貧乏苦学生、不合格確実なのに、なぜか大注目されてしまう

 木造ボロアパートの自宅が吹き飛ぶ。

 幸いにもケガ人は出なかったが、それは貧乏兄妹にとって死の宣告に均しかった。

 家長である兄の明志が呆然としながらも唯一所持していたのは、封筒に入っていた一枚の推薦状とパンフレットだけだ。


 それをじっと見ていた好奇心旺盛な妹。


「あかしお兄ちゃん、それなに?」


「ああ、これは……」


 仕方なく明志は内容を確かめながら、何なのか説明した。

 色々と興味深い文章だったが、特にあの少女が言っていた“特待生”の部分に二人の注目が集まった。

 信じられないことに、特待生になれば家族と一緒に寮に住むことができ、生活費がすべてタダ。

 思わず笑顔になった妹の返答は、とてもシンプルだった――


「あかしお兄ちゃんが特待生になれば、すべて解決だね!」




 ***




 そして、次の日――明志は東京冒険者学校の試験会場にやってくることになってしまった。


「って、いやいや、なんで本当に試験会場に来てるんだよ俺は……。さすがに無理すぎるだろう……」


 東京冒険者学校とは、東大を超える超エリートマンモス校である。

 莫大な資産を得られるダンジョンに潜る職業――冒険者を育成するために国が設立した。

 小学校から大学までのエスカレーター式なので、ほとんどが六歳頃から在学しているのだが、広く才能を集めるためにこうして高校からの受験もやっているのだ。


「すごい人数だな……」


 明志が周りを見回すと、大勢の受験生たちが集まってきていた。

 北は北海道、南は沖縄――それどころか海外からの受験生まで見える。

 誰もがエリート校の仕立ての良いブランド制服を着ていて、毛羽立った安物制服の明志は必然的に目立ってしまう。

 複数の冷たい視線が向けられた。


「ぷっ、なんだあの貧乏人は?」


「理事長が才能を集めるためにって、推薦状さえあれば無償での飛び入り受験も許可してしまったらしいからなぁ……」


「どこの馬の骨がアイツに推薦状を渡したんだか」


「まぁ、あんな合格しそうにない、家柄の悪そうな貧乏人が混じるのも仕方がないよ。ボク達、上流階級の引き立て役になってくれればいいさ」


 聞こえてきたのは、心ない見下すような声だ。

 明志は貧乏だと自覚していたので、『その通りだな』と内心頷いた。

 そして、彼は考えた。

 どうせ受験しても、冒険者の知識は、亡くなってしまった両親が教えてくれた家庭内教育程度のものしかない。

 貧乏すぎてテレビやネットなどで情報も見られないし、むしろ普通よりダンジョンから遠い人間で、他の冒険者候補の方がきっと最新の知識を当たり前のように持っているはずだ。


 肝心の冒険者適性も、昔の検査であってないようなものと判断されたし、スキルもモンスターに直接使えない役立たず。

 偶然で対人で勝てても、ダンジョンでは意味がない。

 仲間に使うにしても、あの少女相手にはなぜか成功したが、明志自身や、父、その仲間に使おうとすると極端に成功率が下がってしまってしまう経験があったので、ゴミスキルという印象だ。


「よくしらないけど、普通の冒険者はオヤジのパーティーよりずっと強いだろうし、俺なんかじゃ無理だよな」


 そのために筆記も実技もダメで受験を落とされるはずだと、明志自身が思っていた。

 冒険者という職自体も、危険が伴うのでやりたくない。

 昨日助けた少女から渡された推薦状がキッカケで、なし崩し的にやってきてしまっただけなのだ。すでに諦めている。

 むしろダンジョンが嫌いなので、やるだけやってダメだったと早く妹に報告したいくらいだ。


「まぁ、俺が場違いなのが悪いよな」


 明志自身は気にしていないが、周りの蔑みに満ちた目が次々と集まっていた。

 さっきの侮辱の続きやら、聞こえないようにコソコソと陰口を言う者など――黒い悪意に支配された周囲の目線。

 その最中さなか、近くに一台の黒いリムジンが止まり、誰かが下りてきた。


「あら、受験者の皆様。ご機嫌よう」


「あ、火之神院ひのかみいんむすび様だ!」


「えっ!? あの理事長の娘の!?」


 鈴のように美しい声色を響かせてやってきたのは、明志がどこかで見たことのある姿――昨日の少女だった。

 可憐な制服に身を包み、意志の強そうな凜とした眼差しをしていて、昨日と雰囲気がガラッと変わっている。

 赤い部分甲冑と刀を装備していないからだろう。

 それとテンパっている印象が強いのもありそうだ。


「おやおや。偶然、偶然~っにもまた出会いましたね、明志とやら? 家がガス爆発で吹き飛んで大変でしたわね」


「いや、お前が来いと勧めてきたんだろう……。って、なんで俺の家のことを知っているんだ?」


「そ、それは…………ニュースで知ったのよ、ニュースで!」


 明志と火之神院むすびが親しく話をするのを見て、周囲がざわついた。

 さっきまで蔑まれる立場であったはずのボロを着た貧乏人が、高嶺の花である理事長の娘と交友があったのだ。


「火之神院様……! そんな下賤げせんの輩と会話を交わされては、お美しい唇が穢れてしまいます!」


「……貴方は?」


「は、はい! 僕は県トップの偏差値を誇る秀才中学からやってきました戸貴どき牛光うしみつと申しま――」


「そういう下らない立場の話はしていません。貴方は明志のお知り合いですか?」


「い、いえ……。さっき目にした程度で――ヒッ!?」


 火之神院むすびの眼が変わった。

 今までは穏やかなお嬢様という雰囲気だったが、一転して燃えたぎる烈火のような眼光を見せていた。


「よく知りもしない彼を、下賤と評価する貴方は冒険者学校に相応しくありません。即刻立ち去りなさい。他の方々も同じです」


「お、おい。お前……じゃなくて、火之神院。別に俺は受験しても落ちそうな人間であっているし、お前が怒ることでも……」


「断言致しましょう。この明志は必ずや合格して、まだ誰もクリアしていない最難関ダンジョン――バベルを踏破することでしょう」


「おい、ちょ!? 言い過ぎだろう……。そもそもダンジョンに潜りたくな――」


「そうですね。もし合格すら叶わなかったとしたら、この私――旧財閥である火之神院グループの跡取り娘、火之神院むすびが自主退学してもいいでしょう」


「コイツ、人の話を聞いちゃいねぇ……」


「ふふん♪ では、ご機嫌よう♪」


 面倒そうな顔をする明志を放っておいて、火之神院むすびは満足げに去っていった。

 残された彼女の言葉に、周囲はざわついていた。

 理事長の娘が自主退学を賭けるほどの存在が、目の前にいると認識したからだ。

 場に残された明志と、呆然とする周りの学生たち。


「お、おい……あの明志っていうのは何者なんだ……?」


 また別の意味で居づらい状況になってしまった。

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