特待生、二度目のチュートリアルを始める

「ふ、副部長……お前、練習ダンジョンをクリア済みなのか? しかも小学生のときにって……」


「いや、さすがに小学生ですよ? オヤジの後ろから付いていって観察していただけです」


「……あたしからしたら、十分にすごいのだが」


 淡々と語る明志を見て、大和は困惑した。

 むすびと優友は、もう慣れたというリアクションで虚空を眺めていた。


「さてと、時間が惜しい。一層目に潜るとしよう」


 部屋の奥にある階段に向かって、四人は進み始めた。

 期待に胸膨らませた表情の大和は、明志に話しかけた。

 ゲームでチート武器を手に入れて、楽々クリア確定した瞬間のような声色だ。


「んっふっふ~♪ 副部長、さっそく一層目もサクッとチュートリアルな試験をスキップで終わらせるんだろう~?」


「……ん?」


「なんたって、三日スケジュールだから~……。三日で割って、今日で三~四層はクリアしないとだしな~♪」


「いや、今日は一日、ずっと一層でチュートリアルです。20時間くらいぶっ続けでモンスターを倒す感じで」


「そうそう、サクッと一層を20時間くらいぶっ続けで――……は?」


「さすが部長。20時間ぶっ続けと聞いても『サクッと』……とは。やはり器が違いますね」


「……無駄に高い信頼感が怖い。説明プリーズ……」


 明志は詳細なスケジュールを説明し始めた。

 それによると、一日目はすべての時間を使って一層。

 二日目は二層から九層まで。

 そして、最終日の三日目はクリア条件である十層の大ボスを倒すということらしい。

 さすがに、ある程度のダンジョン知識があるむすびがストップをかけた。


「待って、ちょっと待って。さすがにこのスケジュールはムチャクチャすぎない?」


「そうか? 俺からしたら普通だと思うが」


「どんな普通よ!?」


「やってみるとなんとかなるぞ?」


「……実際にやってた感じがして怖いわ、私の恋人……」


 階段を下りきった先は、かなり広いフロアになっていた。

 ちょっとした道場の稽古場サイズだろうか。

 足元は丁度良い堅さの土が敷き詰められており、転んでもケガなどは心配なさそうである。

 そして、明志だけは特殊なニオイを感じていた。

 それはダンジョン内に充満する魔力であり、現実のものでたとえようとすると、雨上がりの香りを凝縮したように鼻腔をくすぐってくる。

 微弱な魔力だが、ここがダンジョンであるということを否が応でも認識させる。


「よし、それじゃあ、チュートリアルを始めよう。内容は、ここで出てくる非殺傷タイプのスライムを10匹倒すこと……なんだが、クリアしても無限湧きするので倒し続ける」


「なるほどね、腕試しって感じか~。それじゃあ、おれっちからいくぜ!」


 重そうな装備の優友が一歩前に出てきた。

 明志はそれに頷く。


「ああ、様子を見たいから最初は一人ずつが好ましい。まずは優友にやってもらおう。……ただし、条件がある」


「ん? 条件?」


「全力のスキルを放って倒してくれ。優友の場合は石つぶてストーンバレットだな」


「わかった! お安いご用だぜ!」


 そうしていると、タイミングよくスライムたちが出現してきた。

 壁の転移陣が光っているため、そこから湧き出てきているのだろう。


「いくぜぇ! 【土Lv1】石つぶてストーンバレット!」


 優友の手のひらから石の弾丸が発射され、スライムに命中した。

 衝撃波が周囲にも広がり、他のスライムも吹き飛ばしていく。


「どうだ、強化されたおれっちのスキルで楽勝だぜ!」


 次々と湧いてくるスライムを、同じように撃破していく。

 だが、十発目のスキルを放った直後に――


「くっ、急に立ちくらみが……してきた……」


「その状態でスキルを放ってみてくれ」


「あ、ああ……【土Lv1】石つぶてストーンバレット――……って、出ないぞ!?」


「なるほど、十発で優友のスキルは“壊れる”のか。把握した」


「こ、壊れる!?」


 優友は顔面蒼白になった。

 スキルが壊れると、もう二度とスキルが使えなくなると聞いたことがあったからだ。


「安心しろ。あとで俺が直す」


「な、直るもんなのか……。でも、こんなにすぐスキルが壊れるなんて、どういうことだろう」


「俺の魔力調整コンダクターで強力にした分、どうやら全力で撃つと壊れやすくなるらしい。それに魔力消費も大きいな」


「なるほどな~……そのための把握か。たしかに実戦で突然、この状態になっちまってたらパニックを起こしそうだぜ」


「ああ、パニックを起こしてたな」


 明志は、むすびをチラッと見たが、サッと目を逸らされた。


「それじゃあ、次は――」


「私が試すわ」


 むすびは刀をスッと抜き、眼前に構えた。

 そして、魔力で身体強化をしてから、スライムの懐に飛び込み――


「ハァッ! 【炎LV3】火斬かざん!」


 炎の刃で一閃。

 瞬く間にスライムの集団を殲滅していく。

 火花が煌びやかに四散して、まるで火の精霊が踊っているようだ。


「三十ッ! ――……っ。炎が出なくなったわ」


「燃費のいい火斬で三十匹か。魔力消費が多い上級火球ハイ・ファイアーボースなら、もう少し少なめといったところだな」


「そ、そうね……。それにしても、スキルが壊れるのって、やっぱり凄い喪失感だわ……」


 むすびは汗だくになり、仰向けに倒れてしまった。

 攻撃力の低いスライムがペシペシと叩いているが、逆にヒンヤリとして気持ちいいと感じてしまう。


「それじゃあ、次は俺が試させてもらう――」


 明志はグレイプニルグローブをギュッとはめ直し、スライムの大群に向かっていく。

 攻撃方法は、もちろん素手だ。

 スキルを使った攻撃と遜色ないような威力を、素早く、連続で放ち続ける。

 時には蹴りを、時には肘打ちを――

 そのスピードは、人間竜巻のようにスライムたちを蹴散らしていく。


「おいおい……親友。素手でこれって……反則かよ……」


「……もしかして、レベル20の私より強くない……? 田中明志……あなたレベルいくつなのよ?」


 攻撃をし続ける明志は、息を乱さず答えた。


「レベル……? 1だが」


「れ、レベル1!? ありえない!! だって、このダンジョンだってクリアしていて――」


「ダンジョンではボス以外を倒しても経験値が入らないだろ? いつもオヤジがボスを倒して、俺自身は一回も倒してないからな」


 経験値というのは勘違いされ気味だが、雑魚モンスターをいくら倒しても入ってはこない。

 そのため、経験値がもらえるボスを倒さなければ、ずっとレベル1のままなのだ。

 ちなみにこういう世界の法則ルールのため、斥候が得意なパーティーなどは、雑魚モンスターを倒さずにダンジョンを進んでいくことが推奨されている。


「……なんという盲点。もしかして最強のレベル1なのでは」


 明志は、そのままスライムを千匹ほど倒したのだった。

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