幕間 クソザコメンタル、金剛大和のトゥイッター

 あの激動の不良退治イベントから一日が経った。

 あたし――金剛大和がさらわれるも、最後には三人の信頼できる部員を得た記念日だった。

 まぁ、そんな刺激的な非日常だけを過ごす人間はいない。

 今のあたしは、寮の自室で寝転びながら、夜のネットサーフィンを満喫しているところである。


「えへへ、今日もランカー四位の火之神院 きり様……通称“裂空王子”の配信動画は格好良かったな~。これで火之神院むすびと兄妹じゃなければなぁ……。さてと、次はトゥイッターでもチェックしちゃおっかな」


 ノートPCを操作して、トゥイッターのホーム画面を開いた。

 そこで、ふと思い出した。

 部員全員にアカウントを聞いていたことを。


「せっかくだし、フォローしておいた方がいいよね」


 まずは火之神院むすびだ。

 すでにコイツのアカウントは何度も見に行っている……。


「チッ」


 今日も、火之神院むすびのフォロワー数が万単位もいるのを見てしまって、つい舌打ちをしてしまう。

 呟きの内容も、昼食写真を載せて『今日のお昼ご飯です。学食を作ってくださる方に感謝を……美味しかった』などの普通のもので、“いいね!”と“RT”が数千単位で付いている。


 一方、それと比べてあたしのお昼ご飯の呟きはというと――

『もうマジヤバ! 新しい部員と一緒に昼飯食べてるんだけど、超うめぇってなんのって! でも、神々しい部長のあたしがいるだけで一番の調味料じゃね? なんてね☆』

 ……“いいね!”と“RT”がまったく付いていない。ゼロである。虚無。

 せっかく上がったテンションをぶつけてみたのだが、どうやら失敗だったようだ。

 これは次回に活かそう。

 ちなみに前回も、前々回も、というか今までずっと虚無である。


「ぐぬぬ……この差はなんなのだ……。財力か!? 男ウケしそうな顔か!? 背か!? 胸か!? 火之神院むすび、許すまじ!」


 アタシは火之神院むすびの呟きに対して、

『五日連続、美味しかったのコメントで締めているのかw もうちょっとバリエーションを出せよw』

 と返信を付けておいた。


「ふふん、なんて的確なリプだ。さすがこのあた――」


 その瞬間、一瞬で通知の表示が数十現れた。

 オーディエンスたちの喝采か? とニコニコしながら見ると、そこには『クソリプ乙!』『またいつもの人か』『引用RTで晒すわ』と書かれていた。

 これが火之神院むすびからならまだしも、第三者からバンバン言われるとメンタルが死んでいく。


「ああああああ、なんでなんで!? ごめんなさいごめんなさい炎上は許してくださいいいいい」


 ネット弁慶特有の強気な態度は崩れ去り、慣れた手つきで長文謝罪コメントを打ち込んだ。


「ふ、ふふふ……土の中の世界に住んでいる蝉は、太陽の下に行くと死んじゃうんだぞ……」


 あたしはアカウントのフォローだけはしておいて、パタリと倒れた。

 それからゴミ虫のように縮こまって三十分後。

 うめき声以外も出せるメンタルにまで回復して、自我を取り戻し、次は石土優友のアカウントを検索することにした。


「あいつは明るい性格だから、きっとフォロワーも多いんだろうな……」


 フォロワー数を見ると、百人程度だった。

 詳しく調べていくと、それらのアカウントとの関係はクラスメイト……だけではなく、別クラス、別学年の生徒までいた。

 どうやらリアル知り合いのフォロワーが多いようだ。


「くっ、陽キャ特有のトゥイッターだ……これは……。コミュ強乙……見ていると眩しくて目が潰れる……」


 あたしはフォローだけして速攻で移動しようとしたのだが、ふと優友の呟きが目に入った。


『風呂入った』


 みじかっ!

 他も見てやるか……どれどれ……。


『起きた』


『寝た』


『食べた』


『風呂入った』


『起きた』


『寝た』


『食べた』


『真っ黒い鴉が鳴いたよ。髑髏の上で、憐れな社会の人形共を瞳に映しながら鳴いたよ。流れ作業で組み立てられていく崩れた人形。その工場は人形を縛る七つの大罪。漆黒の魂が天空からの死神を呼び寄せ、カパカパ嗤うよ。非生産的な僕たち――人形はどこに向かうのだろう』


『風呂入った』


 ……怖っ!?

