レオニーが抱きついてくれば、防具がぶつかるガチャリという金属音が響き渡る。

 感触も何もない。

 フロレンツはレオニーの頭を撫でると、エルヴィンの元へと向かった。



 *

「エルヴィン大佐……」


「おう」


「行ってきます」


 エルヴィンは今の土魔法で力を使い果たしたのであろう。肩で息をして地面に座り大きな地龍の姿となっているルイーゼに寄りかかっていた。

 フロレンツは目の前にそびえる砦へと歩いて進む。



「なあルイーゼ。アイツに加護をやっただろう?」


『ええ、少しだけよ。本契約ではないから持っても今日だけのはず』


「この唇でどこに触れたんだ?」


『ふふ。こんな時にまであなたは……。全てはあなたのためよ。エルヴィン……』


「帰ったら、お仕置きだ」


『ええ、そうしてくださる?』


「本当に悪い女だ……」


 そう言うとエルヴィンは意識を失い、ルイーゼは唇を合わせ精気を分け与えた。


『私が守りたいのはあなただけよ。エルヴィン』


 エルヴィンの頬を優しく撫で、近寄ってくるものを威嚇した。


『近寄らないで……じゃないとお前たち皆八つ裂きよ』


 竜の威嚇に味方も近づく事は出来なかった。

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