貧乏苦学生、入試問題が簡単すぎて引っかけかと疑う

 明志は諦めムードで入学試験が行われる教室にやってきた。


「さすがマンモス校……どんだけ広い教室があるんだ」


 数百人を想定した広大な室内に、固定の長机がいくつも並んでいる。

 明志がいた中学と違って、表面に落書きや欠けた部分がなく、シックな家具のような高級品だ。

 席に座って手触りを確かめると、ヒンヤリとしていてサラサラ。

 若干の魔力も感じ取れるので、ダンジョンで採れた素材を使っているのかもしれない。

 さらに床や天井の素材からは、なにかこちらを探るような魔力の特殊な流れすら感じ取れる。


「よ~う、あんたがお隣さんか? おれっちは石土いしづち優友ゆうと、よろしくな~」


 明志の隣に座っていた少年が話しかけてきた。

 同年代のように見えるが、口調は軽く、脱色した髪の毛がさらにチャラい雰囲気を醸し出していた。

 しかし、どこか人なつっこい表情をしているので、悪い印象はない。


「田中明志だ、よろしく」


「はぁ~あ。ったく、聞いてくれよ明志ぃ~……。うちの親ときたらさ~」


 いきなり会話の距離感が近いが、明志は気にせず『ふむふむ』とマイペースに相づちを打つ。


「『とりあえず、最難関の東京冒険者学校も受けておけ』って言ってきてさ~……。おれっち、あったま悪ぃから、きっついと思うんだよねぇ……。使える系統も……ええとアレ、なに系統って言ったっけ?」


「色式判別系統――スキルカラーだな。スキルを使うときに高まる魔力に色が付いていることから、それを後天的に増えるスキルの強さや数の判断基準にしている。個人差はあるが、レアな色ほど強いというのが学説だ」


「お~、先生みたいな口調だ。そうそう、そのスキルカラー? おれっちは“マホガニーブラウン”つってさぁ、微妙って言われてる土っぽいスキルカラー。頑張っても石つぶ一つ生み出す程度なんだよ~……。地味すぎてマジ終わってる……。つーか、これで試験に受かれとか、親は無茶ぶりしすぎなんですけど……」


