特待生、旧財閥令嬢が上る脚立を支えることを強要されるも……?

 残る一人の部員捜し。

 お決まりのパターンだと一波乱あってから、やっと最後の一人を見つけたとなるのだが、現実は意外と呆気なく見つかってしまった。

 放課後に暇を持て余していた優友である。


「え? ダンジョン部? うん、いいよ~。面白そうだし、おれっち入るよ」


 速攻で入部決定である。

 そうして次の日、廃部を逃れたダンジョン部は活動を再開しようとしたのだが――


「部室がヤンキー集団に荒らされていて汚い……。これは掃除からだな」


 部室を眺める明志、むすび、優友、大和の四人は遠い目をしていた。

 床にコンビニで買ってきた物を食べ散らかした跡があり、壁は無駄に洗練されたグラフィティアートが描かれ、棚などは漫画雑誌が放置されている有様だ。


「どうだ、ひどいだろう? あたしも部長として、全力で立ち向かって止めようとしていたのだが、僅かばかり力が及ばず……。まぁ、あたしだけでも何とかなってそうだったけどな! カーッカッカッカ!」


 明志は、大和が不良に全力土下座をして頼み込んでいたのを思い出したが、それには突っ込まないでおいた。


「よし、それじゃあ掃除を始め――」


「あ、そうだ明志! おれっちは大和ちゃんと一緒に買い出しに行ってくるよ~! 色々と入り用だし、お互いに紹介もしつつね!」


「ん、なんか唐突だが……わかった。優友と部長、そっちは頼んだ。こっちは俺とむすびで掃除しておく」


 なぜか急に提案をしてきた優友だったが、いきなり名前を出されて首を傾げていた大和を引っ張って、部室の外へと行ってしまった。

 残された明志とむすび――


「さてと、それじゃあ掃除を始めましょうか」


「ああ」


 二人は黙々とゴミ拾いを始めるのだった。

 しかし、明志は気付いていない。

 この状況が、むすびによって仕掛けられた罠だったということに。


(ククク……予想通りの展開に誘導できたわね)


 むすびはニヤリと計算高く笑う。


(優友くんに協力してもらって、邪魔な部長を排除。そして現在、明志と私が二人っきりに! ここから上手くラブコメシチュに持ち込めば、田中明志に言うことを聞かせられるチャンスだわ! 長引かせてじれじれの……うふふ……)


 そんなことを知らない明志は、ゴミを袋の中に詰めていく。

 清掃バイトと家事で慣れているのか、超速で手際よく、機械のような正確さだ。

 驚くほどのゴミ集め力、まさに掃除の神が宿っていると言っても過言ではない。


(ま、まずい! 速い、速すぎるわ! 二人の共同作業が一瞬で終わってしまう! これは急いでプランBに移行しなければ!)


 むすびは深呼吸してから、渾身の演技を始めた。


「ね、ねぇ~田中明志ぃ~?」


「なんだ? 俺は今忙しい」


「ほ、ほら。あの高い棚の上をご覧なさいよ? あそこに雑誌が乗せられているわ。アレもどうにかしなきゃ」


 むすびが指差す先には、三メートルちょっとの高い棚の上に雑誌がわかりやすく置かれていた。


「ふむ……。あんな高いところに……よく気が付いたな」


「ま、まぁね! 私、掃除とか家事全般が得意だから!」


 むすびは引きつった笑顔に、辿々しい口調で乗りきろうとしていた。


(よし、先手を打って雑誌を乗せておいてよかったわ! 田中明志データによると、あの高さなら届かないはず! そして、用意しておいた脚立きゃたつを使って私が上り、それを抑える田中明志! 空けておいた窓から風が吹いて、スカートがヒラリ! よくあるラブコメシチュ、いける! メチャクチャ恥ずかしいけど!)


 明志はポンと手を打って口を開いた。


「むすび、たしか魔力で身体強化を使えるよな? それでジャンプして取っ――」


「タイム」


 スッと、むすびは明志を押しとどめるようなポーズでそう言った。


「あ、ああ……」


 むすびは考えた。

 まさか、ここまで田中明志がラブコメりょくに逆らう人間だったとは。

 だが――ここはなんとしてでも、一手一手を通していかなければならない。

 頑張れむすび、負けるなむすび。ラブコメの先にダンジョンが待っている。

 そう自分を励ましてから、むすびはタイムを解いた。


「いい、田中明志? ダンジョン以外で不必要に魔力やスキルを使うのは禁止されているわ」


「いや、でも他に誰もいないし、割と必要だし。そもそも校内は治外法権で……」


「シャラーップ! その一つの油断が犯罪者への第一歩よ! ……というわけで、あそこに脚立があるからアレを使いましょう」


 なぜかダンジョン部の中に不自然に置かれていた脚立。

 むすびが用意したものだが、明志は特に疑問にも思わず使うことにした。


「よっと」


 棚の前に脚立を広げて、それに上ろうとする明志。

 むすびが、それを『ちょっと待った』と止めた。


「なんだ?」


「どうして、あなたが上るの? ねぇ、ほんとなんで?」


「い、いや……なんでって……脚立を使えって言ったのは火之神院だろう……?」


「ちっがーう! 私が上って、あなたが下で脚立を押さえるのよ!」


「上だと危ないだろ? だから俺がやるよ」


 むすびは一瞬、紳士的な言葉をナチュラルに放つ明志にときめいてしまった。

 しかし、今は逆に明志にときめかせなくてはならない。

 グッと堪えて、明志に要求した。


「ダメよ! 降りなさい! 私がいつでもナンバーワンじゃなきゃダメなの! 上じゃなきゃダメなのよ!」


「そ、そうか。わかった、お前がナンバーワンだ……」


 明志は、可哀想な子を見るような目をしながら、渋々と脚立の上を譲ったのだった。

 むすびは、そんな哀れみに気が付かず脚立に上った。


「田中明志、上を見てはダメよ」


「ああ」


「絶対にダメだからね」


「うん」


 ニヤリと笑い、むすびは雑誌を取るのをわざと手間取らせ、長引かせていた。


(見てはいけないと言われたら、見たくなるのが人間の心理! しかし、計算し尽くされていて、このスカートの中は角度的に見えないのよ! これこそじれじれ! さぁ、そこで野獣のように高まった本能が窓からの突風によって解放されろ! この日のために用意したオーダーメイドのシルクでフリルの可愛い下着を目撃してしまって、負い目を感じてパーティーに入りなさい田中明志!)


 そんなむすびの残念な長考に、天が同情したのか、窓から突風が吹いた。


「き~やあ~っ」


 棒読みの悲鳴があがり、スカートがめくれ上がった。

 計算通り――ニヤリとむすびが勝ち誇った表情で下を覗き込んだ。


「火之神院むすび、あんた凄い下着してるね……?」


「ぶ、ぶちょーっ!?」


 下にいたのは明志ではなく、買い出しから戻ってきていた金剛大和――幼女部長その人であった。

 同性の下着を見てしまった微妙すぎる気まずさと、後輩の新人部員がシルクでフリフリの赤い下着を履いていたという尊敬の念で、なんとも言えない表情になっていた。


「た、田中明志は!?」


「自分の代わりに脚立を支えててくれって言って、掃除に戻っていったよ?」


「どんだけ掃除好きなのよ……」


 妹と二人暮らしともなれば、家事の分担が必要となる。

 掃除はもちろん、基本的に大体のことができる男――それが田中明志だ。

 そして、ラブコメの神に見放されている男でもあった。

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