21 幼女魔王、模擬戦をする②

 冒険者ギルドの敷地内にある一辺二十五メートルはある正方形の広場。

 そこでは現在二つのパーティーによる戦いが繰り広げられていた。


「さぁ『負け犬』がどれくらい戦えるのか私達が確かめてあげようじゃないか!」


 その声と共に細剣を構えて迫って来ているのはチェルシー、そのあとに他の二人もついて来ている。

 彼女達は右にチェルシー、左に他の二人──レア、マリアと分かれ弧を描くようにサキとレイラに迫っていた。


「サキちゃん、左は任せて!」

「ということは俺は右だな」


 サキとレイラはそれぞれ左右に注意を向ける。

 彼女達の準備は万全、しっかりと増強魔法『フィジカル・アップ』で自分達を強化しており、あとは『レッド・ドラゴン』の攻撃に対応するだけだった。


「まずは一撃いくよ!!」


 チェルシーは他の二人より早めにサキとレイラのもとへ着くと近くにいたサキに細剣を突き出す。

 しかしサキは慌てず突き出された細剣を強化された体の力を駆使して体を横に反らし避けると、すぐに手を相手に向け水魔法『ウォーター・ボール』を放った。


「くっ!? 無詠唱!?」


 突然のサキの行動にチェルシーは対応することが出来ず腹部に彼女の魔法を受けてしまう。

 そしてそのまま彼女は広場を囲む線のギリギリまで吹き飛ばされてしまった。


「おい、嘘だろ!? まさかあんな子供が……」


 その光景に広場の周りにいる観客たちも驚きの声をあげる。

 彼らが驚いているのは『レッド・ドラゴン』のチェルシーが吹き飛ばされたこと……ではなくサキが無詠唱で魔法を使ったことだ。

 サキの見た目は幼女、例えよわい百歳を越えていたとしても見た目だけは魔法を使えるか怪しい年齢である。

 そんな彼女が魔法を無詠唱で発動させたのだ、驚いて当然であろう。


「嘘でしょ!? あんな子供にうちのリーダーがやられるなんて!?」

「あり得ないわよ!」


 それにサキの行動は近くで戦っているレイラにチャンスをもたらしていた。

 彼女はBランクパーティーの冒険者を二人相手にしているということもあり、つい先程まで防戦一方の戦いをしていたのだが今のサキのことでその二人に隙が生まれていた。

 彼女がそのチャンスを見逃すはずもない。


「もらったぁ!!」


 レイラは二人が自分から目を離した隙にとサキとの魔法訓練で覚えた火魔法『ファイア・アロー』を杖で二人に照準を合わせて発動する。


「『ファイア・アロー』!」


 魔法は見事杖から・・・発動し、戦闘中によそ見をしていた二人へと襲いかかった。


「「きゃぁあ!!」」


 『レッド・ドラゴン』のレアとマリアは揃って声を上げレイラの『ファイア・アロー』を体に受けると二人ともその場に崩れ落ちた。


 誰もが予想しなかったこの展開にラフィエールと広場の周りにいた冒険者はただ呆然とすることしか出来ない。

 そんな一瞬にして出来た空白の時間に突如終わりを告げる者が現れた。


「くっ! ただの子供だと思っていればとんだ化け物だな。だが私達が負けることは許されない!」


 空白の時間に終わりを告げる者──チェルシーの言葉が広場に木霊こだまする。

 彼女はまだ戦意を失っていなかった。

 彼女に続いてレイラの魔法を受けて倒れていたレアとマリアの二人もゆっくりだがしっかりと起き上がる。


「そう、私達に負けは……」

「決して許されない!」


 彼女達三人の目は先程と違い本当の意味で本気の目をしていた。

 もちろん先程までも十分本気を出していたのだが今の彼女達は魔物を相手にするときの目──サキとレイラを殺す気の目をしていたのだ。

 それを見たサキは一度緩めていた気を再び引き締める。

 寧ろここからが本当の戦いだとサキ自身は感じていた。


「レイラ、しっかり気を引き締めていけ! ここからはさっきまでのようにはいかないぞ!」


 サキの言葉にレイラも彼女と同じように気を引き締め直す。

 そしてレイラは気を引き締めると同時にあることをサキに問いかけた。


「サキちゃん、私って戦えてるかな?」


 レイラの問いかけとは自分が戦えているのかという自身の力に関する不安からのもの。

 普通ならば魔物を倒していく過程でパーティーメンバーから頼りにされたり、ギルドで評価されたりすることで自分が戦えているのかという不安は消えていくものだが、ずっと魔物を倒せず一人冒険者の最底辺を味わってきた彼女はまだ完全にその不安を消しきれていなかった。

 そんな彼女の気持ちを察したサキは不安を消し去るように問いかけに大きい身ぶりでしっかりと頷く。


「大丈夫だ、レイラは戦えている。俺が教えた魔法もバッチリだったじゃないか」


 それにサキはこのときレイラの不安を消し去ることだけを目的として問いかけに答えたわけではなかった。

 彼女の別の目的、それはレイラのさらなる成長である。

 というのも彼女は水を吸う布のように彼女の教えたことを吸収するレイラにまだまだ成長の余地を感じていた。

 彼女は今の問いかけに答えることによってレイラのやる気を最大限まで引き出し成長に繋げようとしたのだ。


「サキちゃん、ありがとう。そう言ってもらえるとやる気が出るよ!」


 サキの思いからの思惑おもわく通り不安とさらなるやる気を引き出したレイラは自前の杖を強く握りしめる。


「覚悟は出来てるんだろうね、『負け犬』……いやレイラ!」


 チェルシーは模擬戦相手の名前を呼ぶと彼女に手を向け走り出す。


「『ファイア・ウォール』!」


 チェルシーは走りながらレイラの後方に弧を描くようにして火魔法『ファイア・ウォール』を発動させるとさらに走るスピードを速めた。

 一瞬にしてレイラの後方に出来た火の壁に逃げ場を失ったレイラは向かって来るチェルシーをただ待つことしか出来ない。


「これじゃどこにも逃げられないよ……」


 FランクのレイラとBランクのチェルシーでは当然実力にかなりの差がある。

 まともに戦えばレイラが負けるのは必須、この状況に彼女が下した決断はある意味当たり前だった。

 彼女が下した決断、それは二日前にサキに教えてもらった増強魔法『リミット・リリース』を使うこと。

 二日前に自分も『リミット・リリース』が使えることを確認したレイラはいざというときには使おうと考えていた。

 そして今そのときが訪れた。

 レイラは杖を自分の体と平行に立てると増強魔法『リミット・リリース』を発動させるため魔力を杖に集中させる。

 それから杖に集まった魔力を体全体に流すために魔法名を口にした。


「『リミット・リリース』!」


 魔法名を口にした直後、レイラの体を杖に集めた大量の魔力が駆け巡る。


 こうして彼女の時間との戦いが始まった。

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