5 幼女魔王、洞窟の主と遭遇する

「なんか竜の装飾とかしてあってすごく高級そうな扉だね」

「そうだな……」


 サキとレイラは現在約二メートル程の高さはある両開きの扉の前にいる。

 そこでレイラはへぇと扉を見て興味深そうに声を漏らし、サキはどこか遠くを見るときのような顔をしていた。


「サキちゃん? どうしたの?」

「ああ、いや何でもない」


 というのも二人の前にあるそれはサキが魔王として君臨していたときに見たことがある扉だった。

 扉、正確には向かい合った二頭の竜が咆哮を上げている様子の装飾が施されたサキリア城一階武具庫の扉だ。

 サキはこのとき口には出さなかったが薄汚れたサキリア城武具庫の扉を前にしてあれから本当に三百年もの時間が経っているのかと感じていた。

 約三百年間ずっと封印されていた彼女にとって魔王時代の物というのは封印が解かれてからはこの扉が初めてだったのだ。

 だがいつまでも感慨に浸っているわけにはいかない。

 この扉の前まで来たのならあとは扉を開け、自分が使える武器を探すだけだ。

 そう思ったサキは一歩、扉に近づいた。


「さぁ扉を開けよう。手伝ってくれ」

「扉大きいから二人で開けなきゃだよね。こう見えても私って結構力強いんだよ! こういう力仕事は任せて!」


 レイラは服の袖をまくりあげ、よーし! と張り切っている。


「せーの、で開けるからな」


 サキがレイラに合図を送り、二人同時に両開きの扉の片方を手前に引いた。


「「せーの!」」


 扉はしばらく開けられてないからか錆び付いて重くなっており、キィィと魔物の鳴き声みたいな音を立ててゆっくりと開いていく。


「あと少し!」


 二人が引いていた扉は最後にギコッという音を立てると開いた状態で完全に固定された。


「ふぅ疲れたね、サキちゃん」

「うう、腕が」


 どうやらサキは先程扉を引いているときに腕がつったようで扉を押していた体勢のまま固まっている。


「サキちゃん、大丈夫?」


 レイラの言葉にサキは首の動きだけで大丈夫だと言うことを伝えると今開いた扉の先の方を見て言った。


「ああ、それよりも扉の先に何があるか見てくれないか?」

「うん、分かった見てくるよ」


 レイラはサキを心配しつつもサキの言葉に従い、扉の向こう側へと走っていく。

 レイラが開けた扉の先を見るとそこには様々な種類の武器がずらりと壁に飾られている部屋──武具庫があった。


「わぁすごい! この部屋にあるのがサキちゃんが探してた武器なのかな?」

「そうだ、全てではないが探していたのはこの武器達だ」


 武具庫の様子に驚いているレイラに腕つり状態から回復したサキは返事をする。


「そういえばサキちゃんってずっと武器を探してたよね。こんなところに武器があるって普通は分からないけどなんで知ってたの?」


 レイラがサキに対して質問を投げたとき、背筋が凍るような不気味な声が武具庫全体に鳴り響いた。


「愚かなる人間どもよ、よくも私の眠りを妨げてくれたな」

「誰なの!?」


 突然の声にレイラは声をあげ、サキは身構える。


「誰とは面白いことを言う」


 レイラの声に反応して武具庫の中央にローブを纏い杖を持った骸骨──リッチが姿を現した。

 リッチとは生前凄腕だった魔法使いが死後、体をレイスという人間の魂が悪霊化した魔物に乗っ取られることによって発生する特殊な魔物である。

 リッチは決まって魔法に長けており、属性魔法はもちろん上級属性魔法までをも使いこなす。

 そして中には特殊属性魔法の闇魔法まで覚えているものも存在する。

 そんな厄介な魔物が今、サキとレイラの前で不敵な笑みを浮かべていた。


「あれってリッチ!? こんな初心者の森にある洞窟でリッチが出るなんて聞いてないよ! サキちゃん、早く逃げよう」


 レイラがサキのローブを引っ張って部屋を出ようとするがサキはレイラのその手を払う。


「落ち着け、相手はただのリッチだ。慌てるな」

「ただのリッチじゃないよ! いくらサキちゃんが無詠唱を使えるからってリッチ相手じゃ敵わないよ」

「本当にそうか、そこで見ているといい」


 サキはレイラの前に出るとリッチへと顔を向ける。


「ほう、随分と生意気な人間だ。私を見て恐れないどころか戦いを挑んで来るとは」

「お前など恐れるに値しない」


 サキは無詠唱で増強魔法『フィジカル・アップ』、増強魔法『リフレクト・マジック』を自分に発動し戦いに備える。

 さすがのサキでも今は人間並みに弱い体、色々と準備は必要なのだ。


「そこまで自信があるのなら精々足掻くといい!」


 リッチは手をサキの方に向けると手始めに火魔法『ファイア・ウォール』を発動し、武具庫の部屋周りを火の壁で囲んだ。

 どうやらリッチはサキ達を逃がさないつもりらしい。


「変な小細工をしなくたってお前相手に逃げたりはしない」

「どこまでも生意気な人間! これでも食らうといい! 『ダークフレイム・プリズン』!」

 

