貧乏苦学生、殺人ギルド二人に最強強化スキルを放つ
無事、脱出用の転移陣を発見した二人は、それに乗って一層目の入り口に戻ることに成功した。
「た、助かったわ……転移陣があって……。さっきの一発で魔力切れを起こして、もうスキルも使えなかったし……」
「いや、まだ問題は残っているようだぞ?」
少女がホッと胸をなで下ろしたのもつかの間、明志の方は気を緩めてはいなかった。
なぜなら、ダンジョンの170層に送り込まれるという事態に陥った“原因”がそこに存在していたからだ。
「な、なんで転移トラップに乗ったはずのお前たちがここに……!?」
転移陣へ突き飛ばした犯人――白鳥沢と強羅は驚愕の表情を浮かべていた。
確実に始末できたと思い込んでいた相手が眼前に現れたからである。
明志はそれに涼しい顔で答える。
「なんで、と聞かれてもな。170層から戻ってきたから、ここにいるんだが?」
「……は? 170層から生きて帰還? ありえない、ありえないですよ……!? き、きっと殺されて無念の気持ちがアンデッドになって――」
「残念、アンデッドに歓迎されなかったから倒してきたよ」
「ど、どうやら幻ではなく本物みたいですね……」
白鳥沢と強羅は現状を把握したのか、戦闘態勢を取った。
このまま明志たちを逃がせば殺人未遂がバレるので、実力行使に出るのだろう。
「強羅、これからお嬢様と田中明志くんを殺し直して差し上げましょうか……?」
「い、いいのか白鳥沢? 下手に殺っちまうと証拠が――」
「このまま逃がすよりはマシです。始末してから死体処理の方法を考えましょう」
「わかった。スキルを使えば素手で十分そうだし、殴り殺して血を流さないようにするぜ!」
白鳥沢と強羅はスキルを発動させた。
「はぁ! 【強化Lv2】
「ふんッ! 【強化Lv2】
二人ともグレーの魔力を放ちながら、身体強化を終えたようだ。
白鳥沢が防御強化で、強羅が攻撃強化である。
それを見た少女は震え上がった。
「す、スキルを人に向けて使うっていうの!?」
冒険者がモンスターに向けて使うためのスキル。
それを人殺しのための道具として使うことは常識では考えられない。
もし、生身の人間に強力なスキルを放てば、それは銃よりもずっと脅威度の高い武器となる。
普通は銃を向けられただけでも身がすくむというのに、それより恐ろしいスキルを向けられたときの恐怖というのは、想像を絶するものだろう。
――しかし、そんな状況でも明志は冷静だった。
「まったく、スキルで人殺しをしようという奴と出会うなんて……これだからダンジョンは嫌だったんだ」
「ど、どうしてあなたは落ちついていられるのよ! 私はもう魔力切れでスキルが使えないし、相手は中級冒険者二人なのよ!?」
絶望の感情を見せる少女を嘲笑うかのように、白鳥沢は殺人鬼の表情を浮かべた。
「ククク……そのとおり。偶然転移トラップから助かったとはいえ、中級冒険者の僕と強羅はレベル30です。たとえレベル20のお嬢様の魔力が満タンでも、こちらに勝てないでしょう。ましてや、今動けるのは一般人の田中明志くん一人……!」
実質、明志VS白鳥沢と強羅である。
普通に考えれば万が一にも勝ち目はない。
明志もそれを理解していた。
多少、ダンジョン経験があっても、明志自身に超人的な攻撃力も防御力もない。
頼りになるのはスキルだけなのだが――
「そ、そうよ、魔力調整スキルよ! 私を強くしたみたいに、自分にも使えば――」
「いや、それは無理だ。自分自身にこれを使うと99%暴走する」
「そ、そんな……」
少しだけ警戒していた白鳥沢は、今のやり取りから明志のスキルを推測して勝利を確信した。
「ほう、田中明志くんは他人を強化するという珍しいスキル持ちでしたか。いやぁ、残念です。とても残念です――その希有な才能を活かせずにここで死ぬのですから!」
その白鳥沢の声を合図に、“鉄腕”でパワーを強化している巨漢の強羅が突進してきた。
プロアメフト選手のタックルのようだ。
明志はそれに対して、背後の少女を守るようにしながら、手のひらを向けた。
「俺が希有な才能ねぇ……。ダンジョン関係でしか役に立たないこんなモノ、どこがいいんだかわからない――っての!」
