計測不能スキルLv0の特待生 ~底辺バイトの俺、なぜかリアル冒険者学校にトップ入学してしまった件~

タック

第一章 貧乏苦学生、最強特待生になる

貧乏苦学生、荷物持ちのバイトで超高難易度ダンジョンへ

 安物パーカーを着ている十五歳の少年――田中明志たなかあかしは空を見上げた。

 都内の清々しい朝という日常風景に溶け込む、ダンジョン“バベル”がそこにあった。

 それは地球を覆うほどの超巨大な傘のような建造物。

 冒険者でもない一般人の明志は、普段は下から眺めるしかない。


「今日のバイト先は、あのダンジョンかぁ……怖いし行きたくないなぁ……」


 ――三十年前、突如として世界各国にダンジョンが出現した。

 そこから世界は大きく変わり、人々の認識にダンジョンから持ち帰られた財宝や情報――魔力、モンスター、スキル、魔道具といったそれらが、現代社会の常識を書き換えていった。


「しっかし、世界が大きく変わったらしくても……先立つモノは金だよなぁ……」


 そう溜め息を吐く明志は苦学生である。

 幼い頃、一緒に潜ったダンジョンで両親が行方不明となり、現在の家族は妹のみ。

 いったんは遠い親戚に引き取られるも、親の遺産を食い散らかされて、家庭内の扱いも酷いモノだった。


 理由もなく殴られ、食事はまともに与えられず、寝る場所は廊下で、衣服は破れた物を着させられていた。

 教師や警察などに訴えたが、一向に改善の気配はみられなかった。

 自分は耐えられるが、妹にまでこんな思いを絶対させたくないと強く感じた。


 明志は妹を守る決心をして家を出た。

 運良く二人で住める、怪しげなボロアパートを見つけることに成功。

 それからはひたすら生活費、学費、将来の貯金のために寝る間を惜しんでバイトで金を稼ぎ、がむしゃらに生きて――やっと中学卒業間際というところである。

 高校へは行かず、そのまま就職先を探す予定だ。


 選択肢としては冒険者免許を獲得して一攫千金というのもあるのだが、それは選べない。

 幼い頃に両親によって連れ回されたダンジョンの印象が最悪なのに加え、スキル検査で冒険者適性が芳しくなかったというのもある。

 それに万が一モンスターに殺されてしまうリスクも取れないからだ。


 自分はどうなってもいいが、妹をひとりぼっちにしてしまう……それだけはダメだと固く誓ってある。

 大事な妹を堅実に育てたい。できれば良い学校にも入れてやりたい。


「さてと、二度とダンジョンになんか行きたくなかったけどしょうがない。安全な荷物持ちのバイトを早く終わらせて、妹にチンジャオロースでも作ってやるか。……今月厳しいから肉抜きだけど」


