22 幼女魔王、模擬戦をする③
広場の東側でレイラとチェルシーの戦いが始まったのとちょうど同じ頃。
広場の西側では別の戦いが繰り広げられていた。
「うぅ……当たらない!」
「なんて速さなの!?」
レアとマリアの連携攻撃をいとも
だが、絶え間なく繰り出される攻撃にサキは攻勢に転じることが出来ずにいた。
「このままだと
サキは相手の攻撃の合間にレイラのいる方をチラリと見る。
現在その方向には二メートルの高さはある火の壁が大きくUの字を描くように出来ており、サキの位置からではレイラを見ることは叶わなかった。
「それに今の魔力の流れ……あの魔法を使ったのか」
サキはレイラが『リミット・リリース』を使ったことに気づいていた。
というより自分が教えた魔法、気づかない方がおかしい。
「このまま続けていても私達の体力が削られるだけよ。ここは一旦
「そうね」
サキがレイラを気にしている間さえ彼女に攻撃を与えられないレアとマリアは一度態勢を立て直すため後ろへと下がる。
しかし彼女達のその選択は
サキも彼女達の選択に自然と笑みが溢れる。
サキからしてみればどうぞ思う存分魔法を撃ってくださいと言っているようなもの、先程は一つのミスから二人を近づけさせてしまったサキであったが一度犯してしまったミスを再び犯すサキではない。
サキは二人が自分のもとを離れると、すぐさま魔力を腕に集め増強魔法『フィジカル・アップ』を自分にかけ直し、新たに増強魔法『リフレクト・マジック』を自分にかける。
それから地魔法『アース・ウォール』を発動させると足元を中心に地面を盛り上げ一瞬にして高さ五メートルはある直径二メートル程の円柱を作り上げた。
地魔法『アース・ウォール』とは本来自分を囲むように地面から壁を作り出す魔法であるがサキはそれを応用して自分と壁の距離を極限までなくすことで自分を高く持ち上げる足場を作り上げていた。
「これなら簡単には近づけまい」
サキによる一連の出来事にレアとマリアは何かのマジックショーでも見ているかのような錯覚に陥る。
二人がサキのもとを離れてからこの状態になるまでの時間およそ三十秒。
その間に彼女は自分自身に二種類の増強魔法をかけ、地魔法『アース・ウォール』を発動させ自らの安全を確保したのだ。
例えレアとマリアのような凄腕のBランクパーティーでも今サキがやったことは到底真似できそうになかった。
「いくら魔法が使えるからって……こんなことあるの?」
「レア、今はそんなこと考えちゃだめだよ」
「そうだったね、さっきみたいに着実に追い込みましょう!」
二人はサキを倒そうと再び彼女に近づこうとするが安全を確保した彼女にもはや敵などいない。
サキは高さ五メートルの円柱をジャンプして上る二人に杖を向けると闇魔法『グラビティ』を発動させた。
「きゃあぁあ!」
「なにこれ……体が重い」
二人は闇魔法『グラビティ』の効果で体に負荷がかかり円柱を上っている最中で落とされてしまう。
それから二人が地面に縫いつけられている様子を確認したサキは再び二人に杖を向け、今度は水魔法『アクア・ウェーブ』を発動させると広場に突如現れた水で二人を広場の外まで押し出した。
「よし、とりあえず二人は片付いた。残るは一人だけか」
サキは自分が作り出した円柱を飛び下りるとレイラのいる広場東側へと向かった。
◆◆◆
サキ達の戦いが終わる少し前、チェルシーとレイラの戦いは
細剣による突きを杖で受け流すレイラ、かたや杖による打撃攻撃を綺麗に避けるチェルシー、一見どちらも一歩も引かない良い戦いだがその実はチェルシーがややレイラを圧倒している。
というのもレイラは体に普段感じることのない筋肉の疲労を感じていた。
彼女が『リミット・リリース』を発動しておよそ十五分、初めのうちはまったく問題ない寧ろ体が羽のように軽く感じていた彼女であるが時間の経過と共に疲労感が増し思うように体を動かせなくなっていた。
