第25話ゲルルフ中佐

「髪か……。生えるよな……。義眼や義手のように」


 フロレンツは氷魔法を次々に炎魔法で相殺しながら、悩んでいた。


「お前はなんなんだ! 土の壁に囲まれたと思えば、今度は上の空か! ここは戦場だぞ!」


「これは命にもかかわる問題なんだよ」


 体格の良い魔法兵が怒鳴ってくるが、フロレンツはの心配事は大きいのだ。


「畜生、バカにしやがって! 俺様の妖精の加護見ていろ!」


 男は手を振り上げ言霊を発する。


水球ウォーターボール


 大きなの水の玉がフロレンツと男の間に出来上がる。

 フロレンツが相殺しようと思えば、空からの炎で相殺される。

 空からの来訪者が地に足をつければ、ドンと地響きが起きる。

 土埃が立つ中、フロレンツはものすごい力で抱きつかれ、尻を打つ。


『フロレンツー! 今度は誰よ! この匂い……。あのトカゲ女ねー!』


「ルルちゃん来ちゃったのね。よく僕が契約したって……」


『——女の勘!』


 そう言うとルルはフロレンツのほっぺたにキスをしてくる。

 敵魔法兵達は唖然としている。


「竜が……」


「食われるのか?」


 若い魔法兵達が口々に怯えた声を出せば、体格の良い魔法兵がそれを遮る。


「違う。双炎の竜騎士は竜をテイムしている。火力が倍になったが、俺の魔法があれば……」


 男は水魔法を繰り出すが、ルルの魔法によって相殺された。


『今大事なとこなの。あんた邪魔しないで』


 ルルの低い唸り声と、その強い眼差しに、皆竦み上がった。


『ねえ、フロレンツ。もうこれ以上他の竜と契約しないで?』


「ルルちゃん?」


『私をもう置いて行かないで』


 ルルの今にも泣きそうな顔をフロレンツは抱きしめ、頭を撫でる。


「分かったよ。寂しかったんだね。ごめん」


 フロレンツはルルを置いて戦場へ出た事が、寂しかったと解釈した。


『フロレンツって鈍感。バーカ』


 ルルはそう言うと竦み上がった魔法兵にブレスを吐き、逃げて行く敵兵たちを追いかけ始めた。


「僕からあんまり離れちゃダメだよ!」


『大丈夫! そばにいる』


 ルルは笑顔で答えると、近くにいた敵兵を投げ飛ばすのであった。


「たく、竜が来たくらいでなんなんだ! 俺は水お前らは火だろ。勝ち目はある!」


「ホラーツ少尉! 後方が……」


 体格の良い魔法兵が後ろを振り向けば、エルヴィンが前線で無双状態になっている。

 地面から土の刺が幾重にも出ており、敵兵たちに突き刺さっている。


「俺がいなくなった隙に何をやっている。チッ! お前はここで竜とでもいちゃついていろ! テオ、他の氷魔法兵を率いてこいつを引き付けておけ! 俺は後方に戻る!」


 氷魔法がフロレンツたちに降りかかり、それを相殺している間に、ホラーツと呼ばれる男は魔法兵を5名ほど残して後方へと去って行った。


「エルヴィン大佐……」


 フロレンツは氷魔法を相殺しながら、間を詰めて、剣で魔法兵をなぎ捨て、ルルが肩に乗るとエルヴィンの元へと向かった。



 *

 エルヴィンの元へ辿り着けば、ホラーツにより土の刺は壊され、地面に敵兵が転がっていた。


「エルヴィン大佐……」


「あの魔法兵は一人の兵を抱いて、後方へと下がった」


「お怪我が酷いようですが……」


「やられたな。痛みなんて久々に感じた」


 肩口の傷を押さえながら笑って見せた。魔法を集中的に当てられたようだ。

 後ろにはルイーゼが控えている。


『あなたのおかげで、攻めに転じる事ができたわ。私が竜化すれば、あんな魔法、簡単に蹴散らしてあげたのに……』


「いや、いいんだ。俺はなるべくお前の姿は晒したくないといっているだろう? お前が出れば、お前から傷つく……そんな姿は見ていられない」


『エルヴィン……』


 二人が見つめ合っている間にも、魔法と魔法の応酬は続く。


「フロレンツいくぞ! 今のでだいぶ仕留めたが、まだまだ魔法兵は出てくるぞ!」


 エルヴィンが剣を構えて、前へと出る。

 フロレンツは頷くと笑みをみせ、ルルを見た。


「それじゃあルルちゃん暴れるよ!」


『分かった!』


 ルルは笑顔で頷くと、フロレンツを背に乗せ飛び立つ。


「待って、ルルちゃん。頼むから竜の姿を僕にも見せて」


『嫌だー!』


 二人は上空から戦線を見れば、エルヴィンが相対している魔法兵の他にも、氷魔法を受けている場所があった。

 フロレンツはルルにお願いすると、下降していく。

 下降していけば敵兵に気付かれ、魔法がこちらへと飛んで来る。

 それを相殺しつつ、降り立った。


「ゲルルフ中佐!」


「ああ来たか……」


 あらかた敵魔法兵を倒して、味方の騎士達が集まる場所へと駆けつければ、そこにいたのは脇腹から血を流しているゲルルフだ。

 フロレンツは寝かされているゲルルフのそばで膝を折った。


「やっちまった……これじゃあ、女も抱けねえ……」


「ルルちゃん。ゲルルフ中佐を後方部隊の所へ……」


 ゲルルフはフロレンツの服の袖を掴む。


「大丈夫だ。俺だけ助かっても意味がない」


 そう言ってゲルルフの見ている視線の方を見れば、味方の騎士の横たわる姿が無数に見える。フロレンツに一人の中年の騎士が駆け寄って来る。


「フロレンツ大尉、お願いします。ゲルルフ中佐を……。この方はまだ軍には必要な人だ」


「いいんだ。竜が抜ければ、それこそ我々の士気も下がるだろう? あの竜が空を飛んできた時の皆の目をお前も見ただろう?」


「ですが……」


「フロレンツ皆に希望を持たせてやってくれ! 士気が下がってきたところに、お前たちが駆けつけ魔法兵を蹴散らしてくれた。俺たちの正念場はこれからだ」


 フロレンツ頷いて、ゲルルフの手を取る。


「ゲルルフ中佐。みんなあなたが命を失う事に嘆いている。ここは引いてください」


 フロレンツはルルにゲルルフの事を預けると、ルルはゲルルフを軽々と持ち上げる。


「フロレンツ!」


 ゲルルフが叫ぶが、フロレンツは微笑んだ送り出した。ルルは後方部隊がいる方向へと飛んでいく。


「アイツらは本当に外道だ。敵兵ごと、ゲルルフ中佐に氷が貫いたんです」


「自分の仲間すら仲間と思っていないのでしょうね。力を持つものが、勘違いする姿は以前にも見た事があります。だからあの国は嫌いなんだ……」


「フロレンツ大尉……?」


 俯きながら、拳を握りしめるフロレンツの姿に騎士が声をかけるが、フロレンツは笑顔を返す。


「いえ、竜とまではいきませんが、私が戦場に出ましょう」


 フロレンツの右腕からは黒い炎が少し漏れた。

 言霊も発していないのに、義手がフロレンツの心に反応しているかのようだ。


『怒れ……恨め……皆苦しめばいい』


 そんな声が聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る