特待生VS蘇りし魔人ザガルマート1
サンダードラゴンとの戦いの緊張感が途切れたのか、明志以外の三人はその場に座り込んでしまった。
少し休んでから外に出ようとなったのだが、しばらくすると異変が起きた。
『お前か……? お前なのか……?』
微かにだが、声が響いてきたのだ。
「ひっ!? だ、誰かのイタズラ!?」
ビクッと反応したむすびは全員の顔を見渡すが、イタズラという気配でもない。
『お前か……?』
その謎の声が引き続き聞こえてきたが、誰も喋ってはいない。
サンダードラゴンすら消え去った今、ボス部屋には四人以外は誰もいないのだ。
「……地下からか?」
感覚を研ぎ澄ませていた大和だけは気が付いていた。
振動の方向、地下に空間があってそこで反響していることに。
「よし! 入り口を探して、みんなで行ってみるか!」
「え……部長、本当に行くんですか……?」
「オバケが怖いのか、火之神院むすびぃ~? なにか発見があるかもしれないぞ~!」
「発見……なにか見つけられれば、お兄様に認めてもらえるかもしれないか……。行きましょう!」
大和とむすびは乗り気になり、その流れで優友もお供することになった。
しかし、明志だけは神妙な面持ちをしていた。
「どうしたんだ、親友? さすがにオバケが怖いってタマじゃなさそうだけど」
「優友……俺は嫌な予感がする。こんなところには絶対に存在しないはずの“魔人”だが、もし……いたらと思うと……」
「魔人? こんなところもなにも、魔人って架空の存在だろう?」
「いや……俺は魔人らしきモノを一度だけ見た……気がする……」
明志の記憶。
まだ幼かったためか、思い出すとノイズが走る。
両親がダンジョンで消えたときに、なにか得体の知れないモノを見た気がするのだ。
「お、大和ちゃんがなにかを見つけたっぽい。行こうぜ、親友。もし、魔人ってのがいても、おれっちが盾となって守ってやるよ」
「ああ……」
優友の人なつっこい笑顔。
そんな表情を見せられては、胸中に不安渦巻く状態でも元気づけられてしまう。
大和が見つけたのは地下への隠し階段だった。
強化された感覚で発見できたのもあったが、最初から床の一部が崩れかけていた。
そんな状態なら、他のパーティーが見つけていてもおかしくはないだろう。
最近、何らかの要因で崩れたのかもしれない。
「おいおい……声の正体はコレかよ……」
階段の先にあった部屋には、人間サイズの石像が置かれていた。
その場所は祭壇のようになっていて、不気味な雰囲気が漂っている。
「喋る石像……魔道具かしら?」
観察すると、その石像には角が生えていた。
顔は美しく調っているが、目付きは悪魔のような男の石像。
なにかに抗うようなポーズをとっている。
『お前か……?』
「うーん、同じ言葉を繰り返し言う魔道具?」
『お前なのか……? そこの四人の内の誰か――』
「えっ!?」
石像にピシッと亀裂が入った。
そこから人間のモノとは違う濃厚な魔力が流れ出してくる。
それに気が付いた明志は息を呑んだ。
「不味いな……これは……本物の魔人かもしれない」
「まさか……本当にいたの!?」
魔人に関する噂が本当なら、蘇らせたら大変なことになってしまう。
「こ、ここで倒せば私たちの功績ってことになるわよね……!」
むすびは功を焦り、刀を構えた。
「ただの石像なら、私にだって――!」
弾かれたように走り、一瞬で石像と間合いを詰めた。
そのまま刀を振り下ろすのだが――
「お前……ではないですね」
石像の腕が――いや、表面の石部分が砕け、中から青い肌をした腕が出てきた。
刀を素手で受け止め、歯牙にもかけないようにむすびごと投げ捨てる。
「きゃッ!?」
石像の中から魔人が出てきてしまう。
チャンスは動けない今なのではないか……?
