特待生、激レア装備を作ってもらう

「それじゃあ、優友。防具を装着していくぞ」


「ああ、頼むぜ親友」


 東京冒険者学校の制服は、一見すると少し先鋭的なブランド学生服なのだが、構造的には西洋甲冑の鎧下ダブレットのようになっている。

 これは耐衝撃や、耐刃などの基本的な防御性能を備えていて、各部に空いた穴や金具などに防具を取り付けることができるのだ。


 つまり――ただの制服ではなく、単体で一つの基礎防具といえる。

 学生はこの制服をアレンジして、上から自分のカスタマイズした防具を装着してダンジョンに潜るという感じである。


 すでに防具を揃えているむすびの例で言えば――前線で戦うアタッカーで、軽快さを重視しているため、制服の上に籠手、心臓に胸当てなどの最小限の部分甲冑。

 といった構成になっている。

 一方、優友の方は――


「うーん、むすびちゃんのと違って、おれっちのは少し重いな……」


「んっ、我慢しろ、優友。重い分、きつく締めなきゃいけない」


「あたっ、あいたたた~ッ! 親友ッ!? おまッ!?」


 西洋バージョンの五月人形飾り付けをされているような格好になっていた。

 腕、脚、胴体など、全身ガッチリと防具で固められている。


「こんなにギュウギュウに締めなきゃいけないのかよ……!」


「じきに慣れる。それに微調整もしてもらえば楽になるだろう」


 完全装備になった優友の格好は、近代的な制服と、ファンタジーのような甲冑が合わさったものになっていた。

 口では文句を言っていても、普通に歩けているようなので問題はなさそうだ。


「武器は……そうだな。この棍棒で」


「棍棒」


 優友はあからさまに嫌そうな顔をしていた。

 彼の中のイメージでは、棍棒というのはゲームの初期装備だったり、敵のゴブリンが持っていたりするものなのだろう。

 自分自身が棍棒を持ってダンジョンに潜るなど想像もしていなかった。


「勇者っぽく、剣とかじゃダメかな~……?」


「そういうのはむすびに任せておけ。優友には棍棒がいい」


「ち、ちなみに判断基準は?」


「勘だ……というのも多少はあるが、普通に初心者でも取り回しやすい。訓練していない人間が下手に刃物を握ると、味方に刺さる可能性があるからな」


「う、たしかに移動中ですらテンション次第で振り回して、スパッと親友の髪を減らしそう」


「散髪したいときにだけ頼む。……さてと、次は部長の装備ですね」


 すっかり縮こまって座っていた大和は、声をかけられてハッとした。

 自分は男子高校生のやり取りを『青春だな~』と眺める壁ではなく、ダンジョン部の部長と思い出したのだ。


「あ、あたしの防具か! そうか、そうだな! なんのために店にやってきたのか忘れるところだった!」


「僭越ながら、この副部長――田中明志が装備を選ばせて頂きます。たぶん部長は、装備くらいご自分で選択できるとは思いますが、スキルの拡張性なども考えると……」


「そ、その通りだ! あたしは装備なんて選ぶのは楽勝。しかし、副部長の買い物スキルを上げるために、敢えて、そう、敢えて任せるよ!」


「はい、ありがとうございます」


 明志は思った。さすが部長。俺が高い買い物に慣れていないと見抜いて、経験を積ませるために、すぐ一歩身を引く機転を利かせるとは――と。


 そして、大和としては――装備なんてまともに買ったことないからわからねーよ! 今更言い出しにくい!

 ……という心理状態だった。

 しかし、部長という立場もあるので、承認欲求の怪物である大和はそれっぽいことを言うことにした。


「つまり、あたしの装備は近接スキルに合わせて、優友のようなガッチリとした防具――」


「……?」


 それを聞いた明志は、微妙にだが首を傾げた。

 大和は――(しまった、間違えた答えを言ってしまったか!)と瞬時に理解して、フルスピードで次の言葉を考えて、自然に繋げた。


「――と考えるのが普通だろうが、あたしと明志が想定しているのは軽量な防具だろう?」


「はい、さすがです部長」


「カッカッカ、すまない! 先に言ってしまってはダメだな! あとは副部長に任せよう!」


 余裕の表情の大和――内心は心臓バクバクのザコメンタルが削られすぎて、もう下手に喋ることができないだけである。

 トイレの個室に引きこもって、スマホでアニマルビデオを無心で見たくなってきていた。

 もうなにもしたくないという虚無でいっぱいである。


「……いや、待てよ……? 副部長があたしの装備を選ぶということは、優友にやっていたように密着して装備を付けていく……はっ!?」


 大和の頭脳にピカッと稲光が走った。

 よくトゥイッターで流れてくるてぇてぇ系のマンガのように、副部長と部長の立場から進展してしまう、じれじれの触れ合いが起こってしまうのでは!?