 優友はこの世の終わりのような表情をしていた。

 一度使えないスキルカラーと評価されたら、まず覆せないため、冒険者になるのは難しいのだ。


「俺は親がいないからわからないけど、きっと優友のことを心配してくれてるんじゃないか?」


「親がいないっておま……。いや、そうだな……確かに心配で言ってくれてるんだろうな。なんか初対面でこんな話して……ごめん。不安だと口数が多くなっちまうんだ……」


「気にするな。俺も親のありがたさというのは、いなくなってから気付いた」


「へへ……。明志、お前大人びてるな。よし、隣の席になった縁だ! 一緒に合格したら学食を奢ってやるよ! おれっちの土属性でも、運がよければ受かるぜ! たぶん!」


「万年金欠だから助かる。まぁ、俺も受かるか厳しい立場だけどな」


 出会ってすぐの明志と優友だったが、不思議と気が合った。

 二人は少年特有の純粋な笑みを見せた。

 人付き合いが苦手な明志にとって、珍しく親しい人間ができたのかもしれない。

 ――と、そこに一人の学生がやってきた。


「ハズレの土属性ですか。横の貧乏人とお似合いのコンビですねぇ?」


 それは会場入り口で明志に罵詈雑言を浴びせてきた牛光だった。


「な、なんだと!」


「おや? ハズレの土属性さんが、本当のことを言われて怒りましたか? 現に、トップランカーに土属性はいないのですからねぇ?」


 優友は立ち上がり、牛光の胸ぐらを掴んで睨み付けた。


「テメェ……」


「ひっ!? な、なんですか!? アナタの土属性が使えないのは当たり前のことで――」


「おれっちのことはどうだっていいが――明志のことは悪く言うんじゃねぇッ!!」


 明志は内心驚いていた。

 まだ出会って間もない優友が、明志のために真剣に怒ってくれているのだ。

 牛光もそのことで混乱していた。


「ど、どうして誰も彼もが、こんな小汚い貧乏人を……。は、放してください! もう試験が始まりますよ! 暴力沙汰で訴えてもいいんですよ!」


「チッ」


 一触即発だったが、押し黙る明志も二人を引き剥がすように仲裁をしたため、殴り合いになる事態は避けられた。


「ふんっ! どうせ試験は僕が受かって、身の丈に合わないアナタ達は落ちるんですけどね! 一日だけ吸える、この学校の崇高なる空気を満喫しておくのですよ!」


 牛光は憤慨しながら立ち去ろうとしたのだが、そこで明志が背中側から一言だけ呟いた。


「牛光、お前も身の丈に合わないことは止めておいた方がいいぞ――これは忠告だ」


「くっ、汚らしい貧乏人が!」


 離れた席に移動した牛光を見送りながら、明志はやれやれと思った。

 それは嫌味でもなく、ただの良心からのアドバイスだったのだ。

 明志は先ほど牛光に触れたとき、普通は知覚できない体内の魔力の流れとスキルカラーから、相手がどんなスキルか大体理解した。たぶん光の屈折率を操る効果だ。

 加えて、牛光の絶対的すぎる自信や最低の性格と、このぱっと見は監視の目が少ないように感じられる特殊な部屋というシチュエーション。

 これからどんな汚い手段を使って試験を有利に進めようとしているか、予想することができたのだ。


「先が思いやられるな」


「ん~? なんか言ったかぁ、明志?」


「いや、他愛もない独り言だ。それより……さっきは、その、俺のために……」


「あっはは! つい熱くなっちまっただけだっつーの!」


 ここに来てから初めてできた友達に、少しむず痒さを感じるのであった。




 筆記試験が開始された。

 驚いたことに、この広い部屋に試験官が一人しかいない。

 しかも、試験が開始されたら、その試験官は一番前の机に突っ伏して寝ていた。

 部屋に監視カメラの類はなく、どう考えてもカンニングなどの不正がやり放題だ。


 だが、明志は特に気にせず解答用紙に目を落としていく。

 世界各国のダンジョン中層までのモンスター生態や、学会で数年間も物議を醸している“スキルカラー最終定理”を答えていく超難問だった。

 これには会場の受験生たちは頭を抱えていた。

 研究者が解けないものを試験問題にするという馬鹿げた内容。それは絶対に満点を取れないようにしているためだ。


 しかし、明志は“なんだこれは……?”と首を傾げた。

 予想していたより、異常に簡単な問題なのだ。

 すべてが親から教えられたダンジョン知識より、大幅に劣っている。

 それからジッと様子見して試験時間の九割経過後に、どういうことか理解した。

 これはきっと、超高度な引っかけ問題だと――


 明志は明志で勝手に“どうやっても合格できないな……”と納得して、とりあえず引っかけとわかっていも、持ちうる知識でスラスラとすべてに記入したところで試験が終了した。




 ***




 さらにいくつかの科目が終わり、残すは実技だけとなった。

 呼ばれた順番でスキル解析ができる別室に移動することになっている。

 それまでは筆記試験が行われた、この会場で待機だ。


「やぁ、貧乏人。一つや二つはうまく答えられたかな?」


「お前か……牛光」


 牛光は、もう隠そうともしない見下す態度で近付いてきた。

 醜悪といっていいだろう。


「俺は引っかけ問題を解けそうにないから、テキトーに記入しておいた。よかったな。お前の目論見通り、俺も試験に落ちそうだ」


「ははは! 俺も、ということは、そっちのハズレ土属性と一緒に落ちるのですか!」


「いや? 俺と――カンニングがバレているお前のことだ」


「……は?」


 明志の声に合わせたかのように、いつの間にか牛光の横に試験官がやってきていた。

 そして、その試験官が柔和な笑みを浮かべて明志に話しかけてきた。


「なるほど。そこのキミだけは……部屋の仕組みに気付いていたわけかい?」


「魔力の流れが見えれば、気付かない方がおかしい」


「……魔力の流れが……見える……だって? おっと、そこの牛光君は逃げようとしてもダメだよ」


「ひっ!? 【光Lv1】浮遊する鏡マジック・ミラーッ!」


 牛光は会話の最中にスキルで光の屈折を発生させ、試験官の目を欺いて逃走しようとしていたのだ。

 試験官がニヤリと歯を見せて、手をかざす。


「まったく、無駄なことを――【重力Lv10】絶対なる接吻グラビティ・バインド


 突然、牛光は無様に倒れて、動けなくなっていた。

 発動が早すぎて、周囲のほとんどは理解できていなかっただろうが、スキルで魔力の流れがわかる明志だけは確実に見えていた。

 試験官が超精密な重力操作を広範囲に行うことによって、牛光を強制的かつ安全に倒れさせたのだ。

 床にキスをしているのが、不潔といえば不潔だが。


「ほう、本当にキミには見えているらしいね」


 試験官は、明志の視線の動きを密かに観察して、多少なりとも異常さに気付いていた。


「今年はダンジョン事情が面白くなりそうだ。キミには期待している」


 そう言うと、そのまま机の方に戻って、試験官はまた寝てしまった。

 牛光は潰れたカエルのように惨めな格好のままなので、試験官は寝ていてもスキルをコントロールできるのだろう。


「す、すげぇ……アレが最上級のLv10スキルかよ……。確かあの人、プロ冒険者。しかもランカー三位の“重力皇帝”だぜ……。そいつから認められるって、明志お前……」


 今まで横で呆然としていた優友が、目をぱちくりさせていた。


「そうだな。確かに試験官は、色のまとまりと流れが調っていて見事だった」


「……色のまとまり? 流れ? 明志、何を言ってんだ……?」


 明志は説明するより早いというように、優友の腕を掴んだ。

 そして、スキル【魔力調整】を使用した。


「よし、優友のばらけていた色を整えた。あとは魔力の流れを上手く意識すれば、いつも以上の力が出るはずだ」


「お、よくわからないけど、何か身体が軽くなった気がするぜ。明志、お前サポート系のスキルだったのか。サンキュー!」


 ――その直後に明志は実技のためのスキル計測に呼び出されて部屋から移動したのだが、優友に言い忘れていたことがあった。


「……あ。さっき、スキルの効果が500倍くらい上がったと伝えていなかったな。まぁ、俺なんかに言わなくても気付いてるはずだ」


 明志はそのまま検査したのだが、なぜかその直後に白衣を着た大人たちがざわつき、特待生として入学が決定してしまった。

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