32 幼女魔王、新たな仲間と市場に行く
サウストリスタの朝は早い。
サウストリスタ商業区画、そこではまだ日が昇っていないにも関わらず大勢の人で賑わっていた。
通りにはずらりと店が並び、一店一店に数人ずつ客がついている。
区画に網目状で広がる通り全てに見られるこの光景は見渡す限りどこまでも終わりなく続き、遠くから見ると触手が無数に生えた巨大な魔物のようであった。
これこそ商業都市ならでは光景、朝の市場である。
そんな市場の中で装備を整えた者が四人。
見るからに冒険者であるその四人の中で未だ顔に幼さを残し長いブロンドの髪を後ろで一つに結んだ少女が通りの様子を見て感嘆の声をあげる。
「サキちゃん、こんな朝早いのにたくさん人がいるんだね」
「そうだな、俺も驚いている」
「二人とも市場は初めてですか?」
サキとレイラのはしゃいだ様子を見てラフィエールが二人にそう質問する。
「ああ、こんなにも賑わっているとは思わなかった」
「うん、ラフィリアにはこんなのなかったよね」
「それなら依頼前に少し市場を覗いて行きましょうか」
「だが俺達にそんなお金は……」
「買わなくても見ているだけで楽しいですよ。それに市場は基本的に安いので買っても財布は痛みません。とはいっても買いすぎには注意ですが」
ラフィエールの市場の説明にサキはほうと声を漏らし、再び周りに並ぶ店を眺める。
彼女は基本的に食品関係の店ばかりに目を奪われていた。
「レイラ、あれはなんだ!」
「ん、あれは……」
レイラはむむっと唸りながらも記憶の引き出しからなんとか答えを持ってこようとしているがなかなか出てこない。
「あそこにあるのはトリスタ焼きですの」
「トリスタ焼き? 聞いたこともないが」
「本当ですの? 結構有名なんですが……」
「それでどんな食べ物なんだ?」
「はい、あれはイネと言われる穀物の実を水分と共に加熱したものをすりつぶして整形したものですの」
セレナは得意そうにトリスタ焼きについて話す。
一方のサキとレイラはなんのことかよく分からないといった顔をしていた。
そこにすかさずラフィエールが捕捉説明が入る。
「簡単に言えば団子を焼いたものです」
ラフィエールの説明でサキとレイラはようやく理解したのか、あぁと納得した声を漏らす。
「なるほど団子か。それなら一度食べたことがあるぞ」
「あれもちもちしてて美味しいよね!」
サキとレイラが正体不明の食べ物──トリスタ焼きを理解出来た喜びを共有する中、セレナだけは顔を俯けて落ち込んでいた。
「サキさん達に納得していただける説明が出来ないなんて……
セレナが落ち込んだ理由、それはトリスタ焼きのことでサキとレイラの納得する説明が出来なかったためである。
ただ単に食べ物の説明出来なかっただけなのだが、彼女からしてみれば正確に物事を伝えられないというのは今後共にパーティーとして活動を行う上で何か支障をきたす可能性があるかもしれないという不安要素であった。
彼女の場合は重く受けとめすぎというのもあるが。
「ではトリスタ焼きというのを食べようじゃないか。セレナ、真っ先に教えてくれたこと感謝する」
「でも私はそれだけで後はラフィエールさんが……」
サキの感謝の言葉にセレナは否定の言葉を続けようとする。
だがラフィエールに肩を掴まれ言葉を発することが出来なかった。
「セレナさん、感謝の言葉は素直に受けとるべきです。何を落ち込んでいるのかは分かりませんがこれから依頼に向かうのです。そのような気持ちでは仲間の足を引っ張るだけですよ」
「そうですの……」
ラフィエールの言葉はセレナの心に深く突き刺さっていた。
確かに相手へ正確に物事を伝える力は大事だ。
しかし、物事を正確に伝えられないからと言ってパーティーとして成立しないわけではない。
寧ろ落ち込み続けた結果メンバーに迷惑をかける方がパーティーとして成立しなくなってしまう。
それを考えると物事を正確に伝えられないことなど、しょうもないことに含まれてしまうのである。
ラフィエールに言われて初めて自分がしょうもないことで悩んでいるというのに気づいたセレナは心が一気に軽くなるのを感じていた。
「ありがとうございます。私少し難しく考えて過ぎてましたの」
「セレナさんのお役に立てて何よりです」
セレナとラフィエールが話していると彼女達の前方から大きな声が響く。
「おーい! 二人は食べないのか?」
「なかなか美味しいよ!」
サキとレイラが串に刺さったトリスタ焼きを両手に持ちセレナとラフィエールに向かって手を振る。
その光景にセレナも同じく手を振り彼女達へと走り寄った。
しかし、セレナの後にラフィエールは続かない。
彼女はセレナがサキ達へと走り寄る姿を眺めながら
「セレナさんが身内以外でパーティーを組めるか不安でしたが、どうやらあのパーティーで上手くやっていけそうですね」
『そうだね、これでようやく一段落ってところかな。クリフも喜んでいると思うよ』
「あの勇者パーティーのクリフ様ですか?」
「そうだよ、あの娘クリフの子孫なんだよね」
「そうだったんですか? 知らなかったです。確かに昔から親交があるとは思っていましたがまさかそんな繋がりがあったとは……」
『まぁ知らなくても仕方ないよ。もう何百年も昔のことなんだから』
ラフィエールはもう一人の自分──ラフィラの発言に驚きつつもトリスタ焼きを頬張っているサキ達のもとへと歩き出した。
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