「ま、まぁ……副部長も男だ……。装備を付けるときに、仕方なくあたしの身体に触れてドキドキしてしまっても、頼れる先輩の態度で見なかったことにしてやろう……」


 そう言いつつも大和はニヨニヨしながら、なにかを持ってくる明志を待ちわびていた。


「でも、いくらあたしが可愛いからって、変なところには触らないようにな! 男子って、そういうのに欲情したら止まらなくなるんだろう……? 部長から恋人になってしまうではないか。それはもうNTRというやつだぞ! 火之神院むすびに大勝利だぞ!」


 明志は笑顔で、スッとなにかを差し出した。


「部長用の装備。妹とお揃いの防犯ブザーです」


「って、おい! あたしは小学生じゃないぞ!?」


 ツッコミを入れる大和であったが、生まれて初めて同世代から物を選んでもらったので、秒で防犯ブザーを装備したのであった。


「ふんっ、まぁいい……。あたしを気遣っての物だし……。それで、次の装備は?」


「ないです」


「……は?」


「部長はそのままです」


 優友はいっぱい装備を選んでもらったのに、その一方で防犯ブザー一個。

 ザコメンタルの大和は再び隅っこで縮こまり、無言で天井を見上げ始めた。


「――あとですごい拡張性がありそうなスキルなので、部長はまだ下手に装備を付けない方がいい……って、あれ? 聞いてます? ……聞いてませんね。いったい、どうしたのだろうか……」


 元凶である明志は首を傾げつつ、最後は自分の装備を選ぶことにした。

 現在のスキルと動き方を考える。

 魔力調整はモンスターには利かないため、味方のサポートをしながら動くことになるだろう。

 それならなるべく身軽な方がいい。防具がいらないくらいだ。

 同時に、ある程度の攻撃力もなければ臨機応変には動けない。


「ブロックルのじっちゃん、格闘武器はあるか?」


 明志は陳列棚の装備では物足りないと感じ、交渉するためブロックルに話しかけた。


「格闘武器か……。これまた珍しいブツをチョイスしたのぉ。だが、たしかに現状のお前のスキルを考えれば適正がある」


「俺の今のスキルのことを知っているのか」


「まぁ、それなりに東京冒険者学校の上と繋がりがあるんでな。伊達に歳は食っておらんて」


 ホッホッとブロックルが笑った。

 それを横で見ていた優友が疑問符を浮かべた。


「そういえば、冒険者が格闘武器を使っているのを見たことがないぞ……? なんでなんだろう?」


「優友、それはだな……。単純に格闘武器はリーチが短いんだ。加えて、威力自体も他の武器より低いし、敵の攻撃をガードするのにも向かない。対人ならともかく、ダンジョンのモンスター相手には使いにくい武器だ」


「つまり、ダメな武器ってことか。……でも、それを使いこなしてダンジョンに潜るっていうのも浪漫があって格好良いな! さすが親友だぜ!」


「そ、そういう見方もあるのか……?」


 特にそういうことは気にしていなかった明志は若干、戸惑うも、褒められているらしいので素直に受け取っておいた。


「ホッホッ、いい友達を持ったのぉ、明志。そうだ、浪漫こそがすべての活力に繋がるのだぞい! ワシもなにか浪漫溢れる素材でもあれば、オーダーメイドで格闘武器を作ってやってもいいんじゃがのう。最近は冒険者も腰抜けが多くて、高難易度ダンジョンの素材があまり回ってこんのだ」


