特待生「お、俺、実はラブコメがしたいんだ……!」

 ダンジョン関連企業最大手、火之神院ひのかみいんグループのスキル解析チームは驚愕した。

 実技試験前の検査でやってきた少年の解析結果が、スキルカラー“無色ノーカラー”だったのである。

 通常検査ならスキルを使えない“才能無し”と判断して切り捨てられるのだが、驚いたのはここからだ。


 ダンジョン産の超希少金属オリハルコンが使われている、世界で数台しかない量子コンピューターで精密検査したところ、魔力の流れが計測された。

 スキルカラーの存在しない、スキル使用者。

 それは世界初の発見である。


 スキル解析チームは、このことを火之神院グループのトップに報告。

 現データは機密事項とされ、筆記もだった少年――明志を特待生として招き入れ、国家レベルの観察対象とすることが決定された。


 明志は無色ではなく、限りなく透明で観測できない色――“無色透明クリアカラー”と名付けられた。

 その特異性は、まだ明志本人は気付いていない。




 ***




「やっと午前の授業が終わったか……」


 明志が特待生となって高校生活を始めてから、数日が経っていた。

 昼休み、教室の机で遠くを見つめながら、未だに特待生となったことが信じられないといった様子だ。

 自分の身を包む、東京冒険者学校の黒を基調とした制服を眺めながら、受験当時を思い出す。


(あのときの簡単すぎる筆記試験は――たぶん学校が裏をかいたのを、俺が偶然にも運良く正解してしまったのだろうな)