明志の本能がそう叫んでいる。
前回の八倍撃から、すでに九分が過ぎている。
それなら――やるしかない。
「【ドラウプニルグローブ】
懐に飛び込み、魔人の顔面に右ストレートを直撃させた。
サンダードラゴンすら一撃で屠る威力。
だが――
「なに……!?」
「見つけた――
表面の石像部分を砕いただけで、魔人は無傷だった。
微動だにしない頭部で、明志を見据えてくる。
その眼球は人間と違い、白目まで邪悪な漆黒に染まっていた。
「ククク……それっ」
魔人は嗤い、まるで虫に対してするかのようにデコピンを放つ。
それは明志には直接当たっていないが、発せられた魔力の衝撃によって、人体を軽々と吹き飛ばした。
「ぐぁッ!?」
明志の身体は壁に激突して、ようやく止まった。
全身を強く打ち、その意識は暗闇へと落ちていく。
***
朦朧とする意識の中、明志は意識を取り戻した。
まだ部屋の中にいて、左右にむすびと大和がいる。
あまり時間は経っていないようだ。
しかし、眼前には天井が崩れ落ちたであろう瓦礫と、隙間から向こう側に一人の背中が見えた。
その背中は、見間違うはずもない。
明志が装備を選んでやったのだから――
「ここはおれっちが時間を稼ぐ、だから親友を連れて先に脱出してくれ。ダンジョンから脱出さえしちまえば、人間以外は転移陣を使えないしな」
「ま、待て優友! お前一人で敵う相手じゃ――」
「へへ……大和ちゃん。男には格好付けたいときがあるんだぜ。どっちにしろ、瓦礫をどうにかして逃げる時間もなさそうだしな。それならカッコイイところを見せてぇってもんだぜ!」
明志も止めようとしたが、まだ喋ることも、身体を動かすこともできない。
涙を拭う大和と、歯がみするむすびに連れ出されるしかなかった。
「行ったか……」
一人残って、圧倒的な力を持つ魔人と対峙した優友は独りごちた。
「実際のところ、すげー怖ぇぜ……へへ……」
「吾輩を前にその勇気、称賛に値します」
「もしかして、それで待っていてくれたのか? 感謝するぜ……!」
「死にゆく者への手向けです」
優友としては、勝算はあった。
ただし、それは死なないという意味の勝算だ。
この練習用ダンジョンの中では、制服に付与されている転移が使えるのだ。
死ぬような事態の直前に発動するらしい。
つまり、死ななくても、死ぬほど怖い目に遭う。
そんなものを明志、むすび、大和の誰にも体験させたくない。
だから、一人で時間稼ぎをすることにしたのだ。
幸い、魔人はこの転移のことを知らないらしい。
「おれっちだって、お前みたいな強い相手に勝てるとは思ってないさ。でも、仲間が脱出するまでの時間稼ぎくらいはやってやるぜ。怖くてもな……!」
優友は、みんなに対して恩義を感じていた。
昔は陰気で、なにをやってもダメだった自分。
小学生の頃にスキルが使えるとわかったときは両親から喜ばれたが、属性が土と知らされたときは落胆されたものだ。
そのせいもあって中学では暗く孤立していて、ずっと世界に対する絶望感を感じ、それを表現した詩を書いていた。
人に対しての距離感がわからない。
親に対しての距離感すらわからない。
そんな不出来な自分を変えたくて、高校入試から明るく振る舞うように頑張った。
今度は逆にチャラいと言われるようになって失敗したこともあったが――新たな出会いがあった。
明志、むすび、大和の三人である。
明志は自分に自信を与えてくれて、初めての親友となった。
いざという時は守ると約束してしまったので、こんな状況になっても後悔はない。
むすびは強気なお嬢様だが、その周りからの期待のプレッシャーは凄まじいだろう。
境遇から親近感……いや、足掻いて乗り越えようとしている姿は尊敬すらしてしまう。
大和は……頑張っていた。
あんな小さな身体で、恵まれないスキルという境遇だったのに、ダンジョン部を背負っている。
何の気なしにダンジョン部に入ったが、その姿を見ていると応援したくなってきた。
こんな無茶な計画に協力したのも、本当は大和の力になりたいからだったのかもしれない。
不思議だと思った。
なぜ、ここまで無償でなにかをしてあげたいと考えてしまうのか。
「ああ、そうか……おれっちは……部長……大和ちゃんのことを――」
「ふっ、それが最期の言葉ですか」
魔人の手刀が、優友の心臓部分を貫いていた。
大量の血が流れ落ちる。
あまりにも早すぎる攻撃は危機として検知されず、転移はそのあとで行われた。
「ん……? 消えた。スキルの一種ですか……まぁいい、死体が転移しようと問題はないので」
魔人は小さく呟くと、ゆっくり歩き始めた。
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