13 幼女魔王、食事を楽しむ

 サキとレイラの二人は依頼達成報告を終えた後、とある店にいた。

 二人がいる店の前に掲げられているのは皿の上でフォークとナイフがクロスしている絵が描かれている看板。

 中に入ると少々薄暗いが長方形のテーブルが四つと椅子が各テーブルに四つずつ並べられている。

 そして入口から最も遠い奥のカウンターからは肉が焼ける音と同時に焼けた肉の芳ばしい香りが漂ってきていた。

 そう、二人は本日二度目の食事をとっていた。

 

「サキちゃん、今日はいつもよりお金を稼げたからお肉を頼んじゃおうよ」

「うむ、それは良い案だ」


 レイラはカウンターの上部にかけられている木で出来たメニューボードの中から『ロングテール』を選び、カウンターに声をかける。


「すみません! 注文いいですか?」


 彼女の声に反応してカウンターから顔を出したのはいかにも昔冒険者をやっていたであろう厳ついおじさんだ。


「私とサキちゃんに『ロングテール』一つずつお願いします」


 おじさんはレイラの注文を聞くと何も言わず顔を引っ込める。

 今のやり取りで本当に注文出来ているのか心配になったサキはレイラに質問した。


「今ので注文出来たのか?」

「うん、ここはそういう店だよ。愛想がないのが売りって言うのかな?」

「愛想がないのは売りではないだろ……」


 そこでふと思い出したようにサキがポツリと呟く。


「そういえば『ロングテール』ってなんだ? 肉なのか?」


 そんな彼女の呟きに彼女の目の前にいる少女が反応する。


「『ロングテール』はロングテールラビットっていう魔物の尻尾部分の肉だよ」

「ほう、尻尾の肉なのか」


 ロングテールラビットとはラフィラの森に生息する長い尻尾が特徴的なウサギの魔物である。

 強さで言うとスライムとゴブリンの中間くらいの強さで主に自分の体長ほどの長い尻尾を振り回して攻撃する。

 初めて戦う者は尻尾の素早い振りと小柄な体格に戦いにくいと感じるかもしれないが、ロングテールラビットの魔物ランクは所詮しょせん下級、比較的倒しやすい部類に入るだろう。

 ちなみに魔物ランクは冒険者ギルド基準で定められた魔物を強さを表す指標で下から順に下級、中級、上級、そしてEX級と分類されており、下級の魔物はFランクからEランクの冒険者パーティーで簡単に倒せるほどの強さ、中級の魔物はDランクからCランクの冒険者パーティーで倒せるほどの強さ、上級の魔物はBランクからAランクの冒険者パーティーでなんとか倒せるほどの強さ、そして最後にEX級の魔物がSランクの冒険者パーティーでなんとか相手に出来る強さと言われている。

 もちろん魔王種は世界を混乱に陥れるほどの力を持っているためEX級に分類されている。


「そう、美味しいのに安いから私もよく食べてるよ」

「それは楽しみだ」

「ところでサキちゃん、よだれがテーブルまで垂れてるけど拭かないの?」


 レイラはニマニマと笑みを浮かべながら、サキの頬を指差す。


「俺は涎など垂らしていない、元々こんな顔だ」


 しかしサキは魔王だったときのプライドからか自身から涎が垂れていることを認めることはしない。

 はたから見ても明らかに垂れていることが分かるのにだ。


「ふーん、サキちゃんが言うならそうなのかな?」

「そうだ、俺が涎を垂らすなどという品のないことをするはずがないじゃないか」


 サキはそう言いつつもレイラが目を離した隙にさりげなく自分から垂れている涎をジュルリとすすり、テーブルに垂れた涎も自前のローブでせっせと拭き取るという隠蔽いんぺい工作をする。

 あくまで全てをなかったことにするつもりのようだ。

 しかしそこまで盛大な行動をしてしまえば一度矛を収めたレイラも再び疑わざるを得ない。


「サキちゃん、今涎拭いたでしょ?」

「全く何のことか分からないが」


 二人がわりとどうでもいいことで言い争っていると、どこからか人のコツコツという足音と肉の焼ける良い音が二人のもとへと近づく。

 その音を聞いた二人は途端に静まり返った。


「この音、まさか肉が来たのか?」

「そうみたいだね」


 二人の、特にサキの顔はだらしなく緩んでいる。

 そして待ちに待った『ロングテール』は真っ白な丸い皿に乗せられ先程カウンターから顔を出した厳ついおじさんによって運ばれてきた。


「『ロングテール』」


 おじさんはその一言だけ発してテーブルに『ロングテール』が乗った皿を二つ置き、カウンターへと戻っていく。

 二人はその姿を見届けた後、一度運ばれてきた皿に目を落とし次にお互いに相手の目を見た。


「ではいただこう」


 サキの言葉にレイラも黙って頷く。

 二人は再び皿に目を落とした後備え付けられているフォークとナイフを手に持ち、食事の準備せんとうたいせいを整える。

 それから二人同時に目の前に広がる分厚い楕円だえん型の肉の塊へとナイフで侵食していく、伝わるのは僅かな肉の弾力のみ。

 ただ焼かれただけにしては柔らかすぎるそれはまるで赤子の頬にも似た柔らかさだ。

 そして今切り分けた肉が二人の口元へと運ばれていく。

 口に入れ噛んだ瞬間、サキは感嘆の声を漏らした。


「おお! これは!?」


 サキは噛んだ瞬間に溢れでてきた肉汁に驚いていた。

 肉を初めて食べた彼女にとって口のなかで肉汁が溢れだす感覚は驚きだったのだ。

 一回噛む度に溢れだす肉汁と旨み。

 しかしそのなかに肉の臭みはなく、芳ばしい肉の香りだけが口のなかを支配している。

 気づけばサキの皿からは肉の塊が消えていた。


「ん!? もう肉がなくなってしまったのか!?」

「お、サキちゃんもう全部食べちゃったの? 仕方ないな、私のを分けてあげるよ」

「いいのか!?」

「いいもなにもサキちゃんは私の妹でしょ? 姉が妹に分けてあげるのは常識だよ」


 レイラはサキに一口サイズの肉が刺さったフォークを向ける。


「これはなんの真似なんだ?」

「なんのって、あーんだけど」

「出来れば俺の皿に乗せて欲しいんだが……」


 レイラはサキの言葉を聞いてもなお、フォークを置くことなくそのまま笑みを浮かべている。


「分かった、あーんとやらでも何でもいい。だからその肉を俺に……」

「よろしい、口を開けなさい」


 レイラが手に持つ肉の刺さったフォークは一直線にサキの口へと運ばれていく。

 サキは今自分の姿を考えることはしていなかった。

 傍から見れば口を開け肉を食べさせてもらっているというサキにとって恥ずかしい光景だ。

 だがサキは羞恥心を捨て、肉を選んだ。

 そう、このときサキは肉の誘惑に抗えなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る