20 幼女魔王、模擬戦をする①

 ラフィリアの町、冒険者ギルド。

 冒険者ギルドは貴族の屋敷を思わせるような造りをしている建物であり、かなりの大きさがある。

 建物がかなりの大きさになれば当然その建物を有する敷地も広くなるわけで敷地内の空いているスペースには様々なものが作られていた。

 その中の一つとして建物のコの字の空いている方から見て右手前、そこには一辺二十五メートル程あるちょっとした正方形の広場が存在している。

 この広場は元々冒険者達の修練の場として作られたのだが、最近は実戦で鍛えるという冒険者が多く広場を使う者はめっきりと数を減らしていた。

 しかし、現在そんな広場には多くの冒険者が集まっている。

 彼らの目的は言わずもがな本日行われる模擬戦である。


「おーい! こっちに酒を追加してくれ!」

「こっちもだ! 酒を二つ!」

「はい、ただいま!」


 広場では普段ギルド内の酒場にいる従業員が木で出来たジョッキを複数手に持ち慌ただしくあちこちを動き回っており、一種のお祭り騒ぎになっている。

 そんな冒険者と従業員が広場の周りを取り囲む中、広場の中央ではサキとレイラが並んで立っていた。


「サキちゃん、私すごく緊張してきたよ」

「レイラ、いつもの調子で行け。お前なら肩の力を抜けばそれなりに戦いにはなるはずだ」

「そうかな……いやサキちゃんが言うんだからそうだよね」


 レイラはスーハーと大きく深呼吸をする。

 元々この模擬戦はサキが勝手に取り付けたことだが彼女はやる気に満ちていた。

 この模擬戦で善戦すれば自分がもう『負け犬』と呼ばれることはなくなるだろうと考えていたのだ。


「よし! ドンと来い!」

「やる気満々なのはいいが今からそんな調子で大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ! サキちゃんもいるからね!」


 レイラが自分の胸をドンと強く叩いたときである。

 広場の周りを囲む冒険者集団の一部分が綺麗に横へとはけた。

 その冒険者達の間を赤い髪を持つ三人の女性冒険者が広場に向かって歩いていく。


「やぁ久しぶりだね、『負け犬』さん」


 三人の中心にいる女性──チェルシーは二人から三メートル程離れた場所で立ち止まるとレイラに挨拶をする。

 彼女達──『レッド・ドラゴン』のメンバーは前回会ったときと違い全員が艶々つやつやとした真っ赤な鎧、腰には綺麗な花の装飾が施された細剣レイピアと完全武装をしていた。


「うぅ……今日は私達が『負け犬』なんかじゃないことを証明するんだからっ!」

「ほう、ここ一ヶ月の間に何があったのかは知らないけど随分と態度が大きくなったもんだね。今日は私達が本当の強さっていうのを見せようじゃないか」


 チェルシーはそう言って笑みを浮かべる。

 どうやら彼女達は格下のパーティーが相手でも手加減をする気は全くないようだ。

 まぁ手加減されたところで二人が喜ぶとは思えないが。


 とにかくそんな余裕な笑みを浮かべている彼女の言葉を聞いたサキは早速模擬戦を始めようと一歩彼女達へと近づいた。


「観客も待っているし話はここまでにしようじゃないか」

「そうだね、あんた達を笑い者にしてやるよ。おい、誰か試合の審判をやってくれるやつはいないかい?」


 チェルシーは広場の周りにいる冒険者達に向かって声を張り上げるが彼女の声を聞いた冒険者はみな、一様に黙り込んだ。

 というのも皆、模擬戦の審判を引き受けたくないのだ。

 そもそも模擬戦は普通の試合と違い相手を戦闘不能状態にする他に勝利の条件がある。

 そのため審判が必要なのだがもし間違った判断をくだしてしまえば試合に関わったパーティーから恨まれることになり今後被害をあったパーティーから報復されるというリスクが高い。

 それに加えて今回は模擬戦をするパーティーに『レッド・ドラゴン』が含まれているため、尚更なおさら誰も引き受けたがらなかった。


「チッ……みんなビビりやがって。これじゃ模擬戦が始められないじゃないか」


 そうチェルシーが愚痴をこぼした直後である。


「それなら私が引き受けましょう」


 広場を取り囲む冒険者の集団の中からりんとした女性の声が広場にいるチェルシーの元まで届いた。

 そんな女性の声に反応してか彼女の周りにいた冒険者達が次々と横にはけていく。


「あ、あんたは!?」


 チェルシーは突如冒険者達の中から現れた太陽の下できらめく水のような明るい青色の髪を持った女性──ラフィエールの登場に驚きの声をあげる。

 そう、先程の凛とした声はラフィエールのものだった。


「こんにちは、話は聞かせてもらいましたよ」

「何故あんたがここに?」

「はい、冒険者ギルドに用事がありましてちょうど今用事が終わって帰るところだったんですが、なにやら賑やかだったので来てしまいました」


 ラフィエールはチェルシーに軽く微笑みかける。

 彼女の微笑みは広場の周りにいた男性、女性問わずほとんどの者を惹き付けていた。

 何か魔法を使ったわけではない。

 単純に彼女の美しい容姿、それに似合う髪の色、佇まいが周りの人間を惹き付けていたのだ。

 もちろんその中にチェルシーも含まれており、彼女は顔を赤らめるとすぐに目を逸らした。


「そうかい、あんたなら不正の心配はいらないね」

「ということは審判として認めていただけたのですね、ありがとうございます。あなた達もそれで大丈夫ですか?」


 ラフィエールからのいきなりの問いかけにレイラは戸惑う。

 それと同時に彼女はラフィエールに違和感も感じていた。

 というのもこの前会ったときレイラは彼女に対してもっと話しやすい印象を受けていたのだが今の彼女は近寄りがたいオーラが全身から出ているのだ。

 まるで人が変わったような・・・・・・・・・振る舞いにレイラはただボーッと彼女を見ていることしか出来なかった。

 そんなレイラを見兼ねてかサキは彼女の代わりにラフィエールを審判とすることを承諾する。


「ああ、大丈夫だ」

「なら良かったです。では早速ルールを説明しましょう。今回は相手全員を戦闘不能状態にする他、広場を囲む白い線から出た者は戦闘に参加出来なくなります。よって相手パーティー全員をこの広場の外に追い出したパーティーをこの模擬戦の勝者とします。よろしいですね?」


 ラフィエールの言葉に両パーティーとも首を縦に振る。


「では両パーティー所定の位置について下さい」


 続いて彼女の言葉に両パーティーは広場中央付近に引かれた二本の白い線にそれぞれつくとラフィエール、そして相手のパーティーメンバーを見た。

 両パーティーの準備が出来たことを確認したラフィエールは手を上げ、それから思い切り下に振り下ろす。


「ではこれより模擬戦を開始します……始めっ!」


 こうして『サキリア』と『レッド・ドラゴン』の戦いの幕が切って落とされた。

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