貧乏苦学生、最難関ダンジョン170階層で目覚めて強化しすぎる
――数分後――
ドンドン――ドンドン――!
明志は、そのなにかを強く叩く音で目を覚ました。
「ん……俺は気を失ってたのか。ここはどこだ……?」
頬にはヒンヤリとした湿り気ある赤土の感触、視界には黒い石の壁が四方を覆っているのが見える。部屋の中だろうか。
明らかに材質が一層目とは違う。
もしかしたら密室かと思ったが、なにやら一箇所だけ出入り口らしき扉があった。
それは外からの衝撃で揺れる木製の扉で、一人の少女が必死の形相をしながら背中全体で押さえていた。
「あの子はパーティーの……」
「ああああ、もうダメ死ぬお終いだわ! 最難関新宿ダンジョン“バベル”でランダム転移して、その先に超強いスケルトンがいて、部屋に逃げ込んだけど出口なしで絶体絶命とかあああぁ――……あ、おはようございます。ご気分は如何ですか?」
注射前の犬みたいな騒がしい表情をしていた少女は、明志が起きているのを知った瞬間に、表情が深窓の令嬢のように早変わりしていた。
人間、他人がいるとどんな異常な状況でも、平時のように取り繕いたいものなのかもしれない。
「おはよう……。ええと、どうしてキミと二人きり……。いや、そうか、思い出してきたぞ。俺はキープアウトのテープが貼られていた危険なランダム転移トラップに……力一杯押されて――」
そこでふと、記憶が途切れていることに気が付く。
ここではない通路に転移した直後は意識があったはずなのだが、そこからボンヤリとしか思い出せない。
「なんで俺、こんな部屋で気を失っていたん――」
なぜか少女は慌てたように言葉で遮ってくる。
「そ、そうよ……私たちは裏切られてしまったのよ……。ラノベじゃよくある展開だけど、この現代社会で本当にやる奴がいるとは思わなかったわ……」
「らの……? よくある展開……?」
明志は目覚めたてというのもあって混乱していた。
それに加えてアルバイトばかりの生活でサブカル知識がないため、少女が言う『ラノベ』もよく知らなかった。
ちなみにダンジョン内の殺人は、外と同じで発覚したら重い罪が科せられる。
フィクションとして想像をする者は多くても、実際にやる者は皆無だ。
「ああ、気にしないでくださいま――」
ドンッ! ドンドンッ!
「――ヒィィィッ!?」
涼しい表情だった少女は話していて油断していたのか、再びやってきた背中のドアを力強く叩くモンスターにビクッと驚いて悲鳴をあげていた。
木製らしきドアは大きくたわんで、いつ壊れてもおかしくないように見える。
今の明志たちは、モンスターの食事待ちのような状態なのだ。
「ああ、その怖がり方で思い出した。たしかワープした直後、今みたいに急にテンパったキミの肘が後頭部にいい感じに入って……俺は気絶した」
「はい、そうです本当にごめんんんん!! でも、しょうがないじゃない! いきなり知らない場所とか怖いじゃないいいいい!!」
「冒険者としては割と致命的な怖がりだな……。それで、どうして狭い部屋の中に俺たち二人がいるわけだ?」
「それはね……! あのあと、巨大なスケルトンが現れて迫ってきたから、私のスキルを打ち込んだけど全く効かず! どうにかして気絶したアナタを掴んで、偶然見つけた部屋まで移動。そ、そして現在進行形で籠城中なのよおおぉぉ!?」
「さすがに少し落ちつけ……」
明志は背中側がヒリヒリするので、たぶん足を掴んでズルズルと引きずられて移動したのだと察した。
「こ、こんなときに冷静になれるわけないでしょ!? 逆にどうしてアナタはそんな冷静でいられるの!? あ、そうか、わかった! この外にいるモンスターを見てないからでしょ! どこの生息情報にも出ていないし、きっとこの階層はかなり高い――」
「ここはバベル170階層と推測できる」
「ひゃ……170階層……!? ありえない……なんでわかるのよ? それって、人類が到達した最高の記録よ……? しかも到達したっていっても、その詳細なデータもなくって本当かどうか怪しいシロモノだし……」
「いや、オヤジが残した初歩中の初歩の知識だが? この湿った赤土に黒い壁、それにさっき聞いた特徴からして外のモンスターは『Lv180キングブラッドスケルトン』だろう。王冠を付けた赤い奴で、巨大な身体で武器は棍棒を持っているはずだ」
「す、すごい……特徴が当たってる。まだ『巨大なスケルトン』としか言ってなかったのに。それに敵のLvが180もあるのなら、冒険者Lv20しかない私のスキルが効かないのも納得できる。こんなに簡単に言い当てるなんて、アナタ何者よ……?」
「俺か? 俺は……昔、両親に連れられて少しダンジョンに潜ったことがある一般人だ」
「い、一般人……? まぁ、そういうことにしておきましょう……」
少女は驚きのあまり冷静になっていた。
最初は突拍子もない“170階層”だという明志の発言も、話していないモンスターの特徴を当てたことにより、信憑性が増してきた。
もう助からないと思っていたが、この知識を持つ少年ならなにかやってくれそうな気がする――と。
「な、なにか脱出する手立てはないの!?」
「この階層にある脱出用の転移陣に乗ることができれば……チャンスはあるな」
「外に出られるのね!」
