エピローグ
明志――いや、明志だったモノは、周囲を見渡していた。
もう人間としての視覚は残っていない。
魔力や、その存在が持つ運命で物体を認識しているのだ。
「……オワラセル」
人を超えた代償は大きかった。
彼の思考も人間の頃のものではなく、僅かばかりの残滓がこびりついているだけだった。
大切な
地面に向けて、透明な手のひらを突き出していた。
狙うのは地球の中心核。
世界を壊せば、脅威はなくなるという神視点のような考えだ。
「あ、あなた……田中明志……よね……? 急にどうしたの……? 敵を倒したのに、ねぇ……?」
不安げな言葉が発せられた。
それは周囲で唯一自由に動ける少女――むすびであった。
なにが起きているのかは理解できていないが、明志が大変なことになっているというのだけは感じ取っていた。
「なんとか言いなさいよ……!?」
明志を掴んで揺さぶろうとするが、その身体は大樹のようにビクともしない。
座標を固定し、ありとあらゆる干渉を無効化しているためだ。
明志自身も、聴覚や触覚が失われているので、むすびという存在を感じ取れない。
「この私を無視するとは、良い度胸じゃない……! だったら――」
***
ドンドン――ドンドン――!
明志は、そのなにかを強く叩く音で目を覚ました。
「ん……気を失っていたのか。ここはどこだ……? 俺は……誰だ?」
頬にはヒンヤリとした湿り気ある赤土の感触。視界には黒い石の壁が四方を覆っている。部屋の中だろうか。
記憶が抜け落ちているが、なにか見覚えがある気がする。
「バベル……170層……」
不意に口から出た言葉。
それは魂に染みついたダンジョンの記憶だったのかもしれない。
部屋には誰もいない。
扉が一つあり、外から誰かが叩いているようだ。
近付くと、微かに声が聞こえた。
「……田中明志、戻ってきなさい!」
「誰……だろう……?」
記憶にない相手だ。
田中明志という名前もわからない。
でも、なにか懐かしい感じがする。
「このバカ! あなたが戻ってこないと、一緒にパーティーを組むことができないじゃない……! うぅぅ……」
少女は怒りながら泣いているようだ。
なぜ、パーティーを組みたいのだろうか。
「約束したでしょ! あなたと……たとえ偽りだとしても、ラブコメみたいなシチュエーションをしてあげるから、一緒にパーティーを組むって――……明志ッ!!」
――約束。
その言葉で思い出した。
不意に、唇に柔らかい何かを感じた。
「約束は……守らなきゃな、むすび」
***
――数日後、明志は病院のベッドから空を見上げていた。
「おや、元気そうじゃないか。この分だと、あと数日で退院だね」
「ありがとうございます」
今話している白衣の女性は、ランカー二位“可逆公主”だ。
東京冒険者学校の“保健室の先生”でもある。
「消滅した右腕も綺麗に復元されてるね」
「はい、おかげさまで普通に動かせます」
「良いサンプルになったよ。今度はもっと最初から観察したいものだ」
「は、ははは……。もうアレは懲り懲りです」
――魔人ザガルマートとの戦闘のあと、明志は意識を失った。
無意識で地球の中心核を破壊しようとしていたところを、むすびが呼びかけて意識を取り戻させたのだ。
きっと、明志が“魔力調整”をしていた対象だったために、魔力同士が
明志としては実感はなく、意識が戻ったら赤面していたむすびが目の前にいただけだった。
なにか言おうとしていたらしいのだが、直後に透明な右腕が消滅して、血が噴き出してスプラッターになってそれどころではなかった。
ちなみに数百トンを支え続けていたクラウディウスはというと……。
明志に決闘を申し込もうとしていた不良――鉄柄が偶然やってきて、校舎内の救助活動を行った。
スキルで壁を破壊しながら、生徒達を外に投げていったそうだ。
彼は勝負は預けたと言って去って行った。
「せんせ~、おれっちの方も見て見て~! ほら、心臓の部分だから、服をガバーッとはだけた勢いで禁断の関係とか!」
「ふむ、メスを入れて心臓を肉眼で確認するか?」
「ひえぇ~!? 明志と違っておれっちにだけ厳しいぜー!?」
明志の横のベッドで――優友が騒いでいる。
病院なので静かにしてほしいと思ってしまう。
あのとき、心臓をえぐり取られたはずの優友だったが、転移先の保健室にいた“可逆公主”によって治療を施されて助かったのだ。
どんな治療をしたのかは企業秘密らしいが、人工臓器などではなく、動いているのは本人の心臓らしい。
明志の腕も違和感なく元通りになっている。
「まったく、うちの生徒は無茶をする奴らばかりだな。次も戻せるという保証はないというのに。今度は献体として歓迎してやろうか」
「せんせ~、クールなのがステキだぜ~!」
――と、そこで明志は病室の入り口に、ダンジョン部の女子二人がいるのを発見してしまった。
デレデレの優友を見て、心配していたはずの大和が死ぬほど不機嫌になっていた。
「あ、大和ちゃんと、むすびちゃん。お見舞いありーっす!」
「……優友、お前……脳みそも取り替えてもらった方がいいんじゃないか?」
「や、大和ちゃん……なんでそんなに怖いの……!? あ、ちょっ!?」
大和は猫の“銀ちゃん”を発射して、優友の顔面を引っ掻かせ始めたのであった。
そんな二人を横目に、むすびがおずおずと歩いてきた。
「明志、具合はどうなのよ……?」
「特に問題ない」
「そ、そう……」
明志は、なにか話しにくさを感じてしまう。
具体的にはわからないが、避けられているような、でもそうでもないような。
むすびは人差し指の第二関節辺りで、自らの唇をプニプニと触っている。
「どうした、むすび。唇がカサカサしてるのか? 妹愛用のリップクリームを使うか?」
「し、してないわよ! カサカサなんて! それは明志も知って――」
「ん?」
「な、なんでもない……」
なぜかむすびは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
明志は首を傾げるしかない。
そんな二人に、顔が引っ掻き傷だらけになった優友がニヤリとした。
「おやおやぁ、お二人ぃ~。堅苦しさが減ってると思ったら、呼び方が下の名前になってるぜー?」
「そういえば、いつの間に……。俺は以前、火之神院と呼んでいたはずだ。なにかキッカケが……?」
「……」
それはむすびにとって都合が悪かったのか、ニヤニヤ顔の優友に向かってスキルを発動させようとしていた。
「【炎Lv3】
「ちょ、むすびちゃん!? 本当に出てたらどうするんだよォー!? おれっちまた死んじゃう!?」
「カーッカッカッカ! 我がライバル火之神院むすび! ダンジョンでの連戦でスキルが壊れてしまったのかもしれないなぁーっ! ちなみにあたしは元気です!」
むすび、優友、大和のいつもの騒々しいやり取りが始まった。
明志はフッと笑い、日常に帰ってきたという実感が湧いた。
「それなら俺が直してやるよ」
「懐かしい言葉ね。お願いするわ、計測不能スキルLv0の特待生さん」
「【無色Lv0】
底辺バイトだった明志が、なぜか東京冒険者学校にトップ入学してしまった件。
それは運命に導かれた必然だったのかもしれない。
――あとがき――
これで第一部は終了となります。
また機会があったら続きを書くかもしれませんが、ここでいったん完結設定です。
大体、本一冊分のボリュームでした。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!
計測不能スキルLv0の特待生 ~底辺バイトの俺、なぜかリアル冒険者学校にトップ入学してしまった件~ タック @tak
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