 ……と思っていたのでまだ納得できていた。

 しかし、なぜかその後の実技試験は行われず、検査をしただけで終了してしまったのだ。

 明志は過去、民間の病院で検査を受けたことがある。

 そのときは“無色”――つまりスキルを使えないと判断された。

 だが、実際はスキルを使えている。


 今までの考えとしては、現状使えている【魔力調整コンダクター】は、それだけ微々たるものという認識だったのだ。

 実際、むすびや優友といった波長の合う者の不調を治したりする程度で、大多数の冒険者に使うと制御が難しすぎて大変なことになる。

 特にダンジョン嫌いな明志にとって、まったく価値を見いだせないものだった。

 しかし、それでも魔力調整については秘密にしておいた方がいいと言われた。

 スキルを知っているむすびと、優友も口止めされたらしい。


「よっ、明志。今日もボンヤリとしてるなぁ」


「優友か」


 同じクラスになった優友が、隣の席から話しかけてきた。

 入試の縁もあり、エリートが多いこの学校でも遠慮せずに接することができるし、一番親しい間柄かもしれない。


「しっかし、お前の【魔力調整】すげぇよなぁ。おれっちの石つぶ一つでやっとだったスキルが、あの後の実技試験で岩石の剛速球を放っちまって、大注目されたぜ……!」


「俺は優友の“色”を整えただけだ。元からある才能はお前のものだぞ」


「ははっ。そういうおれっちを尊重してくれる言い方、惚れちまうぜ」


 優友が意外と筋肉のある腕でじゃれるように抱きついてきたが、暑苦しいので面倒くさそうな表情をしながら引き剥がした。


「惚れるならクラスの女子にしておけ……」


「いや~……そうしたいのはやまやまなのですがね~……。夢見ていた冒険者学校のラブコメ生活にはならず……」


「ラブコメ? なんだそれは?」


 なぜか溜め息を吐いている優友に対して、明志は純粋な疑問をぶつけた。

 普通の男子なら持っているサブカル知識でも、妹のためにバイト漬けだった明志には縁遠い世界なのだ。


「ラブコメっつーのは……これよこれ」


 優友が見せてきたのは、可愛い男女のイラストが描かれている小説だった。


「それか?」


「そう! 男子が何よりも優先し、求め続ける! それがラブコメ!」


「なるほどな」


 明志は意味もわからず、とりあえず頷いておいた。

 こういう知識においては大体が、優友の主張が正しいと学んだからだ。

 ――と、そこに火之神院むすびがやってきた。


「ご機嫌よう、田中明志。今日も勉学に励んでいるかしら?」


 モデルのような歩き方から、自信ありげに腕を組むハイソな仕草。

 その一つ一つが、芝居めいた優雅さを携えている。

 まさに誰もが思い描くお嬢様だ。


「火之神院、お前学校での普段の喋りは面白いな」


「う、うるさいわね! 私は立場ってものがあるんだから仕方がないでしょ!」


 火之神院むすびの氷像のように調った表情は一瞬で溶けて、年相応の可愛い少女の顔になってしまった。

 なぜか明志の前だと格好が付けられないらしい。


「む~、どうも貴方と話していると調子が狂うわ……」


「最初に出会ったときもそんなのだったし、そっちが素なんじゃないのか?」


「うぐぐ……。まぁいいわ! まぁぁぁ別にいいわよ! そんなことより、私と一緒にダンジョン部に入って、パーティーを組みなさい!」


「……またそれか」


 明志は入学後、ひたすら火之神院むすびから、このような猛アタックを受け続けていた。

 登校するときも、放課後も、夕食の買い出しも――とにかくやたらと出会っては勧誘されるのだ。

 もはやストーカーといっても過言ではない。


「いいな~明志。火之神院グループのお嬢様から、常日頃から言い寄られてさ~……」


「優友……言い方……」


 優友がそう思うのも無理はない。

 今まで異性のことなど見向きもしなかった火之神院グループの跡取り娘が、四六時中クラスメイトの男子高校生に付きまとっているのだ。

 明志本人はたまったものではないが、周りから見たら羨ましい限りだ。


「さぁ! 田中明志! 今日こそ返事を聞かせてもらいましょうか!」


「……いや、だからダンジョンに興味がなくてだな……いつも通りお断りだ」


「イエスか、……それに繋がりそうな返事以外は聞こえないわ! あー、あー聞こえな~い」


 横にいる優友が小声で『火之神院のお嬢様、明志と喋る時だけIQが極端に下がるよなぁ……』とツッコミを入れていた。

 明志も頷いて同意。

 こうなっては、理性的な会話にならないのだ。

 放課後ならどうにかして寮まで逃げ切るのだが、今は昼休みの最中だ。

 非常に面倒くさい。


「大体なによ! 冒険者学校にトップで入学して特待生になったのに、ダンジョンより大事なものがあるっていうの!?」


「えーっと、それはだなぁ……」


 明志の目の前に、火之神院むすびの可憐な顔が迫ってきた。

 ふわりとした女子の香り。

 お互いの息がかかりそうな距離。

 しかし言い知れぬ勧誘の圧が凄い、それがすべてに勝る勢いだ。

 さすがの明志も目を泳がせて動揺するしかなかったのだが、そこでふとあるものが目に入った。

 ――それは優友が持っていた小説である。

 これだ! と断る手段を閃いた。


「お、俺、実はラブコメがしたいんだ……!」


「は? ラブ……コメ……?」


「俺は迷宮探索よりラブコメがしたいんだー!!」


 あまりに突拍子もない言葉。

 明志本人はラブコメの意味さえわからなかったが、男子にとって何より優先すべきものと優友に教わっていたため、もうやけっぱちで叫ぶ。

 呆然とする火之神院むすびを見て、やっと断れそうな手応えを感じていた。

 しかし――


「そ、そう……。それなら、私がパーティーを組みながらラブコメをしてあげるわよ!」


 明志は“えっ、ラブコメとダンジョンって両立するものなのか?”と、優友に視線を投げかけると、なぜか祝福するような笑顔とサムズアップを向けられた。


 その日から、学校中に奇跡のカップル成立の情報が駆け巡ったのであった。

 エリートが集う東京冒険者学校でも、色恋沙汰は人気らしい。

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