特待生VS蘇りし魔人ザガルマート2

「はぁはぁ……。脱出してしまえば、モンスターは外へ追ってこないわ……」


 明志は、両肩を二人に支えられながらダンジョンの外へと転移していた。

 ダンジョン内からの転移陣使用は、モンスターには行えない。

 そのため、外の東京にはモンスターが存在しないのだ。


「ゆ、優友がまだ中に……戻らなければ……」


 まだ意識が朦朧としている明志は、友のことを本能的に呟いてしまう。

 大和は一瞬辛そうな表情を見せたが、すぐに部長としての自信溢れる顔で答えた。


「心配いらない。危なくなったら、制服に付与されてる転移が発動するだろう! な~に、アイツなら……すぐにチャラい感じで、いつもみたいに……笑って……戻ってくるさ……」


「……そうですね。部長、俺が冷静さを欠いていました。すみません」


「ふん、ダンジョン部の部長は常に冷静なのだ!」


 明志は大きく息を吸い込んだ。

 周囲に見えるのは、東京冒険者学校の校舎の一つで、十階建ての建物だ。

 ダンジョンとは違い、人間の力によって作られた巨大なものを見ると心が落ちついてくる。

 外に出られた。

 もう安全だという心理が働くのだろう。


 そのとき、スマホが鳴った。

 転移で脱出した優友からだと思ったのだが、妹からの着信だった。


「もしもし?」


『あ~、やっと繋がった!』


「今までダンジョンの中だったからな……」


『そっか、丁度よかった! 今、そっちに向かってるところなんだ!』


「そうか」


『……あかしお兄ちゃん、なにか元気ない……?』


「いや……そんなことはない。心配するな。ただ、ちょっと学校側に報告することがあるから、待たせることになるかもしれない」


『は~い。あ、そだ。――不詳、妹のたま子! あかしお兄ちゃんの恋人むすびさんに挨拶もしたいのでありますよ!』


「ふふ、なんだその言葉遣いは」


『ちょっと嬉しいことがあって、テンションが上がっちゃって~。それじゃあ、切るね~』


「ああ」


 明志はスマホをポケットにしまった。

 妹と話したことによって、過度な緊張感が解かれ、物事を冷静に考えることができるようになった。


「まず、魔人が復活したことを学校側に報告しなきゃな……。いくらモンスターが外に出てこないとはいえ、練習用ダンジョンの中に誰も入らないようにしなければ……」


 ――そのとき、背後に気配を感じた。


「モンスター? 人間は異なことを言いますね」


 鼻をつくようなツンとした濃厚な魔力。

 明志は振り返った。

 青い肌、髪型はオールバック、角が生えている。

 整った顔立ちで邪悪に笑う存在――


「そ、そんな……ありえないわ……」


「吾輩は超常の存在、魔人ザガルマート。つまりモンスターではないので、転移陣からダンジョンの外にも出ることができますよ」


 ――死が立っていた。

 ダンジョン部の三人は一歩も動けない。

 練習用ダンジョンの外で出会ってしまったら、どうすることもできない。


「そんな……優友が……あたしたちのために稼いでくれた時間も無駄だったというのか……」


「部長……」


 大和はギュッと唇を噛み締める。

 なんのために勇気を振り絞って、あの場で残ってくれたのかわからなくなる。


「部長? ああ、思い出しました。その優友という人間が死ぬ間際になにか言っていましたね」


「……え? 死……?」


 魔人ザガルマートは、まだ動いている肉の塊を地面に投げ捨てた。

 ベチョリと落ちたそれを見て、大和の瞳孔が大きく開く。


「まさか……そんな……」


「心臓を抜き取ったあとに、残りの部分はどこかへ転移してしまいましたよ」


 優友の死を認識したショックで、大和は気を失ってしまった。

 むすびは怒りにわななき、刀を抜こうとしていた。

 しかし、斬り込んでも無駄と理解しているためにどうしようもできない。


「……ッ」


 明志も同じ怒りを感じていたが、一つ勝算があることを知っていた。

 それは明志自身に“魔力調整”を使って、“八倍撃”を放つことである。

 元の能力さえ上がれば、かけ算式にとてつもない威力が出るだろう。

 だが、成功すればの話である。


 元々、成功率は1%程度を想定しており、明志が魔力調整を使う基準である“勘”ですら失敗すると告げている。

 失敗すれば、明志はスキルが壊れて、行動不能になってしまうだろう。

 逃げることすらできなくなる。


「……くっ」


 そのとき、スマホが鳴った。


「おや? それはこちらの世界の通信装置ですね? どなたですか?」


「……たぶん妹だ」


「それはそれは、肉親は大切でしょう。どうぞ、出てください」


 魔人ザガルマートの言うことに従うしかない。

 明志は着信が妹であることを確認してから、通話を開始した。


「……もしもし?」


『えへへ、あかしお兄ちゃん。実は、ダンジョン攻略記念にサプライズプレゼントを用意しちゃいました~。それですぐ渡したいなってなって……ふふ、学校に着いたよ~! あ、もうお兄ちゃんが見え――』


「逃げろ! たま子ッ!!」


 明志は見てしまったのだ。

 魔人ザガルマートの表情が悪魔のように豹変し、漆黒の双眸の先には走ってきていた妹がいた。


「潰れてしまいなさい!」


 魔人ザガルマートは腕を大ぶりに薙ぐと、その先端から魔力の刃が飛んだ。

 規模は数十メートル以上の極大サイズ。

 それはたま子の横に建っている、十階建ての校舎を直撃した。

 信じられないことに、その巨大建築物が斬り割かれた。

 形を保ったまま落下し、たま子の頭上へ迫ってくる。


「え……?」


 状況が理解できないという呆気にとられたたま子は一歩も動けず、ただ潰されるのを待つだけだった。


「やめろおおおおぉぉおッッ!!」


 明志は喉が壊れそうなほどに絶叫した。

 友の死に続き、最愛にして唯一の家族すら失うのだ。


 ――幼い頃、両親を失ってから、ずっと大切に守ってきた妹。

 きっと、あのときから明志一人だったら、孤独に耐えられなかったのだろう。

 妹を守ることによって、自分自身の心も守っていた。

 たま子に守られていたのだ。


 寝付けないと言われたら、寝るまで側にいて話をしてやる。

 お腹が空いたら、貧乏なりに手をかけて一生懸命慣れない料理をして、腕前を上げていった。

 友達がいないと言われたときは、自分も友達の作り方がわからないので、なるべく寂しくないように側にいてやった。

 子ども二人で生活するには金も必要だった。

 妹のために睡眠時間を削り、必死に働いた。

 けど、それは苦ではなかった。

 妹のためになるのなら、自分はどうなったっていいと本気で思っていたのだ。


 妹のため、信用していない大人になりふり構わず助けを求めたこともあった。

 けど、それはいつも踏みつぶされてきた。

 大人は虐待する。大人は汚い。大人は誰かを利用するだけ。大人は利害が一致しないと動かない。大人は助けてくれない――


 走馬灯のような思考の中、形を保った校舎はたま子の頭上に落下した。

 世界の終わり、絶望を感じた。

 その瞬間――


「大人として、キミの重すぎる重力を解放しに来たよ。明志くん」


 落下はしたが途中、何者かのスキルによって数百トンの超質量が支えられていた。

 全世界で最も練度が高いであろう魔力が渦を巻いている。


「あ、あなたは――」


 それは高い身長に、少し日焼けした肌、軽薄そうな笑みを浮かべた優男。

 ランカー三位“重力皇帝”こと、クラウディウスだった。


「お待たせ~♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る