 リッチは怒りを顔に滲ませながら、闇魔法『ダークフレイム・プリズン』を発動する。

 リッチがその魔法を発動させた瞬間、サキの周りを闇の炎で出来たおりが取り囲んだ。


「ほう、闇魔法まで使えたのか、なんと珍しい」

「そうであろう? この魔法で死ねることを幸福に思うんだな、人間!」


 リッチはすでに勝ち誇った笑みを浮かべている。

 というのもこの魔法は闇魔法の中では比較的暗黒魔法に近い魔法、闇の炎で出来た檻に取り囲まれたら最後、抜け出すことは出来ず徐々に迫ってくる闇の炎に焼かれてしまう恐ろしい魔法なのだ。

 だがサキは『ダークフレイム・プリズン』に取り囲まれてもなお余裕の表情を崩すことはなかった。

 寧ろ笑みさえ浮かべている。


「何が可笑しいんだ! 人間!」

「いや悪い、あまりにも稚拙ちせつな魔法で思わず失笑してしまってね。お詫びに本当の『ダークフレイム・プリズン』を見せてやるとしよう」


 サキは顔から笑みを消すとまず手始めに腕を横に振るいリッチの発動させた『ダークフレイム・プリズン』を先程自分に発動させた増強魔法『リフレクト・マジック』で消滅させる。


「ば、ばかな!? あれは私が何十年もの時間をかけて習得した最高の魔法、人間ごときに破れるはずなどない!」


 サキは続けてリッチに手を向けると無詠唱で闇魔法『ダークフレイム・プリズン』を発動させた。

 サキの発動させた『ダークフレイム・プリズン』は先程のリッチの魔法と同じようにリッチの周りを闇の炎が取り囲む。

 一つ違う点があるとすれば炎が先程のリッチのものより荒ぶっていることくらいだろう。


「なんだ、この魔法は!? 私が知っている『ダークフレイム・プリズン』とは違うぞ! それに何故人間がこれほどの魔法を無詠唱で使えるんだ!?」

「さあな、お前が知らなくても良いことだ。そろそろ退場してもらおうか」


 サキはそう言うとリッチに向けた手をグッと握りしめる。

 その直後、リッチの周りを取り囲んでいた闇の炎が一気にリッチへと迫った。


「くっ! おのれ、人間! 覚えておけよ! いつか必ずお前を……」


 リッチは最後まで言葉を続けることなく闇の炎に体を焼かれ消滅する。

 それに伴い、武具庫の部屋周りを囲んでいた炎の壁も綺麗に消えた。


「サキちゃん!」


 リッチを消滅させてすぐにレイラはサキへと走り寄り、サキに抱きつく。

 ついでにサキの頭も撫で回していた。


「すごいよ! まさかリッチを倒しちゃうなんて!」


 抱きつきながら、頭を撫で回し、さらには鼻息を荒くしているレイラに身の危険を感じたサキは思い切りレイラを突き飛ばす。


「寄るな、撫でるな、抱きつくな!」

「ちぇ……ちょっとくらい良いじゃない」

「いや、良くない。それよりもお前もここから武器を探したらどうだ?」


 サキは武器を指差し、レイラに問いかける。


「勝手に持っていっちゃって良いのかな?」

「ここにいたリッチは倒したのだから、文句を言うやつは誰もいない」

「それなら持っていこうかな、サキちゃんはもう決まってるの?」

「ああ、俺は決まっている」


 サキはそう言うと先程リッチが消滅した場所を見る。

 そこには先程までリッチが使っていた、先に赤い石が埋め込まれている一メートル程の杖が落ちていた。


「あれがサキちゃんの選んだ武器なの? ちょっと大きくない? ちゃんと持てる?」


 レイラは心配するようにサキに問いかける。


「心配しなくてもちゃんと持てる、ほらお前も早く武器を選べ」

「もうそんなに急かさないでよ」


 それから二人はしばらくの間、武器を選んでいた。

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