幕間 旧財閥令嬢、メールでカウンターを喰らう
火之神院むすびは、照明を消した真っ暗な自室で膝を抱えていた。
普段の凜とした令嬢でもなく、明志に見せる少女の顔でもない。
ダンジョンという火に焼かれ、心が――消し炭になってしまった冒険者だった。
むすびは闇に包まれ、昔の事を思い出す。
まだ幼かった頃、むすびには年の離れた姉と兄がいた。
二人はランカー冒険者で、ダンジョンに深く潜ることも多々あった。
特にむすびは姉に懐いていて、ダンジョンから帰ってきたら一目散に抱きついて『おかえりなさい』と言ったものだ。
それを抱き留めて、高い高いをしながら『ただいま、おむすびちゃん』と告げてくれる姉が好きだった。
しかし、そんな幸せな日々は、長く続かなかった。
むすびが七歳の誕生日のとき、凶報が届いた。
姉がダンジョンで行方不明になった――と。
一緒にいた兄は悔やみ、むすびは信じられず、誕生日の料理に一切手を付けずに待ち続けた。
それでも帰っては来なかった。
姉が出発前にサプライズとして準備していた、お揃いの赤いリボンだけが誕生日プレゼントとして届いた。
それからむすびは、行方不明の姉を探すために冒険者を目指した。
何年経ってもいい、あの姉が死ぬはずはないのだから。
そう心に楔を打ち込み、冒険者への道を歩み始めた。
家族、特に兄から強く反対された。
それでも、何年も道を歩き続ける。
『お嬢様の娯楽』
『ランカーである兄と比べて貧弱』
『親の七光り』
――考え得る限りの罵りを受けた。
この業界はいくら崇高な目的があっても、冒険者としての適性が高くなければ、いくら頑張ろうともダメなのだ。
それでも、現実的にできる範囲では精一杯の努力をした。
同年代の中ではそれなりに冒険者としての適性を上げてきたし、意欲的に挑戦も続けた。
……しかし、結局は『それなり』なのだ。
学生としては高いレベル20まで上げたが、プロ冒険者ならそれくらい珍しくない。
姉が行方不明になったダンジョン“バベル”にも、行くのを止められていた。
それどころか、兄に手回しされていて、ろくにパーティーすら組めない状況が続いていた。
まだ十五歳の少女が歩み続けた道としては、あまりに過酷で、もはや呪い。
希望が見えなくなり、焦燥感が募って、自分ではどうしようもないのではと思い始め、心はダンジョンという炎に焼かれて消し炭になっていく。
一言で表すのなら自暴自棄というやつだろう。
そのときに希薄な判断力で危険なパーティーの誘いを受けて、バベルに向かった。
本当なら、その時点でむすびは死ぬはずだった。
――しかし、そこで運命を変える“彼”に出会った。
「田中……明志……」
バベルに挑むためには心もとなかった種火のような少女のスキルを、一気に敵を焼き尽くす業火へと昇華させる“魔力調整”。
それは敵だけではなく、少女の心に巣くっていた呪いすら燃やしてくれたのだ。
そのときに決心した――
「明志、絶対にあなたとパーティーを組む……」
思春期の少女が持つ恋愛感情とは違うと自覚していた。
自分に必要なパーツなのだ。
これを逃せば、チャンスは二度と巡ってこない。
むすびは明志と別れたあと、すぐに火之神院グループの力を使って、素性を調べさせた。
直後、明志の家がガス爆発で吹き飛んだときはヒヤヒヤしたが、本人は無事でホッとした。
それから明志が試験会場にやってきてくれたときは、すごく嬉しかった。
緩んでしまいそうになる頬を引き締めて、偶然を装って挨拶をする。
本当はお礼を言いたかったが、素直になれずに止めておいた。
明志が受験生に貶されたときは、思わず頭がカッとなってしまった。
なぜだかわからないが、きっと将来優秀なパーティーメンバーになるかもしれない明志を思っての、仲間意識的なものだろうと自分を納得させた。
受験会場での明志も、ずっと見ていた。
冒険者適性が低い優友にも優しく、人格的にも問題はなさそうだ。
よくわからないが、明志が誰かと仲良くすると自分のことのように嬉しくなるのと同時に、なにか焦りが出てきた。きっと明志が自分以外のパーティーに入ってしまうかもしれないという気持ちが――とにかくそう思うことにした。
特待生になったあとも、監視のためにずっと見ていた。そう、監視のために。
妹を大事にする明志、節約癖が抜けない家庭的な明志、自らの立場に傲らない明志、明志、明志、明志――
気が付いたら明志を追いかけすぎて、彼の行動パターンや、移動ルートを把握してしまっていた。
そして、教室でいつものようにパーティー勧誘をしたら、なぜか『ラブコメ』を要求されてしまった。
むすびは、明志と別れてから顔を真っ赤にして表情を崩していた。
「し、仕方なく……。そう、仕方なくパーティーを組んでもらうために、ラブコメしてやるのよ……。田中明志も所詮、思春期の男子高校生! わ、私からのラブコメールで悶えるといいわ……!」
明志への初メールも、死ぬほど文面を考えて送った。
何十行も書いたあとに、恥ずかしくなって全部消去してから、わざと簡素なメールを送ったのだ。
その内、明志から返ってきたメールが素っ気なさすぎて、イライラしてきて、少しだけそれっぽいメールを送った。
今はその返事待ちなのだ。
「メール……返ってこない……。もしかして、私……嫌われた……? 変な女の子だと思われた……?」
その心は、まるで真っ暗な部屋と同化するように、不安でいっぱいだった。
膝を抱えて丸くなり、コテンと横に倒れる。
表情は世界が終わるかのような酷いものだった。
「ただパーティーを組んでもらいたいだけなのに……なんなの……この変な気持ちは……」
――と、そこへメールの着信音が鳴り響いた。
「ぴぇッ!? き、きた!?」
心臓が跳ね上がりそうになりながらも、マッハでスマホを掴む。
緊張の面持ちで息を呑んでから、メールを開いた。
『件名:ごめんな。
本文:やっぱりさ……俺は、むすびと釣り合わないんじゃないかなって思うんだ。
俺にはいいところも何もない、ただの貧乏人。
それに比べて、むすびは火之神院グループの跡取り娘で、強い心を持ってるし、それでいて優しい。頭もいいし、美しい。笑った顔も可愛い。
みんなが憧れるのもわかる……俺もそうだから。
ふたりの立場はまるでロミオとジュリエット、付き合う事は世間が許してくれない……。
いや、でも……やっぱりお前のことを諦められねぇわ……!
お前に釣り合う、俺になってみせる! むすびのことが好きだ!
……俺は恥ずかしがり屋だから、こんなこと表じゃ言えないけど、ラブコメという形で少しでもお前を感じていたいんだ……!
明日からまた学校で素っ気ない態度を取るかもしれないけど、ごめんな』
「……な、ななななな!? なんなの、この無駄に情熱的な長文メールは!?」
むすびはボッと赤面しながら、その場で固まってしまった。
しばらくしたあと、脳まで詳細な情報が到達したのか、表情をフニャフニャにしながらベッドへと倒れ込んだ。
「こ、このやり取りはパーティーに引き入れるための行為で、それが成功したから……その……それに私が喜んでいるだけで……。決して、田中明志に恋愛感情を抱いてるとかじゃなくて……」
むすびは無理やり、そう思い込むことにした。
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