特待生VS蘇りし魔人ザガルマート3
「……クラウディウス先生」
「ちゃんとした大人っていうのは嘘は吐かない。キミを助けるって約束は必ず守るさ。……でも、その、ちょっとね……」
余裕の表情だったクラウディウスのだが、一筋の汗を流していた。
「やりたくてもできない場合もあるんだ、うん」
「え?」
「実を言うと、明志くんの妹を守るだけなら可能なんだけど、この浮かせてる校舎の中には生徒が残っている」
今日は“迷宮記念日”で祝日なのだが、それでも学校に来ている生徒たちはいる。
校舎の中から響く悲鳴が、その証拠といえるだろう。
今、重力で浮かせているだけの崩れかけ校舎を下手に動かすと、それが自壊して被害が大きくなってしまうのだ。
「……正直なところお手上げかな」
「いえ、助かりました、クラウディウス先生。これで――覚悟が決まりましたから」
明志は、クラウディウスに対して最大の敬意を払って一礼すると、魔人ザガルマートへ向き直った。
「ほう? なんの覚悟が決まりましたか?」
「お前を倒す覚悟だ、ザガルマート」
「ふふ……ふははは! 生きてきた年月も、実力も、到底この吾輩に及ばないひよっこが何を言う? お前の全力の一撃はすでに見ているぞ!」
リスクを恐れなければ、なにも怖くはない。
それがたった1%しか成功率がない――つまり99%失敗するというリスクでも。
「【無色Lv0】
対象は自分。
他人に使うより、自らの魔力は見えにくいために難易度が跳ね上がる。
明志の中の“勘”も今回は絶対に失敗すると警鐘を鳴らし続けている。
しかし、そんなことは関係ない。
友を殺し、妹まで殺そうとした魔人ザガルマートは絶対に許せない。
その魔人の領域に手が届くのなら、リスクは考えない。
たとえるのなら、失敗すれば壁に激突するチキンレースだ。
それをフルスロットルで走り抜ける。
もうどうなっても構わない。
成功する1%を掴めばいいだけだ。
スキル起動。
身体中を組み替えられる感覚が、全身を駆け巡り――
「う……うぐぁぁッ!?」
――激痛が走った。
腕が、脚が、胴体が、頭が堪えがたい痛みに支配される。
神経だけ剥き出しにされて、ヤスリで削られているような錯覚を覚える。
当たり前のようだが、99%の失敗を引いた。
「急に苦しみだして、どうしましたか? やれやれ……生かして捉えたいというのに。よっぽど、肉親に心残りがあるようですね。断ち切っておきましょうか」
魔人ザガルマートは大きく腕を薙ぐと、たま子に魔力の刃が飛び――
「守っていた人間ごと真っ二つですね」
明志の中で何かが接続された。
***
「ほう? なんの覚悟が決まりましたか?」
暗転した明志の意識が戻った。
眼前には魔人ザガルマート。
なにか聞いたことがあるようなセリフに違和感を覚える。
必死の形相でクラウディウスとたま子を確認すると、無事だった。
「どういう……ことだ……?」
魔力調整に失敗して、魔人ザガルマートが二人を殺したはずだった。
しかし、今の明志には痛みもないし、二人も生きている。
残るのは記憶――それと妙な疲労感だ。
先ほどまでのことが幻覚だったとしても、実際に魔力調整を失敗した精神負荷だけは溜まっているような気がする。
「いや、今はそんなことを考えている場合じゃない……。俺はお前を倒す覚悟を決めている、ザガルマート!」
「ふふ……ふははは! 生きてきた年月も、実力も、到底この吾輩に及ばないひよっこが何を言う? お前の全力の一撃はすでに見ているぞ!」
やはり、それは記憶にあるセリフだった。
しかし、すでに覚悟は決まっている。
行動は絶対に変えない。
「【無色Lv0】魔力調整」
記憶と同じように激痛が走り――……再びスキルは失敗した。
「急に苦しみだして、どうしましたか? やれやれ……生かして捉えたいというのに。よっぽど、肉親に心残りがあるようですね。断ち切っておきましょうか」
魔人ザガルマートは大きく腕を薙ぐと、たま子に魔力の刃が飛び――
「守っていた人間ごと真っ二つですね」
***
「ほう? なんの覚悟が決まりましたか?」
明志は再び、同じタイミングへ戻ってきていた。
確かに残るのは魔力調整二回分の精神負荷だ。
一回で何日も徹夜を続けるような疲労が蓄積していく。
「そういうことか」
「……ん? なぜ笑う? それに急に疲れた顔をしていませんか? ひよっこ」
