16 幼女魔王、魔法基礎を教える①

 サキとレイラの二人がコロッコ湖のほとりを散策すること数十分。

 二人は数十メートル先に見える木の根元にスライム二匹の姿を確認していた。


「ちょうどいい、あのスライム達を練習台にしよう。まずは見ていろ」


 サキはそう言うと杖を前に突きだし、杖の先でこれから使う魔法の照準を合わせる。


「『ファイア・アロー』!」


 照準を合わせた後、サキが魔法名を叫ぶと一本の火に包まれた矢が杖の前に出現し勢いよく二匹のスライムのうちサキ達から見て左側にいたスライムへと飛んでいった。


「キュルル……」


 サキの発動した火魔法『ファイア・アロー』によってダメージを受けたスライムはその場で水のように広がり、やがて地面に吸収された。

 それを見届けたサキは彼女の右隣にいるレイラへと顔を向ける。


「とまあ、こんな感じなんだが分かったか?」

「うん、なんか火の矢がボンって現れて、シュンって飛んでいって、最後にドーンって感じだったよね」


 レイラの子供が初めて魔法を見たときのような感想にサキはやや深いため息を吐く。


「それはそうなんだが俺が見てほしかったのは魔法発動前の魔力の流れだ」

「え? そうなの!? 私気づかなくて……」

「いや言っていなかった俺も悪かった。もう一度同じことをやるから今度は魔力の流れを見ていろよ?」

「うん、なんとか頑張ってみる!」


 サキはもう一度杖を前に突きだし、杖の先でもう片方のスライムに照準を合わせると火魔法『ファイア・アロー』を発動する。

 今度も先程と同じように火の矢がスライムへと飛んでいき、スライムの息の根を止めた。

 サキはその後再びレイラへと顔を向ける。


「今度はどうだ?」


 レイラはしばらくの間あごに手をやり思案していたが、やがて一つ大きく頷くとサキをまっすぐに見た。


「魔力は見えなかったんだけど、なんかこう空気の流れみたいなのは感じたよ」

「ほう初めてでそこまで分かるのか」


 普通ならば初めは何も感じ取れないのが当たり前、十数回見てやっと今レイラの見た空気の流れが見えるか見えないかなのだ。

 それを初めの一回で感じとることが出来たレイラにサキは驚くと同時に感心していた。


「で、どうかな? 私っていい線いってたりするのかな?」


 サキの反応が気になったレイラはねぇねぇとサキに自分の評価を尋ねる。


「そうだな、まだ二回しか魔法を見せていないがレイラはかなりいい線をいっている」

「本当!? じゃあ早く魔法が使えるようになったり?」

「それはレイラの努力次第だな。まずは魔法を見続けることが大事だ。分かったなら次に行くぞ」


 サキ達はそれから新たな獲物を探しに再び湖のほとりを歩き出した。


◆◆◆


 まだ日が沈んでいない夕暮れ時のラフィリアの町。

 この時間帯が実はラフィリアの町で最も静かな時間帯だ。

 というのも昼に営業する店が店じまいをし、夜に営業する店がまだ開店していないのがちょうど今の時間帯なのだ。

 だからだろうか、いつもより町の大通りを歩く人の数が少なくなっている。

 そんな円形の町を四つに切るように町に敷かれた大通りの中でも南側に位置する通り──エリュード通りではいつもより早く依頼を引き上げたサキとレイラが道の端を二人横に並んで歩いていた。


「今日は結局魔法を見るだけだったか……」


 レイラは残念そうに言葉を漏らす。

 彼女はサキに魔法を教わり始めてから一度も戦闘していなかった。

 やったことと言えばサキの使う魔法を後ろから見ていることだけである。


「さっきも言ったと思うが、魔法を使うためにはまずは基礎を固めるのが一番だ。基礎なくして魔法は使えない」


 サキは隣でぼやくレイラを宥めるように優しく言葉を発する。

 彼女だってレイラの早く魔法を教わりたいという気持ちは理解しているつもりだ。

 だがそれで甘やかしていては意味がない。

 魔法は一日やそこらで覚えられるほど簡単ではないのだ。

 日々の地味な練習によって徐々に覚えていくいわば努力の結晶のようなもの。

 基礎から積み上げていかなければ、魔法ではなくただの魔力の暴発になってしまう。

 サキはレイラに魔力の暴発ではない本物の魔法を覚えさせようとしていた。


「それは聞いたけど、魔法を見ることって本当に意味あるのかな?」

「魔法を見ることは立派な練習だ。魔法、いや正確には魔法を発動するときの魔力の流れをはっきりと見ることが出来れば効率良く魔法を出すことが出来るようになる」

「効率……魔法を使える? ごめん、良くわかんないよ」


 サキの説明が理解出来なかったレイラは既にショート一歩手前だ。

 そんな彼女を見たサキは彼女の肩をトントン叩くと一つ大事なことを告げた。


「まぁとにかく俺の言う通りにしていれば魔法が使えるようになるということだ。あまり細かいことは気にするな」


 サキの言葉を聞いてようやく先程の説明について納得したのかレイラはポンっと一つ手を打った。


「つまりはあれだね! 黙って私について来い! ってことだね!」

「そういうことだ、よし依頼を報告した後は宿に帰って部屋の中でも出来る練習をするぞ」

「え!? まだ練習するの? 今日はもう終わりじゃ……」

「何のために今日早く依頼を切り上げたと思ってるんだ」


 サキの発言に驚きレイラは大通りの真ん中で立ち止まる。

 一方でそんなレイラの様子にサキは疑問を覚えていた。

 サキからしてみればこの後練習することはなにも驚くことではない。

 早く魔法が使いたいならその分練習するのは当たり前、彼女にとって魔法とは単なる攻撃の手段でも、生活に便利なものでもなく、体の一部のようなものなのだ。

 しかし、今まで魔法に触れてこなかったレイラにとってはそんなこと知る由もない。

 彼女はまだ魔法について詳しくはなく、現時点では魔法を使えたら格好いいくらいにしか思っていなかったのだ。

 しかし、彼女の魔法を覚えたいという気持ちだけは誰にも負けないくらい強かった。

 実際、彼女が驚いたのは少しの間だけですぐに数メートル先にいたサキのもとへと走り寄っていた。


「分かったよ、私も早く魔法を覚えたいからね。ドンと来いっ!」


 レイラは自分の胸を強く叩くとサキの手を掴み、そのまま冒険者ギルドへと向かった。

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