第二章 復活のダンジョン部

特待生、すれ違いで勘違いのラブコメをしてしまう

 ――次の日の教室。


「火之神院、ちょっといいか?」


「ぴゃっ!? い、今忙しい! ダメよ!」


 今日は朝から明志が声をかけただけで、むすびはすぐ逃げ出してしまう。

 明確な理由はわからないが、明志には思い当たる節があった。

 昨日のメールである。


「最後のメール、たま子が勝手に送って、送信履歴からも消してあったから内容がわからないんだよな……」


 明志の妹であるたま子がねつ造した、明志の熱愛メール。

 その内容を知るのはたま子と、変に意識してしまって話せなくなっているむすびだけである。


「火之神院からの面倒くさそうな返信もぱったり止んだし、俺にとってはいいことなんだけど」


 逆である。

 メールでは好きだと告白して、表では『恥ずかしがり屋だから素っ気ない態度を取っている』とねつ造されていて、明志にとってはろくでもないことなのだ。

 二人をくっつけるための妹の恐ろしい策略であった。

 そんな中、意を決した表情でむすびが近付いてきた。

 その顔は真っ赤だった。


「た、田中明志……。その……こんにちは。今日は天気がいいわね……?」


「天気……普通じゃないか?」


 むすびの辿々しい挨拶に、明志は素っ気なく返した。

 そこでむすびはハッとした。


(そっか。恥ずかしがって、私のことが大好きなのに素っ気なくしちゃうのよね。あくまでラブコメという体で話しを進めた方がよさそうだわ。彼の気持ちに気が付く以前の態度で!)


「――さぁ、田中明志! 私とパーティーを組みなさい!」


「断る」


「くっ、素っ気ない……。でも、あなたの要望通りラブコメをしてあげてるんだから、少しくらいこちらの条件を呑んでくれないと誠実ではないと思うわよ?」


「……たしかに」


「まずは、直接ダンジョンに潜らなくてもいいから、一緒にダンジョン部に入りましょうよ! ね? それくらいならいいでしょ?」


 最初に大きな条件を提示をしておいて、次に小さめの条件を出して妥協させる。

 交渉としてはスタンダードなやり方だ。

 明志は、自分の無知で出してしまったラブコメの条件とはいえ、それなりに誠実さを持ち合わせているので断るのを諦めた。


「わかった。ダンジョン部に入るくらいなら……」


「本当!? やった!」


 むすびは嬉しそう笑って、明志の手を握りながらピョンピョンと跳びはねた。

 こうして見ると財閥令嬢ではなく、年相応の少女だ。


「火之神院、お前意外といい顔するな」


「えっ?」


「笑った顔。普段のお嬢様っぽい顔より、俺は親しみが持てて好きだな」


「……」


 むすびは表情が固まった。

 ナチュラルに握ってしまっていた手の温かさを感じ、ゆっくりと放す。

 そのままスタスタと教室の外へと出て行ってしまった。

 放置された明志は、なにか怒らせるようなことを言ったのかと心配になった。


「も、もしかして……火之神院の地雷を踏んでしまっていて、特待生取り消しになるんじゃ……。いや、いきなり教室の外に去るくらい激怒したのなら、刀を取りに行って俺が刺されるというケースも考えなければ……」


 一方、むすびは――


(好きって言われた!? 好きって直接言われたわよ!?)


 教室の外で顔を真っ赤にして、はわわわと慌てていたのだが――必死に冷静さを取り戻して教室に舞い戻ってきていた。


「……失敬。急に廊下にダンジョンが出現したんじゃないかと心配になって見に行っていたの」


「なんだ、そうだったのか」


 明志は納得した。

 コイツはダンジョンに関しては頭がおかしいと思っていたためである。

 近くで見ていた優友は「そんなわけねぇだろ」とツッコミを小声で入れていた。


「なにか言ったか、優友?」


「いや~、なにも。ただラブコメしてるな~って」


「そうか。よくわからないが、これもラブコメなのか……奥が深いな……」


「おれっちには一生、縁がない話ですよ~だ」


「なにを拗ねているのかわからないが、帰りに奢ってやるよ」


「ホントか!? 倹約家のお前が!? メッチャ嬉しいぜー!」


「駄菓子コーナーで一個までだ」


 ですよね~、と優友は机の上に突っ伏してしまった。

 そのやり取りの間に完全に心を落ち着けたむすびが、コホンと咳払いを一つしてから話に割り込んできた。


「田中明志。ダンジョン部に入ると決まったのなら、色々と説明が必要ね」


「ああ、頼む。俺は学校のことはまだ全然詳しくないんだ」


「私も中等部の頃に仕入れた情報だから、直接は知らないことが多いんだけどね。……まず、どうして私がダンジョン部に興味を持ったかということよ」


「どういうことだ?」


「普通なら、わざわざダンジョン部なんて入らなくても、普通にパーティーを組んでダンジョンに潜ればいいもの。学校内でもスキル持ちがウジャウジャいるわけだし、外部っていう手もある」


「たしかにそうだな」


 一部の特例もあるが、冒険者学校にはスキルを持った者が入学してくる。

 すでにクラス内でも、いくつかのパーティーができているくらいだ。


「けど、私は兄からパーティーを組むことを禁じられているの。強引に組もうとしたけど、相手は兄を恐れて断るばかり。なんとか組めたと思っても、あのバベルでの怪しい連中とだけなのよ……」


「たしかにアレは、歳もレベルも離れていたパーティーだったな……」


「そこで最後の手段、ダンジョン部なのよ!」


「……いや、そもそも、ダンジョン部ってなんだ? お前みたいな事情の奴は他にいないだろうし、潜るだけなら、さっき例に挙げていたように内外でパーティーを組めばいいのに。部活なんているのか?」


 むすびは、やれやれという呆れた表情になった。


「わかってないわね~。いい?『みんな~、組を作って~!』って、なると、かならずといっていいほど余りが出てくるわよね?」


「あ~、あるあるだな」


「パーティーでも、そんなのがあるわけよ。いくら学校でダンジョンのことを習うからといっても、実際にパーティーを組んでみないと上達しないこともあるでしょ? その第一歩すら踏み出せないボッチ――そう、私のような! 私のような存在のために、どんな生徒でも受け入れてくれるのがダンジョン部ということなのよ!」


「そ、そうなのか」


 ダンジョンのことになるとテンションが上がりすぎるむすびに圧倒されながら、明志は相づちを打っておいた。


「ダンジョン部のある高等部まで待ち遠しかったわ……! ほら、部活という大義名分さえあれば、私も兄に止められずにダンジョンに潜れそうだし。それに、あなたと一緒の時間も増やせるでしょ?」


「俺との時間を増やしてどうするんだ?」


 明志の純粋な疑問に、むすびは『う……っ』と口ごもってしまう。


「そ、それは……その……もっとラブコメで満足させてあげて、私の言うことを聞かせるという目的のために……それだけで……」


「なるほど。さすが火之神院グループの跡取り令嬢。策士だな!」


「ふ、ふん! わかればいいのよ、わかれば! というわけで、ダンジョン部に入部するのが一番いい感じなので、行くわよ田中明志!」


「行くって……?」


「ダンジョン部の部室よ! 希望はすぐそこ! 善は急げ!」


 むすびは明志の手を掴もうとしたが、一瞬躊躇したあとに、なぜか顔を恥ずかしそうに背けて袖を引っ張っていた。


「……青春だぜ~。いってら~」


 優友はそう呟き、面倒くさそうに手をヒラヒラ振り、二人を見送った。

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