巨岩すら粉砕するような突進が明志を襲う。
しかし――
「は……!? なんで……俺の必殺タックルが止まって……」
「【無色Lv0】
「ぼ、暴走だと……!?」
スキルをコントロールできなくなっていた強羅は、一歩も動けなかった。
直後、全身に激痛が襲ってきた。
「うぎゃああああああああッ!?」
強羅はたまらず絶叫した。
それは強化された肉体が暴走して、異常なまでの筋肉痛を引き起こしていたのだ。
「うわ、我ながら痛そう。俺も自分に使って失敗するとこうなるんだよね。ついでに、スキルをグチャグチャに調整しておいたから、二度と使えないかも」
明志は愛嬌のある苦笑いをしたあと、視線を白鳥沢に向けた。
その異常さに白鳥沢は心底震え上がった。
至近距離の爆弾すら耐えきる白鳥沢のスキル“鉄壁”だが、触れるだけでスキルを暴走させることのできる明志とは相性が悪すぎた。
「ひぃッ!? ゆ、許して……」
「白鳥沢さん? 本当にダンジョンって、関わった人間を不幸にする場所だと思わない?」
「あ、ああ……思う……思うとも……だからやめ……」
「そっか! 気が合うね! イェーイ」
「い、いぇーい?」
明志がハイタッチのようなポーズを取ったので、白鳥沢も頭がおかしくなりそうな恐怖心から、それと同じポーズを取った。
明志は笑顔でハイタッチ――のついでに、触れた手で“魔力調整”を使った。
「ぐがああああああッ!?」
「ったく、ダンジョンなんかに進んで関わろうとする奴と、気が合うわけねーだろ……」
明志は不機嫌な表情に戻り、ため息を吐いた。
地面では白鳥沢と強羅がピクピクと痙攣して倒れている。
「すごいわ……」
その一連の戦闘を見ていた少女は、明志は宝石の原石だとばかりに眼を輝かせていた。
***
――その後、犯人の白鳥沢と強羅は、バベル付近に駐在している警察に逮捕された。
どうやら彼らは、どこぞのお嬢様である少女を始末しようとしていて、明志はその罪をなすりつけるための捨て駒だったらしい。
事情を話して解放された明志は、少女のポケットマネーからバイト代を受け取ったので帰ろうとしたが、なぜか引き留められてしまった。
「あ、あの……ちょっと待って……」
「ん? どうした?」
「あなた、たしか十五歳って言ってたわよね……。これ、受け取ってもらえるかしら……」
明志は追加の謝礼金かと瞳を輝かせながら、少女が差し出してきた封筒を受け取った。しかし、よく見るとサイズ的にかなり大きい。
「あ、あの! 私と一緒に冒険者になってパーティーを組んでもらえない!? この封筒の中に、東京冒険者学校の推薦状とパンフレットが入ってるから!」
「東京冒険者学校……? たしか、国立の金持ちマンモス校だったな。広大な土地であらゆるインフラから練習用ダンジョンまであって、治外法権すら許される。学生の誰もが憧れる最高の学び舎だとか」
「そ、そうよ! だから一緒に――」
「しかし、貧乏な俺はそこに通うための学費もないし、暇もない。大体、さっきだってダンジョンで死にそうな目にあったんだぞ? 俺はもうダンジョンなんてゴメンだね」
「でも、アナタなら栄えある特待生として入学することも可能かもしれないわ!! この私が、アナタに途方もない才能を感じたもの!」
「興味がない。俺には妹と、帰る家さえあれば充分だ。それじゃ、妹が家でお腹を空かせて待ってるからな。これでサヨナラだ。もう二度と会うこともないだろうな」
「ま、待って! せめて連絡先だけでも――」
明志は振り返らず、そのまま一陣の風のように立ち去った。
こんな命を狙われるような少女から、パーティーの誘いやら、東京冒険者学校に入れやらと、さすがに面倒事がすぎる。
客観的に見たら連絡先も告げず颯爽と格好良く去っているのだが、個人情報を渡したくない一心だったのだ。
そして、これでやっと家に帰れるとホッとしていた。
***
「あかしお兄ちゃん。お家、なくなっちゃった」
「……は?」
帰宅したのだが、明志の家はガス爆発によって吹き飛んでいた。
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