 普段良く喋る優友なだけに、このトゥイッターの簡素さというか、まるでBOTのような機械的な呟きが恐ろしい。

 急に挿入される問題ありそうなポエムもやばい。


「なにか心に深い闇を抱えているのかもしれないな……。これは見なかったことにして、明日からちょっと優しくしてやるか……」


 サイコホラーな映画を見たあとのように、手先をプルプルさせながら次のアカウントを検索した。


「残るは田中明志――副部長のだな! おや、どうやらアカウントを作ったばかりのようだな。どれどれ……」


 あたしは、さすがに優友以上のやばいアカウントはないだろうと思いながらクリックしたのだが――


『今日は妹の雑巾を縫った。しっかりと頑丈に、長く使えるように注意した』


「ほぉ~。本当に妹さんがいるのか。今時、市販ではなく、自ら雑巾を縫ってやるとは……家族想いの奴なんだな。感心してしまった」


 うんうんと頷きながら、次の呟きを見た。


『晩飯は妹の好物である卵料理にしようと思う。だが、バランスも考えて野菜もほしい。たしか安売りしていたほうれん草があったから、それはおひたしにする。あとはダイコンの味噌汁……妹が塩分を取り過ぎてもいけない。バランスだけではなく、減塩も――』


「ふふ、妹想いの奴だな」


『妹の髪を切ってやった。ヘアカタログを見ながら、1ミリも誤差なくやらなければならないので集中力をかなり消耗した。しかし、兄として……妹のヘアスタイルを乱すわけにはいかない』


「……ちょっと妹の呟きが多くないか?」


『今日は妹の身長を測って記録――』


「ま、また妹……」


『妹の睡眠時間を調整するために――』


 察した。

 一見、とてもまともそうだった副部長も、妹が絡むとやばい奴になるという……。

 そして、ダンジョン部に入る前後の呟きを見つけてしまった。


『あの金剛大和という先輩は、妹と似ている。身長と体重が。なにかシンパシーを感じたため、なんとかして助けてやりたいものだ。妹と似ているため。身長と体重が』


「ひえっ!? 身長はともかく、なんであたしの体重がわかるんだよ……」


 怖くなったのでソッと閉じた。

 助けてくれた雑すぎる理由も、感動の余韻ブレイカーなので見なかったことにした。


「あたし……こんな濃い奴らの部長なんて務まるのかな……。自信なくなってきた……病む、クソザコメンタル、病む……」


 そう溜め息を吐いていたら、グループチャットの誘いが来ていた。


「これは……? アイツらか」


 むすび、優友、副部長からの誘いだった。

 チャットルームに入ってみると、すでに三人が待機していた。


『あ、やっと部長が来たわ。ダンジョン部の主役はアナタなんだから、いてくれないと困るわよ』


「主役はあたしか……。火之神院むすび……、嬉しいことを言ってくれるじゃないか……」


『歓迎、歓喜』


「喜んでいるらしいが、カタコトになってるぞ……優友……」


『妹の勉強を見てやるので忙しいのだが。まぁ、また明日から部活でよろしく頼む、部長』


「副部長、また妹か! でも、『また明日から部活でよろしく頼む』……か。うん、そうだな!」


 色々と不安はあったが、やっぱりこんな奴らでも話していると大切な部員という実感が湧いてきて、部長としてのやる気も出てくる。

 チャットで返事を入力して、今日はもう寝ることにした。


「ふふ、おやすみ。あたしの大切で可愛い部員たち。また明日、ダンジョン部で会おう」




 ***




 画面に映し出されていた、大和のチャットの内容は――


『おいおい、ネットではお互い初めてなんだから、きちんと部長には敬語を使えよw まったく、ネットリテラシーというモノがなってないな、近頃の若者は!? まぁ、年長者のあたしが、そういうのも含めて追々教えていってやるよ。明日の部活動には一秒たりとも遅れてくるなよ! あたしと会える貴重な時間を無駄にしたら許さんぞ☆』


 とても残念な内容だった。

 部長の金剛大和もまた、トゥイッターではキャラが変わり、ネット弁慶で、クソザコメンタル特有のウザい煽り口調になるのであった。


『はいはい、見た目はすごく可愛いのに』


『了』


『うちの妹も時間にはうるさいから慣れている』


 それを平然と受け止める、部員も部員だった。

 ダンジョン部のチャットルームの邂逅は、こうして初日を終えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る