特待生、最下層ボスに挑む

 基本的にダンジョンの階層というのは、入り口の休憩エリア、道中のフィールド、ボス部屋という三構造になっている。

 しかし、最下層だけは休憩エリアからボス部屋に直行できる構造だ。

 きっと、ダンジョンという存在は冒険者の『いや~、道中で体力を削られちゃって本気を出せなくて……』という言い訳すら許さないのだろう。


「それじゃあ、みんな準備はいいな?」


「ええ、もちろんよ」


「おう! これでジ・エンドだぜ!」


「カッカッカ! ダンジョン部の輝かしい第一歩の礎としてやろう、ラスボスめ!」


 明志の問い掛けに、むすび、優友、大和が気合いの入った返事をした。

 身も心も準備万端である。


「この十層ボスを倒したら、脱出用の転移陣が出現するはず。もし、パーティーの誰かが欠けても、そこから脱出で」


「縁起でもないことを言うなぁ、親友」


「まぁ、平気だと思うが念のためだ」


 そう優友に笑いかけてから、明志はボス部屋の扉を開けた。

 中は想像以上に広かった。

 横や奥に広いだけではない。

 天井までも高いのだ――まるで巨大な“何か”が空を飛ぶように想定しているかのように。

 その奥に眼を光らせるボスモンスターが鎮座していた。


「で、でけぇ……アレが本物のドラゴン……」


「サンダードラゴン、練習用ダンジョン最後のボスだな。……駆け出し冒険者の最初の難関と言えるだろう」


 サンダードラゴン――それは全長五メートル以上はあり、見上げるような巨体が影を落としていた。

 黄色く硬い竜鱗が全身を覆い、大きく裂けた口元から牙が見えている。

 その全体のシルエットは竜のシャープなイメージとは違い、どっしりと横幅がある重量級だった。

 入ってきた害虫サイズのパーティーに気が付くと、パリパリと帯電を始めた。


 パーティーが初めて対峙する本格的なボスモンスター。

 強い魔力が肌を刺激し、威圧感が場を支配する。

 怖じ気づいてしまってもおかしくないのだが、いつもと変わらない自信で明志が口を開いた。


「この勝負はお前がカギだ、優友」


「……へへ、わかったぜ親友! 防御用に魔力調整してもらったおれっちの力、見せてやるぜ!」


 優友が前に出てガード姿勢を取るのと同時に、サンダードラゴンは電撃を放ってきた。

 大気を弾けさせる耳障りな大音量が響き、広範囲にウェーブ状の稲光が刺さっていく。

 普通なら一瞬で、強靱な肉体を持つ冒険者すら麻痺させるだろう。

 しかし、その雷雲のような中でも、優友は耐え続ける。


「つ、土属性は使えないって言ってた奴もいたけど、相性次第ではやれるもんだぜ!?」


 多少、腰が引けているが……両腕に魔力岩をまとわりつかせ、それを前方でクロスさせてガードしきっていた。


「この練習用ダンジョンでサンダードラゴンの攻撃に耐えるには、本当ならもっと高レベルのパーティーで、人数も必要だからな。優友がいなければ、こんな計画は実行できなかった」


「珍しく褒めてくれるのな! 嬉しいぜ親友!」


 しばらくすると、サンダードラゴンは息切れを起こして攻撃を中断した。

 この隙に反撃を狙えそうだが、パーティーとの距離は二十メートル程度ある。

 もし遠距離スキルを使っても、ボスの耐久力を削りきれるとは限らない。

 その数秒後、サンダードラゴンは再び電撃を放った。


「この攻撃範囲、射程……やはり厄介だな。――となれば」


 明志は、むすびに視線を送った。

 それだけで意思が伝わる。


「ええ、わかったわ。次のタイミングでいくわ!」


「俺の運命、みんなに預けるぞ」


 しばらく電撃が続く最中、大和は神経を集中させて、感覚を研ぎ澄ませていた。

 電撃が途切れる瞬間を一秒でも早く、正確に予測するためである。


「三……二……一……今だ!! 撃て、我がライバル!」


「部長、別にライバルでもなんでもないですからね!?」


 予測通りに電撃が止んだ瞬間、むすびが飛び出して遠距離スキルを放つ。


「【炎Lv3】上級火球ハイ・ファイアーボール!」


 上級火球はサンダードラゴンの顔面に直撃した。

 爆音とともに、煙が立ち上る。


「やったか!?」


 しかし、煙が消えたあとのサンダードラゴンは軽傷だった。

 表皮に軽い火傷を負ったくらいだろう。

 通常の攻略法としては、このサンダードラゴンの耐久力を少しずつ削りながら、雷撃も防ぐという過酷な長期戦を強いられる。

 そのためにパーティーの人数をかなり増やさなければ攻略できない。

 体力に余裕のあるサンダードラゴンは、ニヤリと笑ったように牙を見せてから、再び雷撃を放とうとしたのだが――


『……!?』


 その視覚が、地べた走ってくる無防備な冒険者――明志を捉えていた。

 すでに距離を詰めてきていて、近接攻撃の範囲に入りかけている。

 いつの間に近付いてきたのか?

 それは上級火球が最初から煙幕目的の囮で、その背後から走っていたのだ。

 一撃ではサンダードラゴンを倒せないという強さを計算していた、ある意味敬意を払った行動。


『グルォォオ……!』


 サンダードラゴンは雷撃から、鋭く巨大な爪を使った近接攻撃に切り替えようとしたが、すでに遅かった。空に飛んで距離を取ることもできない。


「これで決める――【ドラウプニルグローブ】八倍撃オクテット!」


 危険な懐に飛び込み、間合いゼロの密着状態から放たれる一撃。

 それはサンダードラゴンの巨体を穿ち、質量を完全に無視した衝撃によって神話を屠る。

 まさに現実世界ではありえない――ファンタジーの光景が広がる。

 人はそれを竜殺しと呼ぶのだろう。


「最終十層、クリアだ」


「すごい……私たち、ついにやったのね……たった三日で……」


「はぁ~……。予習していたとはいえ、気が気じゃなかったぜ~……」


「こ、これでダンジョン部の廃部が回避できたぞぉー! やったー!」


 奇跡の超速クリアに喜ぶパーティーメンバーたち。

 明志はドロップした雷竜の魔石を拾い、辺りを見回した。

 地上に戻るための転移陣も出現していて、あとは帰るだけとなった。

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