第13話新しい竜
「君の言う通りだよ。その呼び名が付いたのは、ブラント城塞の陥落からだ。この子が竜と知ったのもまだ数日の前の事さ」
「そうだと思ったんだ。ブラント城塞にはリーヌスがいたと思うんだけど、やっぱりただ加護を与えるだけでは力が出ないようだね……」
『ふふ、それはそうよ。あなたから貰っているモノに比べれば、あいつなんて小指一本しかもらっていないのよ?』
竜に取られた代償によって、そのモノに与えられる力も変わってくるようだ。
白い竜は目を細めてルルを見る。
『こんな小娘の魔法、本当の竜の力を持つ私を溶かす事は出来ないでしょうね……』
「氷の竜か……まさか、ブラント城塞でいた魔兵はとも、契約していたのか?」
フロレンツの声に竜は頷き、氷の分身体を出す。
『私が契約してもいい程度の者たちから、精気を奪って、尚且つ愛も貰ったわ』
『愛?』
『子供にはまだ早い話だわ。まあ、私以外には目を向けられないように、いただいたの。恋人がいようが関係なくね』
氷竜は人の体の一部と愛しいという感情を代価に、魔法兵を作り出していたような言い草だ。
「——まさか、ディーメルで行われていた兵器の増産とは……」
「おじさん勘がいいね。そうだよ。ヘンネの加護を与えていたのさ」
「竜がヒトの言うことを聞いたという事か?」
『あら、勘違いしないで。私は愛で満たす空間を作りたかっただけで、人の利害とたまたま一致しただけよ。ね、ハンス?』
エグナーベルは竜と契約して、竜の望む環境を作り、魔法兵を増産している。
そんな事が可能なのか、後からエルヴィン確認を取らねばならない。
「ああ、その中で僕が一番に選ばれたのさ! 竜に選ばれるなんて光栄な事だろ?」
その中でも、竜に狂気じみた愛を捧げるこの青年を、竜は選んだようだ。
竜は基本、群れずに過ごす。そんな中この竜は一人である事に寂しさを覚えたのだろうか?単なる戯れなのだろうか?
ヘンネは氷の分身体を放ち、ルル目掛けて飛んでくる。
『フロレンツごめん。降りて!』
ルルが下降してフロレンツを振り落とした。
『こいつ強い! ——フロレンツを乗せたままだと動けないっ!』
そういうと、分身体と相対し始めた。
腰をつけたままのフロレンツが呆気にとられていると、青年に大きな声で笑われた。
*
「テイムしたてだからか? 普通なら主人の元から離れないだろう?」
『分身体も出せないような幼体だものしょうがないわ。くす、主人の方がガラ空きね……』
二人はジリジリとフロレンツとの距離を詰めて、氷魔法を放つ。
ルルは分身体に注意が向いていて、こちらに気づいていない。
フロレンツは右腕を向けて火魔法を放つ。
『あら、よく見るとこの力。ウーヴェのじゃない。少しまずいわね……』
「ウーヴェ?」
青年は首を傾げて、ヘンネの話を聞いている。
『ウーヴェは深淵の業火。嫉妬の竜ね。その人を恨む心は根強く、よく人と契約したわね……。何に惹かれたのかしら?』
ヘンネが近づいてきて、フロレンツを検分し始める。
フロレンツは下手な動きが出来ず、固まっていた。
そこに声が聞こえ、辺りが霧に包まれ始めた。
『この力、嫌な竜が来るわ……』
ヘンネが一歩、二歩とどんどん後退すると、フロレンツの隣にはカサンドラが現れる。
『嫌なのはこっちも一緒よ。逆ハーレム作って何がしたいんだか?』
『あら、幻で精気を集めているあなたに何も言われたくないわ!』
二体が睨み合う中、フロレンツは後ろから手を惹かれた。
「何やってるの? 早くきなさい!」
フロレンツには二人のカサンドラが見えている。
「私は物理攻撃は苦手なの。アイツらが騙されているうちに、戦線を崩してしまいましょう。そうすれば、奴らもあなたに構っていられないわ」
「ああ」
「特別今回は後払いでいいわ。これが終わったら精気をたっぷりといただくからそのつもりで!」
カサンドラがに連れられて、フロレンツは戦場へと戻る。
こちらの軍が押しており、そろそろ別働隊が入っても良さそうな場所まで来ている。
「別働隊を動かさねば……だが、今魔法を使えば、奴らが来るか……」
「その辺は魔法を使えば? 幻術だけど、通信手段としても有効よ。場所を思い浮かべて、伝える事を伝えて」
フロレンツはカサンドラの通りに森の入り口の所に視線を移す。
内部までは視界に入らないためそこから合図を送ることにした。
「
森の入り口にも自分が現れて手を振り、合図を送る。
エルヴィンも隊に加っているので、すぐにわかってくれるだろう。
「これは特別サービスよ!」
カサンドラは竜の姿をあちらこちらに出して、隊列を乱して行った。
そこに仲間の後方部隊がディーメル側から押していき、エグナーベル兵たちは逃げ場を失い、どんどんと追い込まれていった。
「撤退! 撤退だー! ハンス!」
氷魔法が兵の薄い右翼に放たれ、道を作るとそこから兵たちは退いて行った。
エグナーベル兵は退却し、死体と氷漬けになった味方をそのまま置いて消えて行った。
*
「よう、フロレンツ。いい働きっぷりじゃねえか? あの竜は?」
撤退する隊の中で飛んでいる一体の白い竜を、エルヴィンは指差す。
フロレンツは先ほど聞いた内容をエルヴィンに伝えると、エルヴィンも唖然としていた。
「本来、テイムした竜といえば、主人に従い他の人間と契約するわけがないのだが……」
「あら、あの竜はそんな事関係ないわよ」
「これはこれは、ブラントの飲み屋のお姉ちゃんじゃねえか。関係ないとはなんだ?」
カサンドラの正体に気付いているだろうエルヴィンに、カサンドラはにこりとする。
「ルイーゼも知っていると思うけど、あの竜は普通の竜とは違うわ……。とりあえず人間のフロレンツが好きでね。気に入ったフロレンツたちを契約させて、自分に侍らせておくのが好きなのよ」
「お前と何が違うんだ?」
フロレンツの声にカサンドラは憤慨する。
「私は精気はもらうけど、代償に愛しいという感情まで奪ったりしないわ! そんな事したらつまらないじゃない? 男と女は駆け引きがあってなんぼでしょ?」
そういうと、フロレンツの胸に触れ顔をうずくめる。
「ピンチになったら、私の名前を読んでって言ったじゃない」
上目遣いで見つめられれば、フロレンツはカサンドラの肩を抱く。
「貴女は秘密の多い女だ。信頼するにはまだ難しいのですよ。ですが、助けてくださってありがとうございます」
すると、空から大きなルルの声がする。
周囲の騎士たちは怯えた事から、なかなかの声量の咆哮があったのだろう。
『フロレンツー! 大丈夫だった?』
フロレンツはさっとカサンドラを自分から離し、笑顔を向けた。
「大丈夫だったよ。ルルちゃんは怪我はない?」
『大丈夫! なんでその女がいるの! ムキー!』
ルルがカサンドラ目掛けて降りてくるが、カサンドラは余裕の微笑みで、フロレンツの首に手をかける。
「今日働いた分もらうわね……」
「——待って! まだディーメル都市内の制圧が……」
そのままカサンドラに口づけされたフロレンツは、意識を失うのであった。
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