彼女自身まずいとは思いつつもどうすることも出来ない。
「ちょっと辛いかも」
「なんだい、少しは戦えるようになったのかと思ってたけどその程度だったのかい?」
チェルシーはその言葉と同時にレイラに回し蹴りをかまし遠くへと吹き飛ばす。
「きゃあぁあ!!」
レイラは体の重さからか受け身をとることすら叶わず、そのまま強く地面に叩きつけられた。
レイラが叩きつけられるのを確認したチェルシーは彼女の右足に手を向け、止めを刺すための魔法発動準備に取りかかる。
「じゃあね、前からあんたのことが気にくわなかったんだよ。ここで足の一本でも使い物にならなくすれば冒険者も続けていけないだろうね」
チェルシーは腕に魔力を集めていき、そして火魔法『ファイア・カッター』を発動した。
火魔法『ファイア・カッター』は炎で出来た刃を対象に飛ばす魔法、チェルシーはレイラの足を切り落とす気でいた。
「サキちゃん……」
レイラは意識が
目の前には炎の刃、自分の体はもう動かすことさえ出来ない、そんな状況にレイラはただ彼女の名前を口にすることしか出来なかった。
広場にいる誰もがレイラの敗北を心の中で悟ったとき、彼女は現れた。
「まったく、あれほど『リミット・リリース』を使うときは気をつけろと言ったのだがな」
彼女──サキはレイラとチェルシーによって放たれた炎の刃の間に立つと瞬時に地魔法『アース・ウォール』を前方にだけ発動、炎の刃は土で出来た壁に当たり土の壁と共に消滅した。
「ちっ……邪魔が入ったか。まぁ良いあんたもレイラの仲間、だったらあんたから倒してあげるよ!」
チェルシーは両手をサキに向けると彼女に向かってさらに言い放つ。
「私はね、魔法を同時に二つ使うことが出来るんだよ。ここでぽっと出のFランクパーティーと私達Bランクパーティーの違いってやつを見せつけようじゃないかっ! 『ファイア・カッター』!」
チェルシーは数秒魔力を腕に集中させると両手からそれぞれ一つずつの火魔法『ファイア・カッター』が発動した。
二つの魔法はサキへと襲いかかるが、当のサキは特に驚いた様子を見せない。
サキは落ち着き、後方で倒れているレイラを地魔法『ドーム・シールド』で覆うと今度は自分自身に襲いかかる魔法へと杖を向けた。
「人間にしては出来る……だが」
サキは杖に魔力を集中させると水魔法『アクア・ウェーブ』を発動させる。
「例え魔法が束になったとしても相性が悪ければ敵わない」
サキの放った水魔法『アクア・ウェーブ』は先程彼女がレアとマリアに使ったものとまったく別物になっていた。
先程の緩やかな低い波とは正反対な三メートル程の高い波がチェルシーの放った『ファイア・カッター』を呑み込み彼女のもとへと迫る。
「なんなんだ!? その魔法は!?」
チェルシーは今までに見たこともない顔を見せるが、それも一瞬のことですぐに波に呑み込まれて姿が見えなくなる。
波はそのまま広場を流れ最終的にギルドの敷地全体を囲む壁に当たると勢いを失い、ただの水として地面へと広がった後中から気絶したチェルシーを排出した。
辺りが水浸し状態、観客も静まりかえる中、サキは『ドーム・シールド』を解除しその中にいたレイラを抱えて広場の外へと出ていく。
本来は摸擬戦後に審判の判断を仰ぐ必要があるのだが彼女の勝手な行動をラフィエールを含む広場の観客達は誰一人として咎めることが出来なかった。
地面にそびえ立つ一本の円柱、その円柱を中心にひび割れた地面が広範囲に広がっている。
それに加えて辺り一面が水浸しになった広場ではしばらくの間ただ静寂のみが支配していた。
こうして摸擬戦は誰もが予想しなかった異例の展開で幕を下ろした。
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