3 幼女魔王、少女を助ける

 光もない真っ暗な森の中、風で木々の揺れる音だけが辺りに響いている。

 そんな中で一人、ローブを見に纏った幼女が暗闇に紛れて夜の森の中を移動していた。

 彼女の名前はサキル、つい三百年ほど前に封印された魔王である。


「ここまで探しても見つからないか」


 そんな彼女だが今は過去に彼女の城の宝物庫にあった武器を探すため森の中を探し回っている。

 まだ日が完全に上がりきっていない昼間から日が沈んだ今の今までずっと探していたのだが見つけることは出来ていなかった。

 今日は諦めて明日にもう一度探すことにしよう、彼女がそう決断したときである。

 現在サキルがいる場所の数十メートル先から甲高い叫び声が聞こえてきた。

 サキルは何故か叫び声を上げた者の正体が無性に気になり特に何も考えず叫び声のした方へと向かう。

 こうして現場に着くとそこではまだ汚れ一つついていない新品の皮鎧を身につけた人間の少女が涙を目一杯に浮かべながら助けを呼んでいた。

 少女は長いブロンドの髪を後ろで一つに結んでおり、まだ幼さが残った顔つきをしている、それに加えてまだ戦闘に慣れていないのだろうか足が小刻みに震えていた。

 彼女の周りではみにくい緑色の顔に笑顔を張り付けたゴブリン五体がジリジリと距離を詰めながら少女を取り囲んでいる。


「グギャギャギャ!」

「きゃぁあ! 誰か! ……って子供? ここは危ないから早く逃げて!」


 人間の少女はどうやらサキルに気づいたらしく逃げるよう言うがそんな大声を上げれば当然、人間の少女を取り囲んでいるゴブリン達もサキルに気づいてしまう。


「まったく俺まで気づかれてしまったではないか」


 ゴブリン達は新たな獲物がきたことにさらに笑みを強めグギャグギャと鳴いている。

 そんな中でもサキルはまったく動じていなかった。

 昼間は一匹のスライムに苦戦していたサキルだがそれは予想外の事態が起こったため、普段ならば低レベルの魔物に苦戦することなどあり得ない。


「まぁいい、危害を加えるつもりならば排除するだけだ」


 サキルは手を胸の位置まで上げ、闇魔法『ダーク・アビス』を発動させる。

 『ダーク・アビス』は地面に設置する魔法で踏むことによって発動、踏んだものを闇の中に引きずり込むという魔法だ。

 サキルはその魔法をゴブリン達の真下に設置し、ゴブリンを次々と闇の中に引きずり込んだ。


「グギャァアア!」

「グギャギャ!」

「グギャグギャ!」


 ゴブリン達はどうにか魔法から抜け出そうとするが体の半分まで引きずり込まれたら最後、魔法発動者が解除する以外に助かる道はない。

 ゴブリン達は最後まで抜け出そうとしていたがその努力もむなしく、完全に闇の中へと呑み込まれた。


「あっけなかったな」


 サキルは今夜の寝床を探すため、発動させていた魔法を解除しすぐにこの場を離れようとする。

 だが結果的にサキルに助けられた少女がそれを見逃すはずもなかった。


「ちょっと待って!」


 少女は小走りでサキルへと近づき、ローブに隠れたサキルの華奢きゃしゃな肩を強く掴む。


「あなた、すごいわね! 一体どこでそんな力を手に入れたのかしら?」


 少女は興奮しているのか多少、というかかなり鼻息が荒くなっており完全に関わってはいけない人の領域に足を踏み入れている。

 それをすぐ近くで見ていたサキルは迫力から若干、体を仰け反らせていた。


「近い、離れろ! そんなこと見ず知らずのやつに教えるわけがないだろ」


 いつまでも肩を掴む少女を鬱陶しく思ったサキルは自らの肩を掴んでいる少女の手を払う。


「あ、ごめん。つい……テンションが上がっちゃって」


 サキルに拒絶された少女は見るからに落ち込んだ様子。

 だがサキルは気にすることなく再びこの場を後にしようとする……。


「待って! あなたのことについて聞いたのは悪かった。せめて私を近くの町まで連れていってくれないかな?」


 だが少女はまだ諦めておらず、再びこの場を離れようとするサキルの手を掴んだ。

 少女の顔からは必死さが見てとれる。

 サキルは少女の必死な顔を見て同情し歩みを止めた。


「分かった。助けたつもりはないが結果的に助けてしまったのは事実、最後まで面倒を見てやろう」


 そうは言ったもののサキルは今日この森で目覚めたばかりなので近くの町など知るはずもない。

 こう言ったのは同情の他にもサキルに一つ考えがあったためだ。


「だが俺は町に連れていったりはしない。俺がするのはお前の命を保証するだけだ」

「うん、それだけでも助かるよ」

「あと一つ言い忘れていたがこれには一つ条件がある」

「条件って……もしかして料理とか? 私料理は得意だから任せて!」

「違う、一緒に武器を探して欲しいんだ」


 サキルの考えとは一緒に武器を探してもらうことである。

 やはり物探しは一人でやるよりかは二人の方がいいということだろう。


「武器を探すってどこかに落としたの?」

「いや武器は元々持っていない」

「じゃあ落ちてるはずないじゃない」


 少女はさも当たり前のことを言うような顔でサキルに言い放つ。

 しかしサキルが言いたいのはそういうことではない。


「違う、落としたとかじゃなくてこの森に武器が眠っているかもしれないんだ」

「それって宝探し的な?」

「簡単に言えばそうだ」

「なんだ、それだったら先に言ってよ! 最初武器を落としたのかと思ったじゃない!」


 少女は夜の森にいるにも関わらず思い切り大きな声で笑う。

 サキルはこのとき思っていた、こういうことをしているから魔物に囲まれるのではないかと。


「とにかく武器を探しに行くのは明日からだ。今日はもう遅い」

「そうだね、今日は散々な目に会ったし疲れたよ。あ、そういえばまだ名前言ってなかったね。私の名前はレイラ、よろしくね」


 少女──レイラはまだ幼さを残した顔に笑顔を浮かべながら手を伸ばしてきた。


「そうか、俺も名前はまだだったな。俺は……」


 そこでサキルの言葉が切れる。

 サキルはこのまま自分の名前を『サキル』と答えていいものかと考えていた。

 サキルは魔王のときの名前、今の姿から魔王だということがバレることはないだろうが万が一のこともある。

 サキルはその心配から自分の名前を『サキ』と名乗ることにした。


「どうしたの? 大丈夫?」


 レイラは心配そうな顔での顔を覗きこむ。


「……ああ大丈夫、心配いらない。俺の名前はサキだ」


 サキは言葉が途中で切れていたことを思いだし、慌てて自分の名前を名乗った。


「へぇサキちゃんか、口調のわりには可愛い名前してるんだね」

「うるさい、さっさと行くぞ!」


 サキは今度こそ今夜の寝床を探すため、自分がここに来るときに使った道を戻るように早足で歩いていく。


「もう待ってよ、サキちゃん」


 その後をレイラはサキと同じ早足でついていった。

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