33 幼女魔王、異変を調査する①

 サルトラ大森林は大陸で一番広いと言われている森林。

 その広さは未だ全て明かされておらず、知られているだけでも国一つ分はあると言われている。

 そのため魔物もかなり多く生息しており、確認されているだけでも数百はくだらない。


 その中でも代表的な魔物がゴブリン、魔物の中でも最弱に分類される彼らは町側の入口から大森林を数キロ進んだ範囲──大森林の浅い場所に多く生息している。

 というよりも大森林の奥地から追いやられてきた魔物達と言った方がより正確であろう。


 大森林の奥地には人では対処することが難しい上級以上の魔物がゴロゴロと生息しており、必然的に弱い魔物が大森林の入口の方へと押しやられていくのだ。

 なので大森林は奥へと行けば行くほど強力な魔物に遭遇する確率が高くなる場所であった。


 そんな場所の入口付近──サウストリスタの西門から数キロ進んだサルトラ大森林の入口手前には四人の武装した女性冒険者がいた。


「よし、今回の目的は調査だ。無理な戦いはしなくてもいいからな」


 四人の武装した女性冒険者の一人──サキは他の三人に向かって調査依頼を行う上で重要な点を話している。


「それと今回は森の奥とまではいきませんがそれなりに深い場所には行きます。なので常に周りの警戒を怠らないようにしてください。大森林の奥地にいる魔物は強力と有名ですので」


 サキの説明に加えてラフィエールも補足的に説明を付け加えていた。


「準備が出来たら早速森の中に入ろう。準備は出来ているか?」

「私は大丈夫ですの!」

「よろしくお願いします」


 サキの言葉にレイラを除いた二人が返事をする。

 二人の返事を受けたサキは一人だけ返事を返していないレイラへと顔を向け一つ問いかけた。


「レイラはまだかかりそうか?」

「うん、一つだけ準備が出来ていないことがあって……」


 レイラはサキの目をまっすぐに見ながら言葉を発する。


「準備出来ていないこと? 見たところそれで十分のようにも見えるが」

「そういうことじゃないんだよ。私が準備出来ていないのは精神的なものというか、それにはサキちゃんの強力が必要というか……」


 レイラのどこか歯切れの悪い言葉にサキは少し語気を強め再びレイラに問いかける。


「つまり何の準備が出来ていないんだ?」

「うん、もしサキちゃんが良かったらなんだけど依頼前にサキちゃん成分を注入したいなぁって思っちゃったりして……お願い!」


 レイラは手を合わせサキへと必死に懇願する。

 彼女の準備というよりお願いはつまるところサキを抱き締めたいというものだった。

 しかし、レイラのお願いをサキが承諾するはずもなく彼女の返事を聞くとすぐに森の方へと向く。


「よし、気を引き締めて行こう!」

「ちょっと待ってよ、サキちゃん!」


 サキはそう宣言し森の中へと入ろうとするが、レイラが彼女の前に出たことによってサキの歩みは止められてしまった。

 サキの前に出たレイラは『私達は仲間でしょ?』というようなオーラを周りに放っており、手をわきわきと動かしている。

 どうやら彼女は頼んで無理なら力づくでどうにかするしかないと考えているようだった。

 サキのことに関して言えば、彼女に『撤退』の二文字はないのである。

 とにかくレイラは魔力に飢えた魔物のように血走った目をサキに向けていた。


「無理なら力づくでもサキちゃんを抱き締めて見せる!」

「面白い、やれるものならやってみろ!」


 こうしてサキとレイラの戦いが始まったわけだが、その戦いに取り残されている者が二人。

 二人のうち水色の髪を持った女性は戦いを静観しているがもう一人、金色の髪を持った女性は激しく興奮していた。


「これが仲間同士でのみ行うことを許された『ケンカ』というやつですのね!」


 セレナは目をキラキラとさせ、サキとレイラの戦いに目を奪われている。


 彼女は生まれてこのかた『ケンカ』をしたことがなかった。

 詳しくは『ケンカ』が出来るほどの相手が今までいなかったと言った方が正しい。

 だからだろうか彼女にとって『ケンカ』とは仲間にしか許されない神聖な存在となっていた。


「この光景、そんな目をキラキラさせるほどのものですかね……」


 一方ラフィエールはサキとレイラの戦い、そしてセレナの様子を見て少々飽きれ気味で呟く。

 もしかしたら……いやもしかしなくても彼女がこの四人の中で一番まともな反応をしていた。


◆◆◆


 長かったサキとレイラの戦いにようやく終止符が打たれる。

 サキが手をわきわきとさせて迫るレイラをついに地面へと沈めたのだ。


「どうだ? まだやるか?」

「ま、参ったよ。サキちゃん」


 レイラの降参の言葉にサキは彼女を地面に押さえつけていた手を離す。

 それからローブについた土を払いながら立ち上がると地面に未だ倒れたままのレイラへと手を伸ばした。


「ほら、多少手荒なことをしてすまなかったな」


 仰向けになっていたレイラはサキの手を掴むと彼女の引っ張る力に自分の起き上がろうとする力を合わせて地面から立ち上がる。


「私も強引に迫ってごめんね。それに安心してサキちゃん! 最後サキちゃんの手で押さえつけてもらえたからサキちゃん成分はバッチリ補充出来たよ!」

「レイラ、もしや頭を打ったりしたのではないか?」

「頭? 頭は打ってないと思うけど、どうかしたの?」


 レイラの頭を心配するサキ。

 そしてサキの伝えたいことが理解出来ていないレイラ。


「やはり『ケンカ』の後は仲直りですのね! 参考になりますの!」


 それからサキとレイラの様子にふむふむと首を縦に振るセレナ。


「一体なんなんですか、これは……」


 最後にこの状況を全く読み込めていないラフィエール。


 この四人がいるサルトラ大森林入口手前ではそんな混沌カオスな光景が繰り広げられていた。

 一体いつになったら大森林へと入るのか、それを知る者はこの四人の中に誰一人としていない。

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