明志は無意識にニィッと口角を吊り上げていた。
現状を理解し始め、相手を倒す方法を見つけたからだ。
倒す方法、それは単純なことだった。
1%を引くまで、愚直なまでコレを耐え続ければいいのだ。
それからひたすら繰り返した。
身体に走る激痛、クラウディウスとたま子の死、疲労が残ったまま数分前に戻る。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し――
蓄積される精神負荷は、心の死に似た眠気へ誘う。
手放してしまいそうな意識を、たま子の悲惨な姿を見て奥歯を噛み砕き、なんとか踏みとどまる。
その中で、これがどういう原理なのかというのも考える時間があった。
魔人ザガルマートが復活したときに明志へ言っていた『見つけた――
アカシックレコードとは、過去現在未来のすべてが記録されているという概念である。
明志は両親から、これが“あかし”という名付けの由来だと聞かされていたのだ。
当時はなんのことかわからなかったが、今のこの状況からならいくつかの推測ができる。
明志の確実に当たる“勘”や、本来は関与できない他人のスキルをイジれる“魔力調整”――そして、何度も結果をやり直している現状。
アカシックレコード、つまり運命を無意識に知ることができるのが明志のスキルなのかもしれない。
現状のやり直しも、実際には先のことを体験しているだけという可能性も高い。
疲労だけが蓄積してしまうのは、きっと人間の精神が耐えられないためだろう。
それなら簡単だ――
明志は、心が壊れてしまってもいいという勢いで、ひたすら99%の失敗を繰り返していく。
それが三十回ほど続いたときだろうか。
「この感覚……成功する可能性が2%くらいになっている……?」
失敗することによって、コツを掴んできたのだ。
2%……3%……4%……段々と成功率が上がっていく。
同時に、明志の精神は人間という存在から離れていく。
疲労を無視したスキル使用、最愛の妹を守るため、ひたすら最愛の妹を殺されるという異常性。
自ら受け入れる狂気、狂気、狂気の連続――
時間感覚はとうに壊れた。人間感覚――味覚聴覚視覚触覚嗅覚も壊れた。
あまりにも大きな代償を糧として、魔力調整が洗練されていく。
明志の脳内は黒いグシャグシャの線、塗り潰された友の顔、血だらけの千切れた妹の断片だけが蠢いていた。
そして――数え切れないほど繰り返し――ついに至る。
「ほう? なんの覚悟が決まりましたか?」
「……コロス」
「ひっ!? なんですかその禍々しい魔力は!? そもそも、なぜ吾輩にも魔力が見える!?」
魔人ザガルマートからすれば突然、明志が豹変したように見えるだろう。
何度も何度も何度も……繰り返し、乗り越え、人の精神の限界を超えた存在。
アカシックレコードとスキルで同化し、運命を絶対支配するシステム。
属性レベルは無色から、
「【
明志の右腕が指先から徐々に透明となり、拳に装備されているドラウプニルグローブだけが実体があることを示唆していた。
水面の波紋のような透明な魔力が広がる。
眼前の魔人ザガルマートは恐怖と歓喜に打ち震える。
「そ、そうか……わかりましたよ……! 強すぎる魔力が視覚化されているんですね……ハハハハ!? この発見を持ち帰れば、以前、あの人間をさらった上級魔人よりも手柄が――」
「【ドラウプニルグローブ】
目にも見えない早さで、その透明な拳が動いていた。
拳は魔人ザガルマートの鼻先スレスレで止まる。
「こ、このような過ぎた力……吾輩に当てる前に力尽きましたか――」
刹那の静寂のあと――
ピンッ。
指を弾く小さな音がした。
それは以前、出会い頭に魔人ザガルマートが放った攻撃方法と同じ一撃。
すなわち――デコピンである。
「ア――バッ――ッ」
音もなく、ただ世界が白く光った。
中指一本弾くだけの魔力が膨大すぎて、光として可視化され、超超広範囲に広がったのだ。
本来なら周囲全てが消滅してもおかしくないのだが、極限まで高められた指向性により――魔人ザガルマートの上半身が消滅した程度で済んだ。
そのままエネルギーは消えず、飛び続け、月を削り取りながら宇宙の彼方へと消えていった。
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