特待生、八倍撃を放つ

 幸運なことに、三層目からはローパーが現れなかった。

 そのため、全員が集中して走ることができる。

 前列の明志が一番風の影響を受けて、その後ろは“スリップストリーム”という現象で空気抵抗を減らすことができる。

 モンスターがいた場合に攻撃も行うので、明志の体力の消耗だけ激しい。


 しかし、明志はその苦労を説明しないし、愚痴もこぼさない。

 言わない理由は特にない。

 性格的なものだろう。

 敢えて意味を付けるとすれば、“お兄ちゃん”だからだろうか。


 幼い頃から妹を守り、ときには父のように、ときには母のように面倒を見てきた。

 それは明志にとって当たり前で、自分という存在の根底なのだ。

 むしろ、それ以外の人間関係をあまり知ることがなかったので、ダンジョン部のメンバーとも同じように接している場合が多い。


「部長、スキルを常時使って指示していて、疲れていませんか? 走りながらでも水分補給はできるので、いつでも言って――」


「いや、あたしは平気だ。それなりに疲れてはいるが……それより副部長の方が心配だ。まだ短い付き合いだが、弱音を吐かなすぎるぞお前」


「……そうですか?」


「まぁ~、栄光あるダンジョン部の副部長としての責任ある立場だからというのもわかるが――……ひとりの人間、明志として受け止めてやることくらい、あたしでもできるんだからな」


「……留意しておきます」


 明志は過酷な人生を送ってきた。

 そのため、大和の言葉も完全には理解できなかった。

 しかし、それでも――


「ハァハァ……。ぶ、部長! 私の恋人との好感度を勝手に上げないでください! 私だって、恋人が困ってたら……ハァハァ……助けるくらい……」


「あっはは、むすびちゃん。ビッグローパーに力を使いすぎてバテ気味……。って、おれっちも普通に走ってるだけで死にそうだけど……ゼヒューゼヒュー……。も、もちろん親友のためなら、おれっちだって……コヒュッ……」


 明志は以前より、周囲の人間に恵まれていると思っていた。

 誰にも見えないように、フッと笑ってしまう。




 ――そんなやり取りをしている間に、三層目のボス部屋前に到着したのであった。


「さてと、これを言うのは二度目だと思うが、消耗を抑えるために連携で――」


「こ、こっちを見なくてもわかってるわよ!」


 バツの悪そうな表情を見せるむすびを一瞥したあと、ボス部屋の扉を開けた。

 その中にいたのは、巨大なスライムだ。

 緑色のゲル状の身体を持ち、中央に弱点のコアが見える。


「三層目のボスはビッグスライムだな」


「なんかもう、とりあえず大きくしておけばボスという感じに思えるわね」


「よっしゃ――いくぜ! かかってこいスライム野郎!」


 前に出たのは優友だ

 その重装甲に魔力岩を貼り付けて、スライムの攻撃をガードしていく。

 通常なら一撃で昏倒させるような衝撃も、強固な守りで弾く。

 スライムはどうしても倒せない相手に高い脅威判定をして、躍起になって攻撃を繰り返し続ける。


「【Lv3】火斬!」


 注意が引きつけられている内に、むすびがビッグスライムに一撃を入れた。

 弱点であるコアが露出。

 追撃、返す刀でコアに一太刀浴びせるが――


「くっ、硬い!」


 日本刀がコアに弾かれ、ギィィンと耳障りな音が響く。

 弱点を攻撃されたことにより、ビッグスライムの敵意が急激に上昇した。


「感知――大きな攻撃、来るぞ!」


 大和が叫び、それを聞いた三人が一斉に下がった。

 瞬間――ビッグスライムの身体が針のように尖り、周囲を穿っていた。

 先に行動を知ることができたための、間一髪の回避だ。

 そして、大きな攻撃のあとには隙ができる。


「これで決めさせてもらう――【ドラウプニルグローブ】八倍撃オクテット!」


 明志は軽快なステップで敵の懐に飛び込み、目に見えぬ早さの右ストレート。

 拳がコアを捉え、数トンクラスの衝撃を伝導させた。

 音が爆ぜ、コアが爆ぜ、半液状のスライム部分も爆ぜた。

 超巨大な水風船が弾けるように、ビッグスライムは絶命したのであった。

 流れるような連携に、満足げに顔を見合わせるパーティーの四人。


「ふふん、なかなかのパーティープレイじゃない?」


「まぁな」


「へへ、やったぜ!」


「うぉぉ! 初めてマトモにボスを倒せたぁぁああ!!」


 それぞれが良い感じに歓喜の声をあげたりしているのだが――全身、飛んできたスライムによってベトベトだった。

 これでは格好がつかない。

 明志以外は、早く洗い流したいと先に進んでしまった。


 少し遅れて明志の前に、コロンとドロップアイテムの魔石が落ちた。

 それはありふれた低ランクの魔石だが、ダンジョン部の全員で初めて倒した思い出の一品となるのかもしれない。

 そう思うと、嬉しくなってしまう。

 そんなことを考えながら、魔石を拾うのであった。

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