特待生、伝説の職人と出会う
授業中の教室で、明志はマジメにノートをとっていた。
他の生徒たちも同じようにノートをとっているのだが、明日から始まる三連休を前に、どこか皆浮き足立っている雰囲気だった。
「おーい。休みの前だからって、ボクの授業をサボっちゃイヤだぞ~? でも、そんな中でも明志くんはマジメだな~。先生、嬉しいよ」
教壇に立つ若い担任が、軽く拗ねた口調でそう言った。
その若い担任は、明志が試験会場で一緒になった試験官である。
彼の立場を表す言葉はいくつかある。
東京冒険者学校の教師、イタリア人の母親の血を受け継いだイケメン、歌舞伎町の遊び人――そして、一番有名なのがランカー三位“重力皇帝”だろう。
「もしかして、明志くん……先生のことが好きとか? いや~、困っちゃうな~。ボク、ただでさえ女の子にモテモテで順番待ち状態でさ~!」
「特に好きでも嫌いでもないです、クラウディウス先生。それより授業を続けてください」
「わっかりました~! それじゃあ、続きを。スキルレベルと、冒険者レベルの違いについて――」
陽気にウィンクをするクラウディウスを放置して、明志はノートをとり続けたのであった。
***
放課後、敷地内にある理事長の銅像前にダンジョン部の部員たちが集まってきていた。
「お待たせ~」
「遅いぞ、優友。……これで全員集まったか」
明志は、むすび、大和、優友の順番で来ていたのを思い出した。
性格的なもので、なんとなく順番の予測はできていた。
「へへ、わりぃ、わりぃ。……あ、そういえば、この銅像ってむすびちゃんのパパさんなんだよね?」
「ま、まぁ……その通り、お父様よ」
「一度、銅像になるような人の家族に聞いてみたかったんだけどさ、どんな気分なの? 銅像を前にして」
「……正直、ちょっと照れくさいわ……」
大きな父親の銅像を前に、むすびは頬を染めて顔を背けた。
優友は『ですよね~』といつもの明るい笑みを見せる。
それをチャンスと見た大和が話に割り込んできた。
「ほ~、あの火之神院むすびにも、こんな可愛い弱みがあったのか~」
「部長、可愛いとか言わないでください……」
大和はニヤニヤしながら話を続けた。
「それに、ランカー四位である“裂空王子”の
今度は大和がニヤニヤ顔のままで、ファンということを告白したことによって照れくさくなって顔が真っ赤になっていた。
「あ~、部長ごめんなさい。お兄様は私にすごい厳しいので、たぶん無理なんじゃないかな……と思う」
「そ、そうか……全然気にしてないぞ……しょぼーん……」
心境が言葉に出るくらい気にしてそうな大和は、ガックリと肩を落としてしまった。
「反対されてたダンジョンに潜ろうとしていることや、担任のクラウディウス先生と犬猿の仲だったりと、お兄様の機嫌が悪くて……。って、こんな話をしている場合じゃないわよね! なにか理由があって集合をかけたんでしょう、田中明志?」
「ああ。そのことだが、目的地に向かいながら説明しようと思う」
明志を先頭に、一つの小さな町スケールである、学校敷地内を進み始めた。
道行く学生も多いが、ダンジョンに関わる研究施設や、企業の家族たち――つまり普通の人々も多く見られる。
風景的に、少し洗練された都会の風景というところだろう。
「それで副部長、あたしたちは今からどこに行くんだよ? そもそも、三日で練習用ダンジョンをクリアってどうするのさ?」
「今から行く場所は、ダンジョン用品店“迷宮永住権”です」
「あ~、あの小柄な白ヒゲのお爺さんがやっているお店か~。先輩たちは、ドワーフがやってるんじゃないかって笑いのネタにしてたよ」
カッカッカと笑う大和に対して、むすびが冷静に注意をした。
「部長……あのお爺様はすごい人だから、ご本人の前では言わないようにするのよ……。とてつもない大金を支払って、この東京冒険者学校に来て頂いてるのだから」
「マジか」
ダンジョン用品店――“迷宮永住権”。
ダンジョンに挑むための装備がすべて揃えられていると噂の店である。
この東京冒険者学校の装備需要のほとんどを引き受けるため、店舗はかなり広く、品揃えも豊富だ。
しかし、それを経営するのはたった一人。商品の補充なども、いつの間にか不思議と完了している。
そんな謎の多い店なのだ。
「三日間でクリアする前に、まず俺たちは装備を調えなければならない。基本的にダンジョンで準備を怠った奴は早死にするからな」
「そうそう。おれっちなんて、ダンジョン用の装備を一つも持ってないからね~!」
「……まぁ、優友は極端としても、俺も潜るなら武器は欲しいしな」
明志の武器という注目ワードに、他の三人の視線が集まった。
「どんな武器?」
「それは現地に着いてからのお楽しみというところだ。正直、決めかねていて、自分の目で確かめて決めたい」
明志は自分のスキルや戦闘スタイルが、もしかしたら特殊かもしれないと少しだけ自覚してきたため、慎重に装備を決めたいのだ。
それと、念のためにバベルで入手していた“素材”も持ってきている。
「今日はそこで装備を調えて、明日からの三連休で練習用ダンジョンをクリアしようと思う」
「あ~、そういえば、土日のあとに“迷宮記念日”があるから休校になるのか」
迷宮記念日とは、この地球にダンジョンが誕生した日である。
バベルや、東京冒険者学校内にある練習用ダンジョンも、その日に生まれた。
ちなみに冒険者はダンジョンに潜ると日をまたぐことも多いので、その関係で冒険者学校は土曜日も一日休みのところが多いのだ。
「……ここだな」
そうこうしている内に、“迷宮永住権”の前までやってきていた。
外観は大きなキャンプ用品店のようであり、ダンジョンのイメージとは少し離れた感じの現代っぽさを感じる。
「小僧ども、よく来たわい」
「ブロックル様!?」
その店の前に、一人のドワーフのような外見の男が立っていた。
それを見た、むすびはギョッとした。
普段から通っている店だから知っているのだが、この店主がカウンターから動いたところを見たことがなかったからだ。
それほどまでに、この伝説の職人――ブロックルのどっしりとした山のように動かない魔力を自然と印象付けられていたのだ。
しかし、それがなぜ出迎えにきているのかという疑問が浮かぶ。
「久しぶりだな、ブロックルのじっちゃん」
「ホッホッ。明志よ、数年ぶり……いや、数十年ぶりかのう? 千歳を超えた頃から、時間感覚がわかりにくくていかんわい」
「いつもの定番ジョークだな、懐かしい」
普通に古くからの顔見知りとして話している明志とブロックル。
むすびはそれを見て驚いた。
「た、田中明志……ブロックル様とお知り合いなの?」
「言ってなかったか? 昔、一緒にダンジョンに潜ってた間柄だ」
「……すごすぎて理解が追いつかないのだけれど」
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