「おぉ、ブロックルのじっちゃんがやる気になっている。珍しい」


「そりゃ活力ある若者を見れば少しはのぅ!」


 そこで明志は、念のために持ってきておいた素材を取りだした。


「これなんてどうだろう?」


「む、この魔石……なんちゅう純度……これをどこで……?」


「バベルの170階層。倒したモンスターからドロップした赤い魔石だ」


 その明志の言葉に、その場にいた全員が驚きの声をあげた。


「なっ!? バベル!? しかも、170階層じゃと!?」


「マジかよ、親友!?」


「さ、さささささすが我がダンジョン部の副部長……すごいじゃないか……ハハハ……すごすぎるぞ……」


 興奮したブロックルは、明志から赤い魔石をひったくるように奪って、店の奥へと走り去ってしまった。

 武器作成で発生したらしい物凄い音や光が発生して、『クホホホ』ではなく、『ホッホッ』と笑い声が聞こえてきた。


「渾身の一作ができたぞぉーい!」


「さすがに早すぎないか……」


「武具製作は爆発じゃー! 浪漫があれば、時には一瞬で仕上がるのだ!」


 猛スピードで戻ってきたブロックルが持っていたのは、格闘武器――


「これはなんだ?」


 ――ではなく、ただの指出しグローブだった。


「ホッホッ、そう焦るでない。よく見るのじゃ」


 明志はその指出しグローブを観察した。

 ただの革素材の指出しグローブに見えるが、よく見ると手の甲の金細工に赤い魔石がはめ込まれていた。


「使える……のか……?」


「名付けるとしたら“ドラウプニルグローブ”。ちょっと装備して、魔力を通してみるのじゃ」


 さすがの明志も半信半疑で装備してみるのだが、意外にも自分の皮膚のようにしっくりとした感触に包まれた。

 ためしに魔力を通すと、魔石が赤から透明へと変化した。


「ふむ、やはり適合したか」


「魔石の色が変わった……?」


「ちょちょいっと細工をしてのぉ。魔力でコントロールしやすくしておいたのじゃ。その状態なら、拳はオリハルコンと同じくらいの強度になっておる。ちなみに竜革製じゃ」


「すごいな、これなら使えそうだ」


 満足げな明志だが、そこでふと思い出した。

 武器を作成してもらったので、金を払わなければならないと。

 ただでさえ寝泊まりするためのテントなどで散財してしまったのに、まだ諭吉が飛んでいくことに恐怖を覚えた。


「そ、それでブロックルのじっちゃん……金はどれくらい払えば……?」


「ホッホッ。久しぶりにいい物を作らせてもらったのと、成長した明志の顔を見られたからタダでいいわい」


「やった!」


 節約できた明志は、珍しく無邪気な笑顔を見せていた。


「それに……明志の両親とは親しかったワシじゃ。本来ならその唯一の忘れ形見である明志を、ワシが育てようとも思っていたのじゃが、最近まで消息が掴めなくてな……」


「いいって、ブロックルのじっちゃん。俺は俺で、今は元気にやってるから」


 成長した明志の後ろには、友達である優友と大和がいた。

 ブロックルはそれを見て、フッと安心した笑顔を見せた。


「あ、ちなみに、本来なら値段はどれくらいなんだ?」


「そうじゃな~。以前、片手間に作った失敗作の剣一本で、オークションに億単位で出品されていたかのぉ」


「「億!?」」


 優友と大和は心臓が跳ね上がった。

 億という、普段の生活……いや、一生関係ないであろう金額。それよりすごい明志の激レア装備に震え上がってしまう。


「なるほど」


 それを装備している明志本人は、いたって冷静……のようで、そのままドラウプニルグローブを外して、ブロックルに渡そうとした。


「ん?」


「売る。生活費、いっぱい、生活費……」


「お、おい!? 作った本人に売る奴があるか!?」


「諭吉さんがいっぱい……。肉入りチンジャオロースが毎日食べられる……。諭吉さんが一人、諭吉さんが二人、諭吉さんが三人……」


「……だ、ダメだ正気を失ってやがる!」


 ――その後、合流してきたむすびが札束でビンタをして、明志は正気に戻ったのであった。


 ちなみにむすびは、可愛いダンジョングッズを紙袋に詰めて、恥ずかしそうに抱きかかえていた。

 単独行動の理由については、バレバレだが秘密らしい。

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