「ただ、ドアを叩いているキングブラッドスケルトンをどうにかしないとなぁ……。参考までにキミのスキルを教えてくれるかな?」
「聞いて驚かないでくださいませ……! 私はレアカラー“クリムゾンレッド”で、得意なスキルは【炎Lv3】
地球にダンジョンが出現したあと、中にいるモンスターを倒した者や、その子どもがスキルと呼ばれる特殊能力を会得する例が出てきた。
それを特殊な装置で計測するときに見える魔力の色――“カラー”から大体のスキル系統がわかり、珍しいモノはレアカラーと呼ばれているのだ。
ちなみにこのクリムゾンレッドは、この少女固有レアカラーである。
「炎か……。キングブラッドスケルトンの弱点は火と聖と打撃属性だ。もしかしたら、的確に使えば強制的に怯ませられるかもしれない」
「……ただ一つ、残念なお知らせがあります」
「ん?」
「限界を超えて全力で撃ち続けて逃げてきたから、調子が悪くなって出なくなりました……」
「マジか」
「炎、出ないんですの……私の取り柄である炎が……。もしかしたら、スキルが壊れてしまっていて、これからもずっと出ないということも……」
スキルというのは無茶な使い方をすれば壊れてしまって、もう二度と使えなくなってしまうという例もある。今回はそれかもしれない。
少女はひどく落ち込んでいた。
スキルが使えなくなれば、もうダンジョンに潜るのは不可能に近くなるからだ。
「魔力切れとは違うんだな?」
「え、ええ。魔力自体はまだ残っていますよ。でも、スキルが壊れてしまったかもしれない最悪の状況では……どうすることも――」
「なんだ、安心した。それなら俺が調整して直してやるよ」
「え? 調整? 直す? なにを言って……この状態になったらもうずっとこのままというのが最新の研究結果で……」
そこで少女はハッとした。
この窮地に陥っても冷静沈着、知識もある明志はタダ者ではないのでは? ――と考えた。
「も、もしかして、アナタ実はレアカラーで!?」
「俺は“ノーカラー”。無色とスキル判定されたぞ?」
「……ノーカラー。本当に冒険者適性のない……ただの一般人……」
冒険者適性がない機械で判断されたということは、普通ならダンジョンで必須とされているスキルがないということになる。
「そうだ。俺はフツーの十五歳、基本Lv1の一般人だ。スキルLvに至っては、なしだからLv0ともいえるな」
少女はガックリとうなだれた。
一般人であるノーカラーがダンジョンでなにかできるはずがないのだ。
もしかしたら今までの明志の言葉も戯れ言だったと考えると、絶望が襲ってきた。
外には異常に強いモンスター、今にも破られそうな扉、室内には頭のおかしい少年。
それにもし奇跡的に助けがやってきたとしても、もう少女はスキルが壊れていて冒険者を引退するしかないのだ。
「うぅぅ……もうお終いよ……。どうやってもダメ、少しくらいの奇跡が起きても終わりだわ……」
「ちょっと触るぞ」
「な、ななななッ!? こんなときにアナタはなにを!?」
「こんなときだから、だろ?」
明志は動けないでいる少女に対して、その柔らかそうな頬にそっと手で触れた。
突然のことで少女は気を動転させていたが、明志はいたってマジメで冷静だった。
「俺はノーカラーと判定されたが、なぜかスキルが使えるんだ」
「そんな!? ノーカラーでスキルが使えるなんて聞いたことがないわ!? も、もしかして超強力な……」
「いや、以前使ったときは失敗して死にそうになった。言葉通り、死ぬほど役に立たないスキルってことだな」
「え……、そのスキルを私に使うんですの? 失敗したら……」
「緊急事態だし――……それに大丈夫だ」
「大丈夫……?」
少女は吊り橋効果もあって、息が掛かりそうな距離の明志に対してドキドキしてしまっていた。なにか大丈夫という確信があるのだろう、と信頼すら感じ始めてしまう。
「ああ、俺の勘が大丈夫と言っている」
「勘……ただの勘……もうお終いですわぁぁぁあああ!?」
少女は、勘だけで“使うと死にそうになる不明スキル”を使用されて、緊張の糸がプツンと切れてしまった。
その拍子に背中で押さえていたドアが開いて、キングブラッドスケルトンがコンニチワしていた。
「あ……」
赤い王冠ガイコツは背が高く、大きく見下ろしてくる。
手に持った巨大な棍棒を高く掲げ、振り下ろそうとしていた。
「よし、【無色Lv0】
「だ、だから、もし撃てるようになってても、私のスキルは効かなくて――」
「騙されたと思って撃ってみてくれ」
「あああああ、もう! こうなったらヤケよ! 最後にやるだけやって死んでやるわ! 【炎Lv3】
その瞬間――少女は使い慣れたはずのスキルを見て、『えっ!?』と声をあげた。
放たれた火球は以前より信じられないほど大きく、恐ろしく熱く、そして――とてつもない破壊力があったからだ。
「……なによ、なんなのよこれ!?」
――以前は撃っても効かなかったはずの火球は――
「へぇ、元のスキルがいいとすごいな」
この瞬間、Lv差100以上あるキングブラッドスケルトンを消し炭にしていた。
「他者のスキルを調節するなんて……こんなすごい強化スキルありえない……。本当に何者よ……アナタ……」
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