 明志は駅から歩いて、都庁付近のバベル入り口に到着した。

 このバベルはダンジョンの類でも特殊で、一層目の入り口は実体があるのだが、それより上部はすべて魔力の蜃気楼のような幻となっている。

 そのため、超巨大でも陽光や空路を遮らず、東京の都市機能を維持できているのだ。


 神々しく純白で円筒形のバベルの中に明志は入っていくのだが、夕飯の味噌汁に入れる予定のダイコンの輪切りのようだと思ってしまった。

 生まれた時からダンジョンが存在している世界なので、あまり特別という感覚がないのだろう。


「お、待ってたよ。田中明志くん……だよね?」


「あ、はい。紹介されて荷物持ちのバイトにやってきました」


 中に入ると、気のよさそうな男二人と、どこかソワソワしているような少女のパーティーがいた。

 声をかけてきたのは、その中の細身で物腰穏やかな男だった。

 待ち合わせのためにお互いの特徴を伝え合っていたので、すぐにわかったのだ。


「僕は白鳥沢しらとりざわ、このデカい男は強羅ごうら。それと……こっちのお嬢様は――」


「私のことはどうでもいいです。この方への挨拶なんかより早く行きましょう? せっかくバベルの中を見られるチャンスですし」


 その印象悪い少女は、プイッと興味なさげに回れ右をした。

 少女は明志と同世代の十五歳くらいに見え、顔は人形のように美しく儚げであり、同時に騎士のように凜々しく、その長く艶やかな黒髪は目を惹くものがあった。


 服装はダンジョン用らしく、学生服の上に胸当て、ガントレットなどの赤い部分甲冑を装備していて、頭には炎の意匠を凝らしたリボンが結ばれていた。

 ヒラリと舞うスカートに日本刀を帯びていて、ダンジョン出現以前には考えられない格好ともいえるだろう。


「あはは……お嬢様の感じが悪くてごめんよ、田中明志くん。それじゃあ、さっそく行こうか」


「わかりました。では、荷物を持ちますね。それと確認ですが、安全な一層目を見て回るだけですよね?」


「ああ、それでオーケーだよ」


 その明志と白鳥沢のやり取りを聞いた少女は突然、声を荒げてきた。


「ちょっと! 平気そうだったら二層目も行くって話はどうしたのよ!」


「いや~、本当に急だったんでパーティーがなかなか集まらなくてね。キミのこともあるし、大々的に募集をかけられないでしょ?」


「う……、それはそうだけど……」


 なにやら訳ありげな少女は納得しない様子でブツブツと呟き、腕を組み直したり、髪をイジったりして全身で不機嫌さを表していた。

 白鳥沢は頭を抱え、申し訳なさそうに明志に謝罪した。


「騒がしくてほんとゴメンねぇ。バイト代、ちょっと多めに出すからさ……」


「大丈夫です。割り切ってますから」


 明志たちの四人パーティーはダンジョンの中へと入った。

 床や壁は白い石のような素材で、通路は数人が並んで歩けるくらいの横幅になっている。


 ここ、バベルの一層目はモンスターの再出現リポップが遅くてほぼ敵と出会わないのと、遭遇しても敵レベルが1なので、安全な観光スポットのようになっている。


 その分、二層目からは超高難易度ダンジョンの名に恥じぬくらい敵が強くなっていくため、ここで雰囲気の把握などをしておくのが冒険者の習慣なのだ。


「田中明志くん、たしかキミは妹さんのためにバイトをしているんだったよね?」


「はい。両親はダンジョンで行方不明になって、妹だけが唯一の家族ですから」


 そんな雑談をしながらダンジョンを進んでいたのだが、少女はそれを聞いて小さく呟いた。


「私と同じようなものか……」


 明志もそれが聞こえていたのだが、面倒事を抱えていそうなので反応はしなかった。


「こんなバイト受けるってことは、将来は冒険者になりたいとか?」


「いや、俺は冒険者適性もないって診断されたし、危険なのとかあまり好きじゃないんで……」


「そうか~。でも、この荷物持ちのバイトを引き受けてくれて助かったよ。本当にありがとう」


 ダンジョンに関わるとロクなことがない。

 明志の両親が行方不明になったのも、世界的に所持スキルの違いで差別問題が出てきたのも、物価が上がったのも、大体はダンジョンが原因だ。

 そこから得られるドロップ品などで莫大な富を得ることができるといっても、それはほんの一握りの人間だけだ。


 その人間はバベル50階層にも到達できるというレベル100近いトップランカーや、ダンジョン関連を一手に引き受ける大企業、冒険者を育成する学校関係者などだろう。

 普通の人間はそんなところとは縁がない。


「あ、お嬢様。つい先日発見されたトラップがありますよ」


「え、どこどこ!?」


 一層目の奥へ進んでいくと、床に薄い魔法陣のようなモノがあった

 その周りにキープアウトの黄色いテープが貼られている。


「誰かが罠探知スキルで発見したもので、その効果はランダム転移。なにかに有効利用できるかもしれないというので、放置されているみたいですね」


「なんでそんな危険な物、ガッチリとした鉄格子とかで近づけないようにしないのかしら?」


「さぁ、なんででしょうね?」


 その白鳥沢と少女の疑問に、明志はポツリと呟いた。


「余計な物を置くと、“ダンジョンの意思”で取り除かれるからテープが限界なんじゃないかな」


「ダンジョンの意思? ああ、たしか最新の学説にそんな用語があったような。よく知ってるね」


 感心する白鳥沢。

 明志は昔、両親とダンジョンに行ったときに教えてもらった簡単な知識なので、全然最新ではないと首を傾げていた。

 その横で少女はランダム転移のトラップに興味津々だった。


「うふふ、これが超高難度ダンジョン、バベルの本物のトラップなのね! すごい、すごいわ! これを見られるだけでも来た甲斐があったわ!」


「ははは、お嬢様。あまり、はしゃがないでくださいよ。たしかに他のダンジョンと違って、この踏破されてないバベルのランダム転移トラップほど、凶悪なものはありませんけど。……もし、踏んでしまったら人類未到達の階層に飛ばされるかも」


 白鳥沢はニコッと笑って、明志の方へ振り向いた。


「そういえば田中明志くん。キミは冒険者適性がないと診断されたんだよね?」


「ええ、はい。そうですが――」


「そうかそうか。両親がいなくて、冒険者適性なしで消えても問題ない普通の学生。このバイトにやってきてくれて、本当にありがとう」


 白鳥沢と強羅は目配せした。

 そして――


「えっ!?」


 明志と少女は力一杯、突き飛ばされた。

 その先にはランダム転移トラップ。


「じゃあねバイバイ~、お嬢様と田中明志くん。依頼だからゴメンネ~。絶対に生きて帰れないだろうけど、だからってアンデッドモンスターとして化けて出るのはやめてくれよ。アハハ~!」


 そんな白鳥沢の楽しそうな声を聞きながら、明志は“すでに何千回もバベルで経験したことのある目眩”に襲われたのだった。

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