12 幼女魔王、依頼の報告をする

 夜のラフィリアの町は賑わっていた。

 といっても昼のラフィリアの町とは全く異なる賑わいかたを見せている。

 町に入って多く目につくのは昼には見なかった酒場屋台、それが依頼帰りの冒険者達をこれでもかというほど吸い寄せている。

 屋台が冒険者を吸い寄せている光景はさながら熟練の釣り師が魚を何匹も釣り上げている光景のようにも見える。

 そして大通りから少し外れた街灯のない細い路地裏、そこでは見目麗みめうるわしい女性達が露出の多い衣装に身を包んで路地裏を通る男達を誘惑していた。

 誘惑された男達は皆、だらしない笑みを浮かべて一人、また一人と路地裏沿いにある扉の中へと消えていく。

 この男達がだらしない笑みを浮かべていた理由については言うまでもないだろう。

 そんなラフィリアの町大通りではまだ比較的新しい皮鎧を着た少女が黒いローブを身に纏った幼女と手を繋いで歩いていた。


「今日は疲れたねサキちゃん」

「うむ、こういう時は肉を食べてゆっくりしたいものだ」


 サキは大通りに並ぶ酒場屋台に群がる人々の隙間から見える料理の数々に目移りしている。

 レイラが手を繋いでいなかったらそのまま屋台に吸い寄せられていたに違いない。


「サキちゃん、こんなにたくさん屋台があるから目移りしちゃうのは分かるけど、私今そんなにお金持ってないよ」

「分かっている、まずは冒険者ギルドに行って今日の依頼を報告するのだな」

「うん、でも多分依頼の報告をしてもあそこの屋台で食べるにはお金足りないんじゃないかな?」

「そんな……」


 サキは明らかにがっかりした顔をレイラに見せる。

 彼女のがっかりした顔を見たレイラは慌てて今の失言に対する弁明をした。


「いやでもね。あの屋台じゃなくても安くて美味しい肉はたくさんあるよ! うん、むしろそっちの方が美味しいかも」

「本当か? 俺も肉というのが食べられるのだな?」


 レイラの言葉を聞いたサキは再び元気を取り戻す。

 どうやら屋台で売られている肉でなくても、肉が食べられれば彼女は気にしないようだ。


「そうと決まったら早く依頼の報告に行かないとねっ!」


 レイラは元気を取り戻したサキを連れ冒険者ギルドへと急いだ。


◆◆◆


「やあ、お疲れ様。依頼は達成出来たのかな?」


 サキとレイラの二人が冒険者ギルドに顔を出すとちょうどよく二人の目の前を通りかかったエリーが二人に声をかけた。


「まぁね、なんてことないよ」


 レイラは胸を張って、はっきりと答える。

 今の彼女は自信に満ち溢れていた。


「へぇでも今回受けた依頼って確か魔物の討伐だったよね? レイラに討伐出来たとは思えないけど」

「エリー、いつまでも私を魔物が倒せない冒険者と思ってもらっちゃ困るよ」


 レイラはチッチッチと連続で舌を鳴らしながら指を左右に振る。

 そんな彼女の行動にイラッとしたエリーは本当に依頼を達成しているかを確かめるために彼女の手を掴み受付へと連行した。


「そこまで言うんだったら、見せてもらおうじゃないか」

「ふふ、これを見ても驚かないでよね」


 そう言ってレイラが出したのは今日の討伐依頼で唯一彼女自身の力だけで勝ち取ったスライムの核だ。

 たった一つだけではあるが今まで魔物を倒せなかったレイラを見てきているエリーにとっては驚くべきことだった。


「うそ!? 本当にレイラが……あのレイラが魔物を!?」

「そうだよ、すごいでしょ?」


 エリーはレイラにスライムの核を見せられてもまだ信じられないようで彼女と同じパーティーのメンバーであるサキに顔を向ける。

 もちろんサキはレイラがスライムを自分一人の力で倒しているのを見ているため迷いなく首を縦に振った。


「どうやら本当のようだね……」


 サキの反応でレイラが本当にスライムを自力で倒していると分かったエリーは顔を俯け、手足をプルプルさせる。

 それからバッと勢いよく顔をあげるとレイラに抱きついた。


「おめでとう! レイラ!」

「おおエリー、これまた情熱的な」


 エリーはレイラがスライムを倒したことで感極まっていた。

 これまでずっと側でレイラを見てきたエリーは冒険者の中で彼女が魔物も倒せない『負け犬』と言われていたことを知っていた。

 それでも彼女に嫌な思いをさせないために『負け犬』というワードに繋がる話題は彼女の前では避けてきたのだ。

 だがそんなエリーの努力とは真逆に最近はやけに彼女に絡む者が多くなった。

 その筆頭として『レッド・ドラゴン』、彼女達はレイラに何か恨みでもあるのかというほど必要に彼女に絡んでは採取依頼ばかり受ける彼女を嘲笑っていくのだ。

 エリーはそのことで彼女が落ち込んでいることに気づいていたのだが冒険者ギルド職員の立場もあってか嘲笑う者達を注意出来ずにいた。

 そんなときだ、今彼女の横にいる黒いローブを身に纏った幼女──サキが現れたのは。

 彼女は現れて早々いつものようにレイラを嘲笑う『レッド・ドラゴン』に勝負を仕掛け、あまつさえ彼女を鍛えると言い出したのだ。

 そして鍛える宣言から一日も経たないうちに実際レイラはスライム討伐という彼女にとっての偉業を成し遂げた。

 エリーはサキとレイラがこのままパーティーを組み続ければレイラが『負け犬』と呼ばれることがなくなるのではないかと考えていた。


「ちょっとエリー、痛いよ」

「ごめんね、でももうちょっとだけ我慢して」


 エリーが一通りレイラを抱きしめた後、今度はサキへと手を広げる。


「サキちゃんもこっちにおいで」

「ふむ、仕方ない」


 サキはやれやれと首を横に振りながらもエリーのもとに向かう。

 彼女もまたエリーの反応を見て再び喜びが込み上げてきていた。


 それからしばらくの間、冒険者ギルド内には他の冒険者やギルド職員のことなど気にせずお互いに抱きしめ合う、一人の女性ギルド職員と二人の女性